美貌びぼう)” の例文
尚侍はまだこうした人々を子にして持っているほどの年になっているとは見えぬほど今日も若々しくて、盛りの美貌びぼうとさえ思われた。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
母が相当の美貌びぼうであったことも、橋寺がこの少女にって今はき恋女房の面影を偲びつつあることも、ほぼ想察することが出来た。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とにかく相手は学界でも特に有名なかわものなんだから、君の美貌びぼうと、例のサービスとを武器として、なんとか記事にしてきて貰いたい。
遊星植民説 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼等には彼の後で飛んだ——彼よりも幅の狭い所を彼よりも楽に飛び越えた、せいの高い美貌びぼうの若者の方が、はるかに人気があるらしかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わが竹本綾之助たけもとあやのすけ、そのひともその約束をもって、しかも天才麒麟児きりんじとして、その上に美貌びぼうをもって生れた。私は綾之助を幸福者だと思う。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
うら若い美貌びぼうの伯爵夫人がその持村に小学校や病院や図書館を建てる、それから彼女は漂泊の画家に恋してしまう——といったふうな
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それは若くて美しいと思われた人も、しばらく交際していて、智慧ちえの足らぬのが暴露してみると、その美貌びぼうはいつか忘れられてしまう。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
賤女しずのめの風はしているが京師けいしの公卿に縁ある者、おのずと備わる品位と美貌びぼうは、恥を含んで一層美しく、右門の眼にも見えるのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
角三郎は、常の冷たい美貌びぼうに、きょうは、なお、冴えたものを持って、お悦が、泣くだけ泣かせていた。それから、こう云った。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、彼女の評判はひろく知られていたが、それは単に美貌びぼうのためだけでなく、巨万の遺産をうけつぐことになっていたためでもある。
美貌びぼうの直助は美貌の客をたちまち贔屓ひいきにした。若い画家が訪ねて来ると、「えへん/\」とうれしさうに笑ひながら、饗応きょうおうの手伝をした。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そして畸型の醜女しこめの代りにアキの美貌びぼうに思いついた満足で私の好色はふくらみあがり、私は新たな目的のために期待だけが全部であった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
自分のような女性だったら、十分彼をたのしませるに違いないという、自身の美貌びぼうへの幻影が常に彼女の浮気心をあおりたてた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
最初彼が探偵事務所を訪ねてきた時から、そのたぐいまれなる美貌びぼうと、陰火のような押し殺された情熱が、探偵の心を打った。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
器械職工のレオポール・グライヨーという若者で、美貌びぼう自慢で利口で生意気なやつだった。彼は仲間じゅうでの耽美たんび家だった。
かねて夫人は、美貌びぼうをもって鳴っているが、貞操のほまれ高く、井沢判事、また高潔で、夫人をめぐる痴情の疑いなぞは、もちろん見当らぬ。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その美貌びぼうとかの方へかれがちなため、彼女の魂の美しさを物語る遺文がともすれば、好事家こうずか賞玩しょうがんにのみゆだねられてゐることではあるまいか。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
幕末外交の犠牲となった女、美貌びぼうを商品のように扱われて、貢物みつぎものにされたお吉が権力に対しての無意識の反発は自分を独りにするしかなかった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
彼はこんな山の中に惜しいと言われるほどの美貌びぼうで、その享楽的な気質は造り酒屋の手伝いなぞにはあまり向かなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかも光明皇后御自身は、無比の美貌びぼうと端麗の挙措を以て、私心なく帝を愛され、帝とともに信仰の道に入って行かれた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
のち三年にして関脇せきわけの栄位を修め、恰幅かっぷく貫禄かんろくならびにその美貌びぼうから、一世の人気をほしいままにしたということでした。
プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは、もう四十三になっていたが、その顔はまだ以前の美貌びぼうの名残りをとどめていた。
江戸演劇は戯曲よりもまず俳優を主とし、俳優の美貌びぼう風采ふうさいによりて常に観客の好劇心と密接の関係をたもたしむるものなれば
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
帰依の心は多くは美貌びぼうと反比例するものであるから、美しい娘よりも醜い娘の方が望ましい。したがって醜い娘が非常に好まれるに至るのである。
皮膚の色が女のように白く、すごいほどの美貌びぼうのその顔に見覚えがある。穴を当てる名人なのか、寺田は朝から三度もその窓口で顔を合せていたのだ。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
小波の恋が破れて後、その令嬢が縁付いた婚家の近くに住っていた私は時折美貌びぼう垣間見かいまみ、淑徳を聞くにつけて小波のためにすこぶる同情に堪えなかった。
美貌びぼうというだけではなく、彼女のぜんたいから受ける清純、初心、可憐、という印象に似たものは、私自身もそれ以来まだみかけたことがないのである。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分の才気と力量と美貌びぼうとに充分の自信を持つ葉子であったら、毛の末ほども自分を失う事なく、優婉ゆうえんに円滑に男を自分のかけた陥穽わなの中におとしいれて
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
千代はまだ十六の少女であったが、その美貌びぼうと気だてのよさに、近在の青年たちの注視の的となっていた。
風呂供養の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
歳三十に近く蒼白そうはくなる美貌びぼうはなやかならざれどもすずしきみどり色の、たとえば陰地にいたる草の葉のごとくなるに装いたり。妙念にすがり鐘楼に眼を定め息を
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
信一郎が、此の女性の美貌びぼうに対する耽美たんびおぼれている裡に、葬式のプログラムはだん/\進んで行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そのひとは所謂いわゆる貴族の生れで、美貌びぼうで病身で、と言ってみたところで、そんな条件は、ただキザでうるさいばかりで、れいの「唯一のひと」の資格にはなり得ない。
メリイクリスマス (新字新仮名) / 太宰治(著)
そとに気をかねて、障子のほうを見た磯五の顔には、その美貌びぼうのかわりに、みにくい表情があった。それは、異様にかがやく眼と、剛情に突きでた顎だけであった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なんでも以前、S病院の看護婦をしていたそうですが、美貌びぼうのために医員たちがうるさく騒ぎ寄るので、職業を変更してデパートに勤務することにしたのだそうです。
愚人の毒 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
これはすこぶ美貌びぼうの、った身なりをした栗色くりいろかみの男で、表情に富んだ鳶色とびいろの目と、細い小ぢんまりした白い鼻をもち、っぽけな口の上に、ちょびひげやしている。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
いわおる一個白面、朱唇、年少、美貌びぼうの神将であるごとく見えたのが、たちまち清く麗しき娘を迷わすために姿を変じた、妄執の蛇であると心着いたが、手も足も動かず
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにしろ社長が、相当の教養があって、身体からだも健康で、そのうえに美貌びぼうでなければいかんというものですから、いくら探してもいなくて困ってたんですよ。ちょうどそこへあなたを
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
毎日石造りの陰鬱いんうつな大きな部屋に通って、慣れない交換台に向かって、加入者の罵声ばせいを浴び、仲間からは粗末な服装を嘲笑ちょうしょうされ、両親から譲られた唯一のものである美貌びぼう嫉視しっしされて
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ある美貌びぼう声楽家せいがくかは、ゆび宝石ほうせきをかがやかせ、すましこんで、ステージにち、たとえ聴衆ちょうしゅう睥睨へいげいしながらうたっても、かげでは、権力けんりょくのあるものや、金力きんりょくあるもののめかけであったり、おとこどもには
風はささやく (新字新仮名) / 小川未明(著)
美貌びぼうならぬ婦人も自然その風采が美くしくなるものである。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
主水の美貌びぼうは当時たぐいないほどのものだったらしい。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「ドリアンという、美貌びぼうの女神にのろわれて、みにくく生れて来た少女が、どうかして人に可愛がられようと思って、果物に生れ代ったというんです、だから形も匂いもちょっと気持が悪いようだけど、まあだまされたと思って食べてごらんなさい」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
女御が自慢にし、ほめられてもおいでになる幼内親王方の美を遠くこえた源氏の美貌びぼうを世間の人は言い現わすためにひかるきみと言った。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
松島屋——現今の片岡我童かたおかがどうの父で人気のあった美貌びぼう立役たちやく——を一緒にしたようなおかおだとひそかにいいあっていたのを聞覚えている。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
あたりを明るくするほどの派手な美貌びぼうであつた。その上、気性は如何いかにも痴情で、婚家から出されたとうなずけるほど浮々してゐた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
人間の中に二度とこのような麗人は生まれないだろうとすらいわれたほどな美貌びぼうでおわしたのに、人身の常、やがて崩ぜられた。
「僕の大写しだよ」と言ったのをみると、今映写機のそばに立って技師を勤めているのが、この美貌びぼうの持ち主に違いない。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
髪を三つ輪に結って、総身をお召の空色のマントに包み、くッきりと水のしたたるような鮮やかな美貌びぼうばかりを、これ見よがしにあらわにして居る。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
してその年若な留学生が自己の美貌びぼうと才能とを飾るかのようにその話を始めた時には、彼は独りで激しい心の苦痛を感ぜずにはいられなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
でも、新選組の中で、土方歳三ひじかたとしぞうと共に、美貌びぼううたわれただけあって、やつれ果ててはいたが、それがかえって「病める花弁はなびら」のような魅力となってはいた。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)