まつげ)” の例文
と云ううちに新しい涙がキラキラと光って長いまつげから白い頬に伝わり落ちましたが、お母様はそのまま言葉をお続けになりました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
奇麗に囲う二重ふたえまぶたは、涼しいひとみを、長いまつげに隠そうとして、上の方から垂れかかる。宗近君はこの睫の奥からしみじみと妹に見られた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また釣瓶落つるべおちにちるという熟柿じゅくしのように真赤な夕陽が長いまつげをもったつぶらな彼女のそうの眼を射当いあてても、呉子さんの姿は
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒い前髪、白い顔が這うばかり低く出たのを、蛇体と眉もひそめたまわず、目金越めがねごしまつげの皺が、日南ひなにとろりとと伸びて
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肩へ両手をかけて、こちらへ振り向けて見ますと、少年は、長いまつげに涙をいっぱいため、唇をふるわせて、泣くまいと、いっしんにこらえながら
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その美しい顔は病気のために少し痩せてはいるけれど、にこにこしていた。まつげの長い暗色の大きな目には、なんとなく悪戯いたずららしい光りがあった。
郎女は目をつぶった。だが——瞬間まつげの間から映った細い白い指、まるで骨のような——帷帳をつかんだ片手の白く光る指。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
甲斐は手をあげて、まつげにかかった雪を払おうとしたが、ふと、その動作を止めて息をのんだ。視野の端に、なにか動くものの姿を認めたからである。
そのくせ、あかい唇は妖婦のようで、長いまつげはみだらな美しさと異国人の血を混ぜていることをあらわしている。何しろいい寝顔をして寝ているのだ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母親に似た顔立で、円いくるくるとした輪廓だったが、母親よりも口元が引緊って、まつげの長い眼が澄んで光っていた。耳の根本に小さな黒子があった。
古井戸 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
古都の空は浅葱色あさぎいろに晴れ渡っている。和み合うまつげの間にか、ち足りた胸の中にか白雲の一浮きが軽く渡って行く。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
癖のない金色の巻毛が、マントのようにふさふさと垂れ、眼は深い、澄みきった藍鼠色あいねずみいろでした。そして、そのふちには、ほんもののまつげが生えていました。
鏡に映つた兒どもの、つらには凄いほど眞白まつしろ白粉おしろひつてあつた、まつげのみ黒くパツチリとひらいたふたつの眼の底から恐怖おそれすくんだ瞳が生眞面目きまじめ震慄わなないてゐた。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
まつげの明かなくなったような眼の上に皺を寄せながら森村は西山の方に向いた。それが部屋の沈黙をわずかに破った。西山は声よりも首でよけいうなずいた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あまりひどく悄氣しよげ込んでるので、もう二三こと云ふと涙が出さうです——それ、もうそこに、キラ/\光つて、濕つて、一滴ひとしづくまつげからこぼれて敷物の上に落ちた。
一時動揺したらしい夫人の表情は、恢復かいふくした。涙などは、一滴だって彼女の長いまつげをさえ湿うるおさなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すると、また彼女はそのまつげに苦悶を伏せて接吻した。彼は秋蘭の唇から彼女の愛情よりも、軽蔑を感じた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼の此の予感は、彼を見返した女の熱情的な凝視(リメイは大変長いまつげと大きな黒い目とをもっていた)
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
聴いている内に、京子の長いまつげに覆われた美しい眼も、夢見るようにうるんで行った。彼女もまた天の一方にその幽かな蚊柱を見、唸り声を聴いていたのである。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
悪戯いたずらのように、くるくる動く黒眼勝くろめがちの、まつげの長いひとみを、輝かせ、えくぼをよせて頬笑ほほえむと、たもとひるがえし
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
瞼には深い影がさして、あのようにほこっていた長いまつげも、抜けたようにささくれて、見るかげもない。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
武士は、そして女をちらりと見て恥ずかしげにまつげを伏せ、花びらごと酒をぐいと喉に流しこんだ。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
「さにてもなし、」とまだいわけなくもいやしむいろえ包までいふに、皆をかしさにへねば、あかめし顔をソップ盛れる皿の上にれぬれど、黒ききぬの姫はまつげだにうごかさざりき。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「あなたのいきていらっしゃる最後の一秒まで、わたくしはお側を離れません。あなたの唇かられる溜息ためいきや、あなたのまつげからこぼれる涙を、わたくしの唇で受けて上げます。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
