ぼか)” の例文
ぼかして胡麻化ごまかしてしまう。偉いぞお菊、その呼吸だ。御台所みだいどころに成れるかもしれねえ。俺はお前の弟子になろう、ひとつ俺を仕込んでくれ
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三千代みちよの顔をあたまなかうかべやうとすると、顔の輪廓が、まだ出来あがらないうちに、此くろい、湿うるんだ様にぼかされたが、ぽつとる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
天井を仰向あおむいて視ると、彼方此方あちこちの雨漏りのぼかしたようなしみが化物めいた模様になって浮出していて、何だか気味きびの悪いような部屋だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
わが記憶によれば、この時われはその身体の一部を認めたるのみにて、他の部分はさながらぼかされたるように見えしと言うのほかなかりき。
ぼかしてしまった。燃え盛ると大の字が明々あかあかと中空に浮いているようで頗る壮観だぜと、先刻さっきは頻りに提燈を持っていたのに。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
白い帽子の奥にある母の顔は、花を透かして来る月あかりにぼかされて、可愛く、小さく、圓光を背負っているように見えた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
薄暗いところで、黒い着物を着てゐるので、顏だけがくツきり現はれて、身體は煑物の臭ひの漂ふ中にぼかされてしまつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そうかといって、どうかして、まともにその眼を振向けられ自分の眼と永く視線を合せていると、自分を支えている力をぼかされて危いような気がした。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
暁を思わせるうす紅色で、雨気を含んだ虚空に、浸み透るように、ぼかして描かれた自分たちの印画は、この大なる空間をまたいで、谷間へと消え落ちた。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
淡い日光が物の輪廓を朧ろにぼかして、物影に青白い明るみを澱ました。彼は一人書斎に退いて、何処から来るとも分らないような雀の囀りを聞いていた。
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
女の体をんでしまった大川おおかわの水は、何のこだわりもないようにぼかされた月の光の下を溶溶ようようとして流れた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
湖畔のほうで青年たちの歌ごえが高くあがり、松林をぼかして、霧がゆっくりと庭へながれ入って来た。
燕(つばくろ) (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
多くの船体が、雨脚のなかに重なり合ってぼかされている。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただ無地むじと模様のつながる中が、おのずからぼかされて、夜と昼との境のごとき心地ここちである。女はもとより夜と昼との境をあるいている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
月が血煙りにぼかされて、一瞬間赤く色を変え、まるで巨大な酸漿ほおずきが、空にかかったかと思われたが、それを肩にした弁天松代が
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
両町というのは、城下のほとんど東端とうたんにちかいところだった。およその見当をつけて裏へぬけると、霧にかすんで青田と雑木林とが、ぼかしたようにうちわたしてみえる。
薯粥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
帯揚ゲハ絽ノ生地ニ白ト薄イピンクノぼかシ。帯締メハ金ト銀トヲ縄ノヨウニッタモノ。指環ハ琅玕ノ翡翠。白ノビーズノハンドバッグノ小サイノヲ左手ニ抱エテイル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
他人のみならず自分自身に向ってさえ現実の存在感をぼかすように仕向けて来ておりますから、文吉とわたくしは、こうした間柄でありながら割合に引立たない交際振りでありました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
三千代の顔を頭の中に浮べようとすると、顔の輪廓りんかくが、まだ出来上らないうちに、この黒い、湿うるんだ様にぼかされた眼が、ぽっと出て来る。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山気にいくらかぼかされながらも月はいよいよえ返り、月の真下の木曽川の水は一所ひとところ蛇の鱗のように煌々きらきらと銀色に輝いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
才はじけた性質を人臆ひとおくしする性質がぼかしをかけている若者は何か人目につくものがあった。薄皮仕立で桜色の皮膚は下膨しもぶくれの顔から胸鼈へかけて嫩葉わかばのようなにおいと潤いを持っていた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はげしい生の歓喜を夢のようにぼかしