毅然きぜん)” の例文
かれらの人物の毅然きぜんたるきびしさと端正な男らしさとを思った。そしてゆううつな微笑をうかべた。かれらならなんと言うであろう。
と、今まで毅然きぜんとして立っていた、直也の男性的な顔が、妙にひきつッたかと思うと、彼のあかぐろい頬を、涙が、滂沱ぼうだとして流れ落ちた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「戦いの後と見えまして、衣裳は千切れ手傷を負い、無惨な有様ではございますが、容貌秀麗態度毅然きぜん、立派なものでございます」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
美しいがうえにも毅然きぜんたる萩乃の威に気おされて、こんどは門之丞、あわれみを乞うがごとくに、トンと膝をついてうなだれた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かかる危険を前にして確固毅然きぜんたるその老人は、ただ何ということもなく本来からして勇気と親切とを兼ねそなえてるもののように思われた。
狂気きちがいわらいする。臙脂屋は聞けども聞かざるが如く、此勢に木沢は少しにじり退すさりつつ、益々毅然きぜんとして愈々いよいよ苦りきり
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
伸子は、毅然きぜんたる決意を明らかにした。彼女は自身の運命を犠牲にしてまでも、或る一事に緘黙かんもくを守ろうとするらしい。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかも断じて行えば鬼神もこれを避く。彼がこの毅然きぜんたる勇気を振い起して、全欧州にこの教義を宣伝した結果は如何いかん
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
けれどこれも諸葛きんの空想だけにとどまっていた。毅然きぜんたる関羽の前に、彼はそんな使者に立って行ったことすら恥かしく思わずにいられなかった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも根柢こんていの足場に於て、民衆と同じ詩的精神の線上に立っているところの、一の毅然きぜんたる風貌ふうぼうを有する人物である。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
其處は白嘴鴉みやまがらすの群に未だ隱れてゐた。「始めに見るのは正面だ」と私は心をめた。「先づ直ぐにあの立派な鋸壁が、毅然きぜんとして私の眼を打つだらう。 ...
主人が妄想もうそうちて、いたずらに立てるあいだに、花前は二とう三頭とちゃくちゃくしぼりすすむ。かれは毅然きぜんたる態度たいどでそのなすべきことをなしつつある。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
博士は、列から離れて、一種毅然きぜんたるようすで教授のほうへ歩いて行った。もう蒼ざめた顔はしていなかった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
未熟みじゅくながらも妾が代りて師匠となりいかにもして彼が望みを達せしめんと欲するなり、汝等が知る所にあらくこの場を去るべしと毅然きぜんとして云い放ちければ
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
くその所天おっとたすけて後顧こうこうれいなからしめ、あるいは一朝不幸にして、その所天おっとわかるることあるも、独立の生計を営みて、毅然きぜんその操節をきようするもの
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
近代音楽史の上に、つつましやかながら、毅然きぜんとしてそびゆるセザール・フランクの姿はとうとくもなつかしい。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
土の礫を避けて身体をかがめていたが、大きな石塊がどさりと彼の肩にあたると、突然すっくと身体を起し、胸を張って、正面の敵に向かって毅然きぜんとしてつっ立った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
伸一先生しんいちせんせい柔和にうわにして毅然きぜんたる人物じんぶつは、これ教訓けうくん兒童こどもこゝろむにてきしてたのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
文字のとおりに「恐縮」である。私には、何もできぬのだ。私には、何一つ毅然きぜんたる言葉が無いのだ。祖国愛の、おくめんも無き宣言が、なぜだか、私には、できぬのだ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
だがいずれにせよ、この老人が自分の信念をぐんぐん押し通してゆく毅然きぜんたる生活態度に、チェーホフが及びがたく学びがたいものを痛切に感じていたことだけは争えない。
いや、このときほどアビルが毅然きぜんと見えたことはない。神秘と威厳にアビルは輝いていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
カーキいろふく戦闘帽せんとうぼうかぶって、あかいたすきをかけた父親ちちおや肩幅かたはばひろ姿勢しせい毅然きぜんとして、まるはたったみんなからおくられて、平常へいぜいは、あまりひととおらないさびしいみち
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
峠の頂上に達して振り返れば、屏風びょうぶを立てたごとき山腹のみちは赤くなって見える。遠くには湯の湖、戦場ヶ原を隔てて男体山が毅然きぜんとして雲表にそびえ立っている。雄大な眺めだ。
宮の夫人はそれに比べて少し派手はでな性質であって、心を許さない人には毅然きぜんとした態度もとる型の人らしくはあるが、自分へは同情が深く、どうして自分の恋から身をはずそう
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
