とよ)” の例文
旧字:
いつか越後えちごの人がこの娘を見て、自分の国は女の美しい国だが、おとよさんのように美しいのは、見たことがないと云ったそうである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
母親のおとよは学校の時間割までをよく知抜しりぬいているので、長吉の帰りが一時間早くても、おそくても、すぐに心配してうるさく質問する。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
近江屋治兵衛じへえは観音堂の屋根の見える限りでは、並ぶ者ないと言われる大分限だいぶげん、女房おとよとの間に生れた一人娘のお雛は
「さあ唯今ちよつと手が放せませんので、御殿の方に居りますから、どうか彼方あちらへお出なすつて。ぢき其処そこですよ。婢に案内を為せます。あのとよや!」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
とよは碁石の清拭きよぶきせよ。利介りすけはそれそれ手水鉢ちょうずばち、糸目のわん土蔵くらにある。南京なんきん染付け蛤皿はまぐりざら、それもよしかこれもよしか、光代、光代はどこにいる。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
そうして、とよ、豊という母の声を聞いた。その声が非常に遠くにある。それで手に取るように明らかに聞える。——母は五年前に死んでしまった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
麻雀ガールのとよちゃんが、鼻の頭に噴きだした玉のような汗を、クシャクシャになった手帛ハンカチで拭き拭き、そう云った。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
問題の湯治中瑠璃子に附添って世話をしていた婆やのとよが、一人ぽっちで、わしと同じ箱に乗っていたではないか。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私のうちには、その片腕の熊さんや、赤褌あかべことよさんやら、たわし売りのおよしさんやら、灰買いのじゅうどんなどがいた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
浪子が去られしより、一月あまりたちて、山木は親しく川島未亡人いんきょの薫陶を受けさすべく行儀見習いの名をもって、娘おとよを川島家に入れ置きしなりき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
とよが聞いて来ましたの。坂口さんのところの旦那さまはあんな怖いお顔をして、あれでナカ/\ねって、津田さんの奥さんがお笑いになったそうですよ」
朝起の人達 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
朝日のとよさかのぼりと夕日のくだち、日の出と日の入りとを本式としていたことは、神をお祭り申す祝詞のりとというものの中に、そういう文句のあるのを見てもわかる。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「わたしが死んだら、留吉はどうなるだろう。けっして私は留吉より先へ死んではならぬ」というのが、ことし四十五歳になる母親おとよの平素の願望でありました。
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
勘三郎かんざぶろうがそれに熱中しはじめたのはいつごろのことか分っていない。ともかくおとよが嫁に来たときにはすでに勘三郎のやまさがしは誰知らぬ者なきありさまになっていた。
藪落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「まったくとよさんの言う通りさ。けれども、姐さんもずいぶん無理をいってあの人をいじめるんだからね。いくら相手がおとなしくっても、あれじゃあ我慢がつづくまいよ」
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金ちやんも勝ちやんも、うすのろのとよちやんも、栄蔵にさそはれてやつて来た。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
母というはおとよといい、言葉の少ない、柔和らしく見えて確固しっかりした気象の女でしたが、僕をしかったこともなく、さりとて甘やかす程に可愛かわいがりもせず、言わば寄らず触らずにして居たようです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「おおおとよさん、これに見えてか、えろうわたしは遅れましたわいな」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雪祭は睦月むつき神事かむごと、その雪は田の面のしづめ、雪こそはとよの年の、穂に穂積むみのりのしるし、その雪を神に祈ると、その雪に神と遊ぶと、山峡や小峡をがひの子らが、あなかそか、鬼の子鬼が、雪祭四方よもの鎮めと
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
宮人はとよの明りにいそぐ今日けふ日かげも知らで暮らしつるかな
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
とよ足穂たりほも、あだびとり干しにけむ、いつのに。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
とよおか姫の、宮の鉾なり
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姉娘のとよなら、もう二十はたちで、遅く取るよめとしては、年齢の懸隔もはなはだしいというほどではない。豊の器量は十人並みである。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
母親のおとよは学校の時間割までをよく知抜しりぬいてゐるので、長吉ちやうきちの帰りが一時間早くても、おそくても、すぐに心配してうるさく質問する。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「でも川島のおばあさんが泣きましょうよ。——川島てば、お母さま、おとよさんがとうと逃げ出したんですッて」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
部屋の中には乳母うばのおとよ、ドアの外の廊下には書生の青山あおやまが、夫々それぞれ見張り役を勤めている上に、そのドアは外から鍵をかけ、ちょっと洗面所へ行くにも、中からノックして
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたしは千葉の者であるが、馬琴ばきんの八犬伝でおなじみの里見の家は、義実よしざね、義なり、義みち実尭さねたか、義とよ、義たか、義ひろ、義より、義やすの九代を伝えて、十代目の忠義ただよしでほろびたのである。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
妹のおとよは一つ違いの十八歳、姉に優る美しさと、辰巳たつみっ子らしい気象きしょうを謳われましたが、役人の目をはばかって、寄り付く親類縁者も無いのに業を煮やし、柳橋から芸者になって出て
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
またかしこくもとうとくも仰ぎ望まれたのは、大陸でもそうだったかも知れぬが、海のとなかの島国にあっては、ことに早朝の一刻、あさひとよさかのぼりといわれた日出の前と後とであった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
筑波根に朝ゐ夕ゐる旗雲のとよあけ見て出ては刈るらむ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とよの手伝でも致して、此方こなたに一生奉公を致します。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
とよたたふるもよし、夢の世とかんずるもよし。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
とよのあそびに
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長吉ちやうきちをば檜物町ひものちやうでも植木店うゑきだなでも何処どこでもいゝから一流の家元いへもと弟子入でしいりをさせたらばとおとよすゝめたがおとよは断じて承諾しようだくしなかつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
菅茶山は嘗て蘭軒の姉幾勢きせに尾道の女画史ぢよぐわしとよが画を贈つたことがあつて、今又重て贈るべしや否やを問うてゐる。豊とは何人であらうか。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「昨年来は長々お世話に相成りましてございますが、娘——とよ近々ちかぢかに嫁にやることにいたしまして——」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
大君の御笑みゑまへば朝ぼらけ日はさしのぼりとよの旗雲
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「ほんとさ。おまへさん。」おとよは首を長くのばして、「私の僻目ひがめかも知れないが、じつはどうも長吉ちやうきち様子やうすが心配でならないのさ。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
忠兵衛の祖先は山内但馬守たじまのかみ盛豊もりとよの子、対馬守つしまのかみ一豊かずとよの弟から出たのだそうで、江戸の商人になってからも、三葉柏みつばがしわの紋を附け、名のりにとよの字を用いることになっている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
日はのぼる、旗雲のとよの茜に
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とよ今戸橋いまとばしまで歩いて来て時節じせついままさ爛漫らんまんたる春の四月である事を始めて知った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「尾道女画史」とよである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
師匠のおとよは縁日ものの植木鉢を並べ、不動尊ふどうそんの掛物をかけたとこうしろにしてべったりすわったひざの上に三味線しゃみせんをかかえ、かしばちで時々前髪のあたりをかきながら、掛声をかけては弾くと
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)