鉄槌てっつい)” の例文
旧字:鐵槌
鉄槌てっついから火バナが散り、石斧いしおのからは、異様な響きとにおいが立った。不気味なこだま、キ、キ、キ……とはらわたをしぼるような何かのきしみ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
加うるに肺腑を突き皮肉に入るの気鋒極めて鋭どく、一々の言葉に鉄槌てっついのような力があって、触るる処の何物をも粉砕せずには置かなかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこにはいつも科学的な唯物観と宿命観が、人生を苦々しく情象し、機械と鉄槌てっついの重圧が、詩をたたき出そうと意志している。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そう思った瞬間に、瑠璃子は鉄槌てっついたたかれたように、激しい衝動ショックを受けた。気味の悪い悪寒おかんが、全身を水のように流れた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふとなわで、鉄槌てっついげて、とすたびに、トーン、トーンというめりむようなひびきが、あたりの空気くうき震動しんどうして、とおくへ木霊こだましていました。
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
石の表面に鉄槌てっついの彫刻、根にダリヤとデエジイと薔薇と百合の花束をりぼんでしばった鉄の鋳物、下の平石に HENRIK IBSEN と読める。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
一気に彼ら醜類しゅうるいのうえに、大鉄槌てっついをくだそうとは思っているが、それかといって、奉行の地位にある者がみだりにわたくし事に手をかすこともできず
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
巡査の声で彼は大きな恐怖の鉄槌てっついに打たれた。一瞬間の後巡査の顔を見た。巡査は全くほかの方を見て居った。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
川村の奴、ここで又第二の鉄槌てっついで脳天を打ちくだかれるのだ。恋を盗まれた男のみじめさを、嘗て大牟田敏清が味ったと同じくやしさを、まざまざと味うのだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鉄槌てっついでがんと脳天をやられたような気持で、煙草屋たばこやを出たのだったが、どうしても本家へ帰る顔がなく、二丁ばかりある道を夢中で歩いて、河縁へ出て来たのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
実に不可思議千万ふかしぎせんばんなる事相じそうにして、当時或る外人の評に、およそ生あるものはその死になんなんとして抵抗を試みざるはなし、蠢爾しゅんじたる昆虫こんちゅうが百貫目の鉄槌てっついたるるときにても
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さあそれからあとのことならば、もう私は知らないのだ。とにかく豚のすぐよこにあの畜産の、教師が、大きな鉄槌てっついを持ち、息をはあはあきながら、少し青ざめて立っている。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そうともそうとも驚かなければならない。人っ子一人いないんだからなあ。火焔黒煙のその中で、調べ革ばかりが廻っている。螺旋らせんばかりが廻っている。鉄槌てっついばかりが働いている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ちょうど上がりかまちの影になって誰にもちょっと気の付かないあたりから、二尺ほどの柄の付いた、先の尖った鉄槌てっつい——石屋が石を割る時使う玄翁げんのうに、血潮と脳漿の付いたのを見付け出しました。
袖にはくちなわ、膝には蜥蜴とかげあたり見る地獄のさまに、五体はたちまち氷となって、慄然ぞっとして身を退きましょう。が、もうその時は婦人おんなの一念、大鉄槌てっついで砕かれても、引寄せた手を離しましょうか。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その横について荒町の通へ出ると、畳表、鰹節かつぶし、茶、雑貨などを商う店々の軒を並べたところに、可成大きな鍛冶屋かじやがある。高い暗い屋根の下で、古風なまげに結った老爺ろうや鉄槌てっついの音をさせている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
出島の一味からは、かつて鉄槌てっついを下したその人の末路かとあざけられる。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
全自然は、蓄積された力の爆発を待ち、重々しく振り上げられ、黒雲の鉄碪かなしきの上に一挙に打ちおろされんとする、鉄槌てっついの打撃を待っている。陰惨な熱い大きな影が通り過ぎる。熱火の風が吹き起こる。
桃太郎を一戦に撃破うちやぶらん事、鉄槌てっついを以て
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
そしてやがて、縁から科人とがにんのような卑屈な眼をせて、親鸞の室へ坐り、自分の頭に下るであろう罪の鉄槌てっついを待っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一句一句鋭い匕首あいくちの切先で、えぐられるように、読みおわった直也は最後の一章に来ると、鉄槌てっついで横ざまに殴り付けられたような、恐ろしい打撃を受けた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かれは、やがて、女房にょうぼう二人ふたりで、そこそこに夕飯ゆうはんをすましました。ふたたび、仕事場しごとばにもどって、鉄槌てっついで、コツコツとあかけたてつ金床かなどこうえでたたいていました。
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
日本の故老SK氏なども、近くはニコライ二世が観衆の歓呼に答えたであろう元の玉座から観るのだそうだ。舞台のうえに鎌と鉄槌てっついと麦と星のソヴィエトの大紋章が掲げてある。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
重い鉄槌てっついをふるう平鍛冶のやからなればこそ、これも道理とうなずけて、弥生は、こころからなる信頼のほほえみを禁じ得なかったと同時に、斯道しどうに対する老人の熱意のまえには
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こう叫んだのは槌主つちぬしであった。彼は南門の守備長で、いつも鉄槌てっついをひっさげていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右手に提げたのは鉄槌てっついに違いない。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酔眼朦朧もうろうという風で、何気なくひょいと馬上の二人を振り仰いだ新九郎は、ぐわんと鉄槌てっついにでも打たれたように
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出歯でっぱの黄色い頭髪かみのけの鳥の巣のように絡んだ汚れたシャツを着て、黒いズボンを穿いて、太い腕に鉄槌てっついを携げてぎょろっと冷笑あざわらって私を見詰めた有様が目に浮んだ。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
自分の子のいやしい笑い顔を見たときに、剛愎ごうふくな勝平も、ガンと鉄槌てっついで殴られたように思った。言い現し方もないような不快な、あさましいと云った感じが、彼の胸のうちに一杯になった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ハッと彼は飛び退すさった。同時に何物か頭上から、恐ろしい勢いで落ちて来た。それは巨大な鉄槌てっついであった。上の窓から投げた物であった。一歩退き方が遅かったなら、彼は粉砕されたかもしれない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
沢庵の鉄槌てっついに感じ、法情の慈悲に泣いて、翻然ほんぜんと人生に薄眼を開いて志を起したのも、この血の力である。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女かのじょは、ある工場こうじょうまえでは、おおくの女工じょこうはたらいているのだとおもいました。また、鉄槌てっついひびいてくる工場こうじょうては、おおくのおとこ労働者ろうどうしゃはたらいているのだとおもいました。
星の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
真っ赤に焼けた鉄槌てっついである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
新九郎は脳天を鉄槌てっついでガンとやられたほどがくりとした。いや自分の耳を疑った。そしてしばらくは口もきけずに、御方の顔をまじまじとみつめているのみだった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その行方ゆくえひかったくさなかぼっしていました。工事場こうじば付近ふきんには、いし破片はへんや、小砂利こじゃりや、材木ざいもくなどがんでありました。また、ほかの工夫こうふたちは、おも鉄槌てっついで、材木ざいもくかわなかんでいます。
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
蜀の諸将と、その兵は、思うさまこれに鉄槌てっついを加えた。わけて姜維は潰乱する敵軍深く分け入って
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのとききょう越吉元帥えつきつげんすいは、手に鉄槌てっついをひっさげ、腰に宝鵰ほうちょうの弓をかけ、悍馬かんばをとばして陣頭にあらわれ、羗の射撃隊は弓をならべて黒鵰くろたかの矢を宙もくらくなるほど射つづけてくる。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)