もの)” の例文
ところがまるで、追つかけるやうに、藤原の宮は固より、目ぬきの家並みが、不時の出火で、痕形もなく、そらものとなつてしまつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
きさまは不孝不弟であるから、死期がもうせまっているのだ。僅かな田地も汝のものにならない。持っていてどうするつもりなのだ。」
珊瑚 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
そして死んだ彼のふところに、小判の入った重い財布があった。それをそっくり養父母は自分のものにしてしまったと云うのであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この場合店員がき出しの京都訛りを使つたのは上出来だつた。何故といつて、これ以上自分のものを取られては、とても立つ瀬が無かつたから。
かれ黄の百合をおほやけの旗にさからはしむればこれ一黨派の爲にこれを己がものとなす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇—一〇二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ヂュリ ほんにさうもあらうか、わたしものではないゆゑ。……(ロレンスに)御坊樣ごぼうさまいまひまでござりますか、あらためてばんのお祈祷頃いのりごろまゐりませうか?
来世に関する聖書の記事は之れを心霊化スピリチュアライズせんとする、「心の貧しき者はさいわいなり、天国は即ち其人のものなれば也」
何千人の犠牲いけにえになってきたこの身体からだを、さ、思う存分にして下さい! さ、なぜ早く自分のものにしないのです。
引越しあとの空家あきやは総じて立派なものでは無いが、彼等はわがものになったうちのあまりの不潔に胸をついた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それによると文化年間、吉原の橋本楼に小式部太夫と云うおんながいて、それに三人の武士が深い執着をもって、主家を浪浪するもかまわず、通いつめて自分のものにしようとした。
偶人物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すつかり私のものにする事が出来ないのね。貴方が接吻で生かして下すつた私——貴方の為に利の門を崩して、貴方を仕合せにしてあげたいばつかりに、命を貴方に捧げてゐる私。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
みんなが自分のものとして独占し、したがって何人なんぴとにも属していない地球人コスモポリタンの交易場。
で、大井川を境に、駿河一円は、武田家のものとなり、遠州は、徳川家の領になった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最前よりかみあひ見るに、世にも鋭き御身が牙尖きばさきそれがし如きが及ぶ処ならず。もし彼の鳥猫に取られずして、なほも御身と争ひなば、わが身は遂に噬斃かみたおされて、雉子は御身がものとなりてん。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
今にもひる小島こじまの頼朝にても、筑波つくばおろしに旗揚はたあげんには、源氏譜代の恩顧の士は言はずもあれ、いやしくも志を當代に得ず、怨みを平家へいけふくめる者、響の如く應じて關八州は日ならず平家のものに非ざらん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
とうに人のものになってしまったのですが、ご存じでいらッしゃいましょう、小石川こいしかわの水道橋を渡って、少しまいりますと、大きなえのきが茂っている所がありますが、私はあの屋敷に生まれましたのです。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それより漸く諸方に進み、やがては世界を我がものとした。
アキルリュウスのものに乘り、われら二人を打斃し
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
わが腕は既に無用のものに似たり。
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
今この三界は、皆是れ我ものなり
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
この店員は自分のもの他人ひとに取られまいとする時には京都弁を使ふが、他人ひとから何か貰ひ受けたいやうな折には、つとめて京都訛りを押し隠さうとする。
ところがまるで、追っかけるように、藤原の宮はもとより、目ぬきの家並みが、不意の出火で、其こそ、あっと言う間に、痕形あとかたもなく、そらものとなってしまった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
……ロミオどの、おのがものでもないてゝ、其代そのかはりに、わしをも、こゝろをもってくだされ。
良人おっとの喬之助は、行方ゆくえ不明のお尋ね者で、うっかり出て来られないのだから、何とかして、一度でも園絵をわがものにしてみたいものだと、ひどいやつがあったもので、村井長庵
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
明治四十年の九月某日それのひ、媒妁夫妻は小婢こおんなと三人がかりで草屋の六畳二室をきよめ、赤、白、鼠、婢のものまで借りて、あらん限りの毛布を敷きつめた。家のまわりもひとわたりいた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お島はとぼけたような顔でこたえたが、この地面が自分のものになろうとは思えなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
陳は女をれて帰り、あかりけてよく見ると、ひどく容色きりょうをしていた。陳は悦んで自分のものにしようとした。女は大きな声をたててこばんだ。やかましくいう声が隣りまで聞えた。
阿霞 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
まかりちがえばローゼンの一家を鏖殺おうさつしてもかまわないから、むすめはどうしても己のものにしなくてはならんと思いだした。と、嫉妬しっとの強い背の高い肩幅の広い細君さいくんの顔が見えて来る。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ただしき事のために責めらるる者はさいわいなり、其故如何となれば、心の貧しき者と同じく天国は其人のものなれば也、現世このよに在りては義のために責められ、来世つぎのよに在りては義のために誉めらる
愛してあげる事が出来てよ。私の命は貴方のものだわ。私の中にある物は皆、貴方から来たのだわ。貴方の豊な貴い血の滴が、世界中のどの不死の薬よりも得難い、力のつく薬なの。その血の滴のおかげで私は命を
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
「人間には所持慾つて奴があつて自分のものにしないでは落付おちついて娯まれないのだ。兎一つまないやうな禿山だつて自分のものにするとまた格別だからな。」
パリス いや、こなたかほいまではわしものぢゃに、それをば其樣そのやうしう被言おしゃるのは讒訴ざんそぢゃ。
柔和なる者はさいわいなり、其人はキリストが再び世にきたり給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神のものである、是れ今日の如くに永久に神の敵にゆだねらるべき者ではない
彼のものではないが、千金ただならず彼に愛される。彼が家のうしろに、三角形をなす小さな櫟林くぬぎばやしと共に、春夏の際は若葉青葉の隧道とんねるを造る。青空から降る雨の様に落葉おちばする頃は、人の往来ゆききの足音が耳に立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
伊右衛門はお岩をじぶんものにできるので心でほくそ笑んだ。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは幼い雛妓おしやくんで遊ぶ事で、枯れかけた松の周囲ぐるりに、小松を植ゑると、枯松までが急に若返へるやうに、訥子はかうしてをんなの若さを自分のものにしてゐる。
世間には他人ひとものだつたら、手だらうが、脚だらうが、平気で切つて捨てる医者といふ職業人しごとにんがゐる。
恋をする者もさうで、相手を身も心もそつくり自分のものにしないと納得の出来ないものだ。たゞたまに達人の恋のみは、七夕星たなばたぼしのやうに遠く離れてゐて、少しもその熱を失はうとしない。
住持おつさんは庫裏くりでちびりちびり晩酌をやりながら、土間に積んだ米俵を見た。そして万一もしか米屋が頓死でもして、この米俵がそつくり自分のものになるのだつたら、こんな結構な事はないと思つた。