しゃが)” の例文
笏は、何ごとかを言おうとしたが、童子はものをも言わずにしゃがみ込んだが、すぐ一抹いちまつの水煙を立てると、その水田の中へ飛び込んだ。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
三吉は三升だるをブラ下げて、艪にしゃがみました。五十六七、すっかり月代さかやきが色付いて、鼻も眼も口もしなびた、剽軽ひょうきんな感じのする親爺です。
(みづから天幕テントの中より、ともしたる蝋燭ろうそく取出とりいだし、野中のなかに黒く立ちて、高く手にかざす。一の烏、三の烏は、二の烏のすそしゃがむ。)
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お仙は外に背中を向けて豆をいている。野袴をつけた若者が二人、畠の道具を門口へ転がしたまま、黒燻くろくすぶりのかまどの前にしゃがんで煙草をんでいる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
刑事たちは、目をパチクリさせて地面にしゃがむと、その錆びた釘を退けて、太いはしをつっこんだ程の縦穴たてあなのぞきこんだ。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それを私は、家の前の桜の木の根元にしゃがんで、どんなにうらやましい、そしてどんなに悲しい気持ちで眺めたことか。
糊と皮の匂がぷんぷんしている開け放しの靴店では、亭主が中腰にしゃがんで燈明の光りで靴を縫い合せ乍ら、喉一杯の声を張り上げて土語の歌を唱って居た。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
もし、何かの原因で自然発射がされたとすれば、壁面と平行に、隅の騎馬装甲へ打衝ぶつからなきゃならんよ。きっと犯人は、しゃがんでこの弩を引いたに違いないんだ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
写真をとるという時、前列にしゃがんだ芸者が、裾を泥にしまいと気にして、度々居ずまいをなおした。
百花園 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
藍丸王が側に来てしゃがんだのを見るや否や、皺の間から大きな皿のような眼と、真赤な口をパッと開いてゲラゲラと笑ったと思うと、それを相図に他の三人は一度に立ち上って
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
乃公が隣家となりの天水桶の後にしゃがんでいると、馬車が一台そろそろやって来た。此れだなと思うと、今度は姉さんが裏の方から出て来た。外套も着ていなければ、鞄も持っていない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
孝助は此奴等こいつら徒党ととうしたのではないかと、すかして向うを見ると、どぶふちに今一人しゃがんで居るから、孝助はねて殿様が教えて下さるには、敵手あいての大勢の時はあわてると怪我をする
「靴擦れで足が痛え——」ひょいとしゃがみ乍ら力任せに為吉は刑事の脚をさらった。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
瀕死ひんしの重傷者を寝台の上に運ぶわけには行かなかったからである。そうして、負傷者の両側にしゃがんだまま、顔見合せて黙り込んでいたが、やがて、新一はふと気づいたように口を開いた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
或いは目隠めかくしをさせ、もしくは顔を両手でおおわせて、正面にしゃがんだ児を誰さんと、いわせることにしていたかとも思われる。鹿児島県の田舎いなかなどでは、それでこの遊戯をマメエダレとも呼んでいた。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
タヌは長い夜の探検に疲れたとみえ、草の上にしゃがみ込んでいたが声に応じて門のそばまで進み寄って、マッチをすり、手探りをしいろいろ工風をこらしているふうだったが、間もなくすぐもどって来た。
何だか独言ひとりごとのように言って聞かせて、錆茶釜さびちゃがましゃがんで、ぶつぶつるたびに、黒犬の背中をさすると、犬が、うううう、ぐうぐうと遣る。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「その通りだよ兄哥、矢は上向きに突っ立っている、——しゃがんだところを後ろからやられなきゃ、こんな工合になるわけはねえ」
私の行った時は、叔父は黒無地の着物に白い巻帯まきおびをしめ、表の縁端えんはししゃがんで盆栽ぼんさいの手入れをしていた。
丈助は横着者ですから刀を抜いたなり息を殺してしゃがんで居りましたが、盲人めくらの哀しさに
闇の中にじっとしゃがんでいると、靴の底から寒さが這い上って来る。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
藤さんが池のそばにしゃがんでいて
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
蘆の中に、色の白いせたおうな高家こうけの後室ともあろう、品のい、目の赤いのが、朦朧もうろうしゃがんだ手から、蜘蛛くもかと見る糸一条ひとすじ
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