独逸クルウのだれかの愛人リイベとみえる、一人のゲルマン娘は、いつも毅然きぜんとしていて、練習時間には、つつましく、ひとり日蔭椅子いすすわり、編物か、読書にふけっていて、その端麗たんれいな姿にも
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
あの『貴族の家』に出るみずからを雲井のひばりに比べ、野の百合ゆりにたとえた詩人を思う。麻のなかに高居した、毅然きぜんたる威厳を持っている芸術家はたいがい純潔な人のようである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
他の一隅には、誰も附添っていない一人の負傷者が、打捨てられ、毅然きぜんたる様子で横たわっていた。前の美青年に比べて、遥かに立派な態度と映ったが、彼の容貌は美しくはなかった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
烏啼は、毅然きぜんとしていた。藤代女史は、さすがに照れて、隅っこへ小さくなる。
「剣をさやに収めよ、父の我に賜いたる酒杯は、われ飲まざらんや」(ヨハネ一八の一一)、そうイエスは静かに言って僕の耳を癒し給うてから、捕手の人々に向かい毅然きぜんとして言い給うた
五カ条の御誓文の御趣意にもとる行為は致しておりましても、我我明治に生れました若い男女は、彼ら前代の人たちと反対に、毅然きぜんとして現代の新精神を貫徹致すことに努力したいと思います。
女子の独立自営 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
毅然きぜんとして友に降らざりしヨブも、今は神御自身の直示に接して、この謙遜の心態に入るに至ったのである。しかも彼の悟りし所はなお足らざりしと見え、エホバはなお教え給うたのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
若宮の子供とは思えぬ毅然きぜんとした言葉に女院は涙を新たにした。
毅然きぜんそびえていた大土蔵造りの有名な呉服店だった。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
というや、青年は毅然きぜんとして
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
擲弾兵てきだんへいのごとく毅然きぜんとして、思想家のごとく勇壮であった。ただ全ヨーロッパ動揺の機会に対しては不安を覚え、政治的大冒険には不適当であった。
さっき、馬の背では、さしも疲れたかに見えた彼が、そこに立つと、毅然きぜんたる影を宇宙にしるしていた。彼には楽しみがあって疲れはないようである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陰謀を企てた人間として、いますこしは男らしい、毅然きぜんとしたところがあってもいい。刑罰のもとに、こうまでへこたれてしまわなくってもいいと思う。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
兼吉かねきち五郎ごろうあらいものをしている。花前はなまえれい毅然きぜんたる態度たいど技師ぎし先生のまえにでた。技師はむろん主人と見たので、いささかていねいに用むきをだんずる。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
と法水はこころもち臆したような顔色になったが、その口の下から、眉を上げ毅然きぜんと云い放ったものがあった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
くじき、われわれの毅然きぜんたる心を、これほど完全に押しつぶしてしまうのは、たしかにあの神なのだ……
毅然きぜんたる立派な態度を何様して保ち得られたろう! であるから氏郷の佐沼の後詰は辺土の小戦のようであるが、他の多くの有りふれた戦にはまさった遣りにくい戦で
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
満廷の朝臣たちがおのゝき恐れ、或は板敷の下にい入り、或は唐櫃からびつの底に隠れ、或は畳をかついで泣き、或は普門品ふもんぼんしなどする中で、時平がひとり毅然きぜんとして剣を抜き放ち
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だがいずれにせよ、この老人が自分の信念をぐんぐん押し通して行く毅然きぜんたる生活態度に、チェーホフが及びがたく学びがたいものを、痛切に感じていたことだけは争えない。
おどろきのうちにも毅然きぜんとして、ああして理のたった言葉でたしなめた萩乃——あれほどの強い、正しい、美しい女性を見たことがないと、左膳はスッカリ感心してしまったのだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこにモオパスサンの毅然きぜんたる男性が在る。男は、女になれるものではない。女装することは、できる。これは、皆やっている。ドストエフスキイなど、毛臑けずねまるだしの女装で、大真面目である。
女人創造 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その忠魂記念塔は、今ではS公園内に天空てんくうして毅然きぜんと建っている。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「もう僕は貴君の自由にならない。」と、Bは毅然きぜんとしていった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
白眉朱面はくびしゅめん金鎧きんがいまばゆきばかり装って、毅然きぜんと突っ立ち、手に黄鉞こうえつを杖ついて、八方を睨まえ、かりそめにも軍門をみだりに出入なすを許しません。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その毅然きぜんとして、なにかかたく信ずるところあるがごとき花前は、そのわざにおいてもじつにかみたっしている。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しかるにポンメルシーは、旗檣きしょうの綱に三色旗を翻えさし、毅然きぜんとしてイギリス二等艦の砲弾の下を通過した。