薄縁うすべり)” の例文
血に染んだ部屋、檢死の後で一應清めた相で、生濕りの上に薄縁うすべりなどを敷いて、その上に床を取り、死骸を其處に寢かしてあります。
僕は始めから千代子と一つ薄縁うすべりの上に坐るのを快く思わなかった。僕の高木に対して嫉妬しっとを起した事はすでに明かに自白しておいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人は無聊のつれづれから、薄縁うすべりを敷いた縁側へ、お互にゴロリと転りながら、先刻から文字の穿鑿せんさくに興じ合っているのであった。
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は便所の近くの薄縁うすべりを敷いた長四畳に弧坐して夜となく昼となく涙にむせんだ。自ら責めた。一切が思ひがけなかつた。恐ろしかつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
最初は椽先へ薄縁うすべりを敷いて、そこへ脱刀した袴姿で坐らせて、段々と訊問したが、存外包み隠さず、ありのままを申し立てたのであった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
室は八坪ばかりの広さで、何の飾りけもないのがかえって清々すがすがと見えた。床には、簀掻藁すがきわらべ、そのうえに薄縁うすべりいてある。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝間の粗壁あらかべを切抜いて形ばかりの明り取りをつけ、藁と薄縁うすべりを敷いたうす暗い書斎に、彼は金城鉄壁の思いかで、こもっていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
家族が食事したり、茶を飲んだり、客を迎えたりする炉辺ろばたの板敷には薄縁うすべりを敷いて、耕作の道具食器の類はすべてそのあたりに置き並べてある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
茶店とはいえ、だ木蔭に四つ五つの縁台を並べ、それへ薄縁うすべりを敷き、其上に坐布団を置いた至って粗末な露店である。
僕は薄縁うすべりの上に胡坐あぐらいて、麦藁むぎわら帽子を脱いで、ハンケチを出して額の汗をきながら、舟の中の人の顔を見渡した。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それでその前年かに親父は死んだのださうだが、板の間に薄縁うすべり一板いちまい敷いて、その上で往生したと云ふくらゐの始末だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
森「表は人が立つといけねえ、連れて来た人は少し怪我人の様な病人の様な変な者だが、薄縁うすべりか何か敷いてくんねえ……おい友さん腰を掛けねえ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と、毛利先生は立ち上って、自分の腰かけて居た椅子を緑川に与え、室の隅にあった薄縁うすべりをもって来て床に敷かれた。
闘争 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
小さなカンテラがついているばかりで、よく分らぬけれど、柱も何もないコンクリートの壁、赤茶けた薄縁うすべり、どうやら地底の牢獄ろうごくといった感じである。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
畳はどんなか知らぬが、部屋一面に摩切すりきれた縁なしの薄縁うすべりを敷いて、ところどころ布片で、破目やぶれめが綴くってある。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「願念寺さん、ようお越し。」と言つて、白衣に紫地五郎丸の袴を穿いた父は、禿頭を光らしつゝ、煙草盆片手に、薄縁うすべりを敷き込んだ縁側まで出迎へると
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
小さい薄縁うすべりを敷いてある火鉢の傍で、ここの賄所まかないじょから来る膳や、毎日毎日家から運んでくる重詰めや、時々は近所の肴屋さかなやからお銀が見繕みつくろって来たものなどで
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
八月はじめの朝、わたしが赤坂へたずねてゆくと、半七老人は縁側に薄縁うすべりをしいて、新聞を読んでいた。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
家の主人あるじは喜んで迎へた。そして皆が厩舎うまやを出て裏庭に廻つた時は、座敷の縁側に薄縁うすべりを布いて酒が持ち出された。それを断るは此処等の村の礼儀ではなかつた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
薄縁うすべりを二枚、押入から取り出して、クルクルと庭へ敷き並べ、その上へ、色のさめた毛氈を一枚、申しわけのように載せて、自分はサッサと座敷へ上って参ります。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さっきは満足な畳だと思って見たのは「薄縁うすべり」とも「畳」ともつかないもので「わら」のとこのある処もあり、ない処もある非常にでこぼこした見るから哀れなもので
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
二人は其処の素床すゆか薄縁うすべりを敷いてもらって、汗を拭き、茶をのみ、菓子を食いながら眼をせた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お兄様はと見返ると、板張いたばり薄縁うすべりを敷いたのに、座蒲団ざぶとんを肩にあて、そこらにあった煙草盆から火入れを出し、横にしたのをまくらにして、目を閉じて寝ていらっしゃいます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
次に牀自身も二元性を表わそうとする。とこと畳とは二元的対立を明示していなければならない。それ故に、床框とこがまちの内部に畳または薄縁うすべりを敷くことは「いき」ではない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