さうして渚を噛むがいい さうして渚を走るがいい お前の飛沫しぶきで私のまつげを濡らすがいい
閒花集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
ちらっとものを窃視ぬすみみることも出来たし、静かにものを見詰めることもできる眼であった。どんな細かなものも見落すまいと褐色の眸は輝き、一眼でものの姿を把えようと勝気なまつげは瞬いた。
忘れがたみ (新字新仮名) / 原民喜(著)
これを性欲の対象として観るとき、そこに盲目的な、荒殺の相が伴う。これを哲学的雰囲気のなかに抱くとき、尊き感激は身に沁み渡って、彼女の長きまつげよりこぼるる涙はわれらの膝を潤すであろう。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
長壽花きずゐせん金髮きんぱつのをとめ、幾人いくたりもの清いまつげはこれで出來る。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
にほひよき寂寞せきばくのなか、二人ふたりの黒きまつげ繁叩しばたゝ
まだ頬が上氣して、まつげが濡れて居ります。
まつげにキラ/\と小さい露が宿っていた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
君によりまつげしめらむ
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
大きなうるおいのある眼で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒なひとみの奥に、自分の姿があざやかに浮かんでいる。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女の皮膚はだは厚化粧をしているかのように白かった。その頬と唇は臙脂べにをさしたかのように紅く、そのまつげと眉は植えたもののように濃く長かった。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まつげに額の汗つたひたるに、手のふさがりたれば、拭ひもあへで眼を塞ぎつ。貴女の手に捧げたる雪の色は真黒なりき。
紫陽花 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
レストラン、サン・シメオンの野天のテーブルで小海老を小田島にがさせ乍ら、イベットは長いまつげを昼の光線に煙らせて、セーヌの河口を眺めて居る。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さらに見れば、チラチラする銀簪のほかに、あの濃いまつげをもったお蝶の特徴のある目が、太い柱のかげから、そこまで走って来てうしろの暗をジッと見ています。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずとまつげと睫とが離れて来る。膝が、ひじが、おもむろに埋れていた感覚をとり戻して来るらしく、彼の人の頭に響いて居るもの——。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
てんのように黒い眉と、まつげの長い灰色がかった空色の美しい眼とは、どんなに雑踏した人なかを散歩している気のないぼんやりした男でも、その顔を見ては、思わず立ち止まって
意志の強そうな唇許くちもとと、まつげのながい、みひらいたような眼を持っている、体はがっちりとしては見えるが、まだどこやら骨細なので腰に差した大小や、背にくくりつけた旅嚢りょのうが重たげである。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こういう関節の曲り方はこの地方の女にしか見られないものだ。ややり気味なその姿勢で、受け口の唇を半ば開いたまま、まつげの長い大きな目で、放心したように此方を見詰めている。
あかめし顔をソップ盛れるさらの上にたれぬれど、黒き衣の姫はまつげだに動かさざりき。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
むしろ朝の明るい光の中でまつげを伏せ、無心に睡っている小さな顔の女は意外に若々しく、肌も白くなめらかで、可愛らしくも見えた。——が、いわばそれは私の知っている女ではなかった。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
常に濡れているようなまつげの長い黒瞳に情熱が溢れているのにも惹かれていた。
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
妹らしい方から会釈されて、美奈子も周章あわてながら、それに応じた。が、相手が誰だか、容易に思い出せなかった。長いまつげおおわれたその黒いひとみを、何処どこかで見たことのあるように思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まだ頬が上気して、まつげが濡れております。
閉づれば長く曳くまつげの影
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
電話口に向った時の頬や、唇や、鼻の頭、まつげなぞの、電流に対する微妙な感じによって、雨や風を半日ぐらい前に予知する事も珍らしくなかった。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
如何いかなる風の誘いてか、かく凛々りりしき壮夫ますらおを吹き寄せたると、折々はつるせたる老人の肩をすかして、恥かしのまつげの下よりランスロットを見る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あいがかった水のながれが、緩くうねって、前後あとさきの霞んだ処が、枕からかけて、まつげの上へ、自分と何かの境目さかいめあらわれる。……
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)