江戸開府以来と言われた名御用聞、銭形平次ともあろう者が、早春の庭にしゃがんで、この勤勉な昆虫の活動を眺めていたのです。
しゃがんで休むのは身は楽だけれども、憩うにも、人を待つにも、形が見っともない、と別嬪べっぴん朋友ともだちに、むかし叱られた覚えがある。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時々は死体の前にしゃがんで、懐から出した半紙横綴の帳面に矢立の筆を抜いて——細雨をかばい乍ら、写生の筆を走らせました。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
胡桃くるみの根附を、紺小倉のくたびれた帯へ挟んで、しゃがんで掌を合せたので、旅客も引入れられたように、夏帽を取って立直った。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ガラッ八の八五郎がヌッと入ると、見通しの縁側にしゃがんで、朝の煙草にしている平次は、気のない顔を振り向けるのでした。
その時きゃっきゃっと高笑たかわらい、靴をぱかぱかとわきれて、どの店と見当を着けるでも無く、脊をかがめてうずくまった婆さんの背後うしろへちょいとしゃがんで
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
友次郎は少し獅子ししぱなをうごめかし気味に、下水の端っこにしゃがんだ八五郎の、あまり賢くなさそうな顔を見上げました。
直ぐそれから、池の石橋を一つ、楽屋口へ行くと、映山紅つつじ、桜の根に、立ったりしゃがんだり、六七人むくむくと皆動いて出た。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手の空いて居る足の勇を促して、公園の闇にしゃがむというのは千種十次郎ほどの顔になれば容易の事ではありません。
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
さあ、誰ぞ来てやってくれ、ちっとしゃがまねえじゃ、筋張ってしょ事がない、と小半時こはんときでまた理右衛門じいさまが潜っただよ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泥棒の拵えた穴の前にしゃがんで、しきりと中を覗いているのは、先ほど八五郎に事件を教えてくれた下男の釜吉です。
ギックリやりますし、その方は蝦蟇口がまぐちを口に、忍術の一巻ですって、蹴込けこみしゃがんで、頭までかくした赤毛布あかげつとを段々に、仁木弾正にっきだんじよう糶上せりあがった処を
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は裏木戸の外のちょっと人目につかぬ物蔭にしゃがむと、泥と血にまみれた、匕首あいくち一振ひとふり持って来ました。
梅と柳の間をくぐって、酒井はその竹垣について曲ると、処がら何となく羽織の背の婀娜あだめくのを、隣家となりの背戸の、低い石燈籠がトしゃがんだ形で差覗さしのぞく。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は不思議な空気の圧迫を感じながら板の間にしゃがみました。南の奉行所を追われたお美乃は、最後の頼みの銭形平次を訪ねて、お勝手口から肩身狭く入ったのでしょう。
廉平はに似てあおすじのあるなめらかな一座の岩の上に、海に面して見すぼらしくしゃがんだ、身にただ襯衣しゃつまとえるのみ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒い影がようやく穴の口に近づくと、要心深くしゃがんで、泥棒龕灯を古井戸の底へ差向けました。
実際、其処にしゃがんだ、胸のはばただ、一尺ばかりのあいだを、わざとらしく泳ぎまわって、これ見よがしの、ぬっぺらぼう!
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は病人の枕元にしゃがむと、柄にもなく脈などを取りました。せてはいるが美しい腕です。
と身を起こして追おうとすると、やっこ駈出かけだした五足いつあしばかりを、一飛びに跳ね返って、ひょいとしゃがみ、立った女房の前垂まえだれのあたりへ、円いあご出額おでこで仰いで
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八五郎は取散らした自分の二階へ案内するよりはと思った様子で、狭い店先にしゃがみました。
それ侍女こしもとの気で迎えてやれ。(みずから天幕テントの中より、ともしたる蝋燭ろうそくを取出だし、野中に黒く立ちて、高く手にかざす。一の烏、三の烏は、二の烏のすそしゃがむ。)
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妹のお梅は、提灯の灯から遠く、ぼろをつくねたようにしゃがんだまま泣き濡れております。
きりきり激しくいたみます。松によっかかったり、すすきの根へしゃがんだり……杖を力にして、その(人待石)の処へ来て、たまらなくなって、どたりと腰を落しました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
源吉は物馴れた調子で畳みかけながら、縛られた金次郎の前にしゃがみました。
はじめからその覚悟をすれば、何も冷え通るまで畦にしゃがんでるにも当らず。不断見ればてのひらほどの、あの踏切田圃を、何に血迷ってたんだか、正気では分りません。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いえ、路地の中にいたのは二三人で、あとは往来にしゃがんでおりました」