そこは八帖ばかりの広さで、光るほど拭きこんだ板敷の上に薄縁うすべりが敷かれ、——それは白い晒木綿さらしおおわれていたが、女の裸の躯はその上へ仰向けに寝かされてあったのだ。
「さあ、暑かつたらう。涼んでくんさい、冷たい水が汲んであるが一杯飲まつしやい。」とお光は広間の板間に薄縁うすべりを敷きながら、仏壇に拝して仏間から出て来た平三に言つた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
風はつめたし、呼吸いきぬきかたがた、買った敷島をそこで吸附けて、かしながら、堅い薄縁うすべりの板の上を、足袋の裏冷々ひやひやと、い心持ですべらして、懐手で、一人で桟敷へ帰って来ると
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婆さんは汗を滴らしながら、薄縁うすべりをしいて、中央へ大きなお粥の釜を据えた。そしてもう一度「みなさん御飯ですよ」と叫んだ。こうした世界にも階級があった。冬子とお幸が上席に向き合った。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
薄縁うすべりを敷きつめ、いちめんに蒲団を並べて寝ているのは、こけ猿の茶壺を奪還すべく、はるばる故郷柳生の郷から上京してきた高大之進の一隊、大垣おおがき郎右衛門ろうえもん寺門一馬てらかどかずま喜田川頼母きたがわたのも駒井甚こまいじんろう
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
裏の方は根太板のままでそれに薄縁うすべりが処まばらに敷いてあった。
死体の匂い (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は台所に薄縁うすべりを敷いて寝る事になったのでございます。
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今日は薄縁うすべり三畳の檻の中
檻の中 (新字新仮名) / 波立一(著)
薄縁うすべり尿いばりして逃る蛙かな
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
血潮に汚された畳をがして、薄縁うすべりを敷いた四畳半の上がりかまちに腰を下ろして、そう言いながらも平次は、腰の煙草入を抜きました。
空いた場所の畳だか薄縁うすべりだかが、黄色く光って、あたりを伽藍堂がらんどうの如くさびしく見せた。彼は高い所にいた。其所で弁当を食った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半蔵が挨拶あいさつに行って見たころは、駿河するがは上段の間から薄縁うすべりの敷いてある廊下に出て、部屋へやの柱にりかかりながら坪庭つぼにわへ来る雨を見ていた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それもきわめて古風な舟で、舟縁ふなべりに彫刻が施してある。真鍮しんちゅうの金具、青羅紗の薄縁うすべり、やはり非常に独創的である。薬草道人の使用舟であろう。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かぢ「それじゃア疲労くたびれてるだろうから、あの二畳へ往って木片こッぱを隅の方へ片付けて、薄縁うすべりを敷いてお
砂のうえに毛氈もうせん薄縁うすべりをしいて、にぎり飯や海苔巻のりまきすしを頬張っているのもあった。彼等はあたたかい潮風に吹かれながら、飲む、食う、しゃべる、笑うのに余念もなかった。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きたない薄縁うすべりの上にぺちやんこに捩伏せた時の、Z・K氏の強い負け惜しみを苦笑に紛らさうとした顏を思ふと、この何年にもない痛快な笑ひが哄然と込みあげたが、同時に
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
撫で下ろした柱の下から、今度は、敷いてある薄縁うすべりをソッとさぐり廻して行って
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふ/\燈心とうしんともして、板敷いたじきうへ薄縁うすべりべたり、毛布けつとく……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
どの部屋も六帖であるが、窓は北に向いていてうす暗く、畳なしの床板に薄縁うすべりを敷いただけという、いかにもさむざむとした感じだった。窓の下に古びた小机があり、がまで編んだ円座えんざが置いてある。
私の寝台の下に薄縁うすべりを敷いて、その上の薄い蒲団の上に縮まつて寝て居たが、私は夜更などに眼を覚して、明るい電燈の光に照らされた父のあから顔を寝台の上から眺めやつて、懐しさと感謝の念とに
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
たった一枚の薄縁うすべり、後ろ手に両手を突いて、胸を反らせて大きい呼吸をする女の肩が、ともすれば男の肩に触れて——あッ、又あの馥郁たる異香が——
呼出しになりました時に、五郎治のおとゝ四郎治がまかり出ます事になりお縁側の処へ薄縁うすべりを敷き、其の上に遠山權六が坐って居ります。お目付は正面に居られます。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
薄縁うすべりの敷かれた長廊下には、現在諸家から持ち運ばれた無数の音物が並べられてあった。屏風類、書画類、器類、織物類、太刀類、印籠類、等々の音物であった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船の軒にかけてあるほおずき提灯ちょうちんや、そこらに敷いてある毛氈や薄縁うすべりのたぐいは、何者かに引っ掴まれたように虚空こくう遙かに巻きあげられた。人々は悲鳴をあげてうろたえ騒いだ。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
浪人者の乗っている、燈火のついていない屋形船から、一本の小柄が投げ出されて、三人の兄弟の乗っている、屋形船の障子をつらぬいて、薄縁うすべりの上へ落ちたことである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
入口寄りの方は綺麗にき清めて、一部には薄縁うすべりなどを敷いてあり、南の方に小さい窓が切つてあつて、頭の上は奧の方だけが頑丈な半二階で、其處にもガラクタが入つて居る樣子です。