首垂うなだ)” の例文
だが、お信さんは身動きもせず、深く覚悟を決してゐるもののやうに、向う向きに撫で肩の背を円めながら、ぢつと頭を首垂うなだれてゐた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
融川は俯向き首垂うなだれていた。膝からかけて駕籠一面飛び散った血で紅斑々こうはんはん呼息いきを刻む肩の揺れ、腹はたった今切ったと見える。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
別れろ/\と攻め立てられてG師の前に弱つて首垂うなだれてゐる圭一郎がいぢらしくもあり、恨めしくもあり、否、それにも増して
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
居間ではエリスが手巾ハンカチを眼にあてて、深い椅子に腰を下ろしたまま、じっと首垂うなだれていた。ビアトレスと坂口は言葉もなく、その傍に佇んだ。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
以前の巨犬は、何か返事の使命を待つものの如く、また使命の重きに悩むものの如く、首垂うなだれて、おとなしく控えている。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まだ、みずうみうえ鉛色なまりいろけきらぬ、さむあさかれは、ついに首垂うなだれたまま自然しぜんとの闘争とうそうの一しょうわることになりました。
がん (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼は両手で杖にすがり、くちびるはまっ白になり、額は筋立っていたが、その高い身体は首垂うなだれてるマリユスの上にそびえた。
治兵衛はこう言って首垂うなだれました。見たところ四十前後、大家たいけの主人らしい落着きと品の中にも、何となく迷信深そうな、篤実とくじつらしさも思わせます。
「ほんたうに?」と僕が、稍屹ツとなつて念をおすと、Gは、がつくりと首垂うなだれた。そして極くかすかに点頭うなづいた。
センチメンタル・ドライヴ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
途端とたんまたゆびてつゝ、あし一巾ひとはゞ坊主ばうず退さがつた。いづれ首垂うなだれた二人ふたりなかへ、くさかうをつけて、あはれや、それでもなまめかしい、やさしいかひな仰向あふむけにちた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やがて、土蔵の戸口から足音がして、次郎の首垂うなだれている顔の前をゆっくり通りぬけた。その足音は、一つ一つ、次郎の鼓膜こまくを栗のいがのように刺戟した。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「私に死を禁じたのは神ではありませんでした。それは……。」と云って彼は首垂うなだれている女をじっと見た。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
クラブで遊び疲れたあげく、タッタ一人で首垂うなだれて、トボトボと歩きながら自宅の方へ帰りかけた私はフト顔を上げた。そこいら中がパアット明るくなったので……。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
首垂うなだれて居る男に向って斯う叫んだのでありました、——バラされない内に、へえ左様ですかと下手したてに出たらどうだい、女だからってお前さん方に舐められる様なあたしじゃないんだよ、ねえ
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
成吉思汗ジンギスカンはその間、たえず淋しそうな微笑を浮かべ、ともすれば考え込むが、そのようすを人に覚られまいと、気がついたように合爾合カルカ姫へ笑いかける。姫は終始首垂うなだれて、一語も発しない。
玄白斎は、片手を、炉べりへついたまま、首垂うなだれて、肩で呼吸をしていたが
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
喇叭の腕に巻きつかれた中で、じっと竦んだまま首垂うなだれてゆくイレーネの首の白さを眼にしながら、彼は寂しさを感じた。そして今度は眼の大きな踊子にねらいをつけ餅殻を投げてみるのだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
前の日、ホームズは終日眉根をよせた顔を首垂うなだれて、強い黒煙草をパイプにつめかえつめかえ部屋の中を歩き廻ってばかりいて、私が何を話しかけても何を訊ねても石のように黙りこくっていた。
母親は頭の中に起つたことを持て餘して來ると、よく庭の隅や物置の隅に蹲んで首垂うなだれてゐた。良吉は一日の過半は机の前に首垂れてゐる。……首垂れてゐる二人の氣持に相違はなさゝうだつた。
母と子 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
首垂うなだれてモセ嬶は言った。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
悄然しょうぜんとして数馬も首垂うなだれる。殺されたのに疑いなさそうである。生血が未だ乾かないのを見ると殺人の兇行の行われたのはほんの最近いましがたに相違ない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
竜之助は、また首垂うなだれて酒を飲み出す。怖ろしさから傍へ寄ったお松の化粧けしょうの香りがぷんとしてその酒の中に散る。
彼はいつも首垂うなだれて歩くのが癖であった。彼がプリューメ街のかどを曲がろうとした時、すぐそばに声がした。
そんなときは、百しょうは、いてうしろに首垂うなだれている、自分じぶんうしをにくにくしげににらみました。
百姓の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
うちから風も吹くようなり、傍正面わきしょうめんの姿見に、、映りそ夢の姿とて、首垂うなだるるまで顔をそむけた。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木下正治は、絵具箱のカバンを肩にかけ、十五号大のカンヴァスを重そうに左の小脇に抱え、右手を外套のポケットにつっ込んで、首垂うなだれながら、荒凉たる晩冬の野を帰って来た。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
八郎太は、床柱に凭れて、首垂うなだれて、腕を組んだまま、静かにつづけた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
佐平は首垂うなだれて股引の血を見詰めながら
こう云われても白萩は、今にも折れそうな細いくびをじっと首垂うなだれているばかりで、返辞しようとはしなかった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
首垂うなだれたり、溜息ためいきをしたり、しわぶいたり、堅炭かたずみけた大火鉢に崩折くずおれてもたれたり、そうかと思うと欠伸あくびをする、老若の患者、薬取がひしと詰懸けている玄関を、へい、御免ねえ
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからまた樫の絵の前に戻ってきて、椅子に腰を落しながら、首垂うなだれて考え込んだ。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
吉右衛門は首垂うなだれてしまった。
寺坂吉右衛門の逃亡 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
剃刀のやいばあおずんで冴えたのも、何となく、その黒髪のよわいを縮めて、玉の緒を断たんとする恐ろしき夜叉やしゃおのもとに、覚悟をめて首垂うなだれた、寂しきおもかげて見えたのであった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見えなくなったその後を芳江は暫時しばし眺めていたがふと寂しそうに首垂うなだれた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
え出でんとする芽は、その重みの下に押しつぶされる。人の心は息がつけなくなる。ただ首垂うなだれて、おのれの停滞した存在を見守るのほかはない。生命の力は萎微いびし、生きんとする意力は鈍ってくる。
夫人がその風采とりなり、その容色きりょうで、看護婦を率いたさまは、常に天使のごとく拝まれるのであったに、いかにやしけむ、近い頃、殊に今夜あたり、色艶すぐれず、円髷まるまげも重そうに首垂うなだれて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
坐ると一緒に首垂うなだれたが、細い首には保ち兼ねるようなたっぷりとした黒髪に、瓜実顔うりざねがおをふっくりと包ませ、パラリと下がったおくれ毛を時々掻き上げる細い指先が白魚のように白いのだけでも
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
高倉玄蔵はすっかり悄気しょげかえった風で、黙って首垂うなだれていた。
電車停留場 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
娘は乱髪みだれがみになって、その花を持ったまま、膝に手を置いて、首垂うなだれて黙っていた。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若衆は深く感動したが、言葉もなくて首垂うなだれた。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
寂しさの上にすごいのに、すぐ目を反らして首垂うなだれた。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はい」と云うと首垂うなだれてしまった。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
浪路は、と見ると、悄然しょうぜんと身をすぼめて首垂うなだるる。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お鶴はつむりおもたげに、首垂うなだれながら合点がってん々々。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、なぜか多津吉は肩をゆすって、首垂うなだれた。
われうなずきぬ。小親は襟に首垂うなだれつつ
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御新姐ごしんぞただ首垂うなだれているばかり。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はっと首垂うなだれたが、目に涙一杯。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、もの寂しそうに首垂うなだれた。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と観念のまなこを閉じて首垂うなだれた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)