きわま)” の例文
かげ名誉めいよたすかった。もう出発しゅっぱつしましょう。こんな不徳義ふとくぎきわまところに一ぷんだってとどまっていられるものか。掏摸すりども墺探おうたんども
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
人形の手足をいでおいたのにきわまって、蝶吉の血相の容易でなく、尋常ただではおさまりそうもない光景を見て、居合すはおそれと、立際たちぎわ悪体口にくていぐち
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若しそうだとすれば、この力のない子供みたい奴が、残虐きわまりなき数々の殺人を思い立った動機は、一体何にあったのであろう。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は一人の婦人教育家をも加えない教育会議というものは全く世界の趨勢すうせいを透察せず、日本の女子を蔑視べっしした不親切きわまる組織だと考えます。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ともへさきの二カ所に赤々とかがりを焚いて、豪奢ごうしゃきわまりない金屏風を風よけに立てめぐらし、乗り手釣り手は船頭三人に目ざむるような小姓がひとり。
既にシャーターが宰相さいしょうに任ぜられた時分に、前の法王であったテーモ・リンボチェが、ああもう乃公おれの寿命もこれできわまったといったそうですが
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その談話は何かと聞けば、競馬の掛けごとに麻雀賭博マージャンとばく、友人の悪評、出版屋の盛衰と原稿料の多寡たか、その他は女に関する卑猥ひわいきわまる話で持切っている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何だか苦痛きわまって暫く病気を感じないようなのも不思議に思われたので、文章に書いて見たくなって余は口でつづる、虚子に頼んでそれを記してもろうた。
九月十四日の朝 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
諸物の貴きこと此ときにきわまれり。酒は一升三百三十二文より下価の物なし。それも水を加味しぬるより、味ひ水くさく酔はずといふ。多く飲む者は必ず下痢す。
酒渇記 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
... どうも遺憾いかんですな、遺憾きわまるですなと調子を合せたのです」「ごもっともで」と主人が賛成する。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この横光氏が、日本というものについての複雑きわまる質問に、彼の標準による作家らしさ、手際よさで答えなければならない端目はめにおかれたのである。焦慮察すべきものがある。
里のことはあきらかに分るという、応験化道おうげんけどうきわまりなく百千年のさきまでぬくというえらいお比丘尼で、五十余歳でございますが、年齢としよりも十歳も若く見え、でっぷりして色白く
誰か凋落ちょうらくの秋にうては酸鼻さんびせざらん。人生酔うては歌い、醒めては泣く、就中なかんずく余は孤愁こしゅうきわまりなき、漂浪人の胸中に思い到るごとに堪えがたき哀れを感じて、無限の同情を捧ぐるのである。
教門の弊、ここにおいてかきわまる。天運循環して路得ルター氏興り、はじめてその弊を救い、しかして法王の権とみに衰う。けだしその弊のよりて起るところを察するに、教にあらずして人に存す。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
「堀川氏の筆に成れる、哀婉あいえんきわまりなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「火をかけて逃げ去りおったにきわまった」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
きわまりて泣かざるはなし。
蘭学事始再版序 (新字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
と下枝は引立られ、殺気満ちたる得三の面色、こは殺さるるにきわまったりと、屠所としょの羊のとぼとぼと、廊下伝いに歩は一歩、死地に近寄る哀れさよ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんな不都合ふつごうきわま汽車きしゃいとか、みな盗人ぬすびとのような奴等やつらばかりだとか、乗馬じょうばけば一にちに百ヴェルスタもばせて、そのうえ愉快ゆかいかんじられるとか
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
無理にも感謝せまいと思うと、何故なぜそれが我ながら苦しく空恐ろしく感じられるのでしょう。ああ、人間が血族の関係ほど重苦しく、不快きわまるものはない。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは何と退屈きわまる生物なのでしょう。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
如何に不完全きわまる労働制度の中にあって、苛酷な労働を忍びながら、決して正当の報酬でない貧弱な賃銀を以て、なおかつ父兄の厄介とならない独立の生活を申訳だけにも建てつつあるかを思う時
この複雑きわまりなき開化と云うものができるのだと私は考えています。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これけだし教法多端にして、人心を二、三ならしむればなり。教門の弊、ここにおいてかきわまる。この時にあたりて新教を分布し、旧弊を救わずんば、その政に害ある、言うべからざるものあらんとす。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
上より見下みおろす花笠日傘の行列と左右なる家屋との対照及びその遠近法はいふまでもなく爽快そうかいきわまりなき感を与ふ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それがまたかんが悪いと見えて、船着ふなつきまで手をひかれて来る始末だ。無途方むてっぽうきわまれりというべしじゃないか。これで波の上をぐ気だ。みんなあきれたね。険難千方けんのんせんばんな話さ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うごきもせぬ大食おおぐいな、不汚ふけつきわま動物どうぶつで、始終しじゅうはなくような、むねわるくなる臭気しゅうきはなっている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「何だ。」「何者だ。」「野蛮きわまる。」「狂人きちがいだ。」と一時に動揺どよめく声の下よりほがらかに歌うものあり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
然れども人間の欲情もときわまる処なし。我は遂にむべきいえ着るべき衣服くらふべき料理までをも芸術のうちに数へずば止まざらんとす。進んでわが生涯をも一個の製作品として取扱はん事を欲す。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この明さんと、御自分の令室おくがたが、てっきり不義にきわまった、と最早その時は言訳立たず。鶴谷の本宅から買い受けて、そしてこの空邸へ、その令室をとじめましょう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
散るものにきわまる秋の柳かな
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ひとえに御目玉の可恐おそろしいのも、何をかくそう繻子しゅすの帯にきわまったのであるから、これより門口へかかる……あえて、のろけるにしもあらずだけれども、自分の跫音あしおとは、聞覚えている。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其家そこのなにがし、遠き昔なりけん、村隣りに尋ぬるものありとて、一日あるひ宵のほどふと家を出でしがそのまま帰らず、捜すに処無きに至りて世に亡きものにきわまりぬ。三年の祥月しょうつき命日の真夜中とぞ。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目的物が出るはずの、三の面が一小間切抜いてあるので、落胆がっかりしたが、いや、この悪戯いたずら、嬢的にきわまったり、と怨恨うらみ骨髄に徹して、いつもより帰宅かえりの遅いのを、玄関の障子からすかして待構えて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも窮苦きわまりなきに際して家を教えられたのであるから、事は小なりといえども梓はおおいなる恩人のごとくに感じた。感ずるあまり、梓はなき母が仮に姿をあらわして自分を救ったのであろうと思った。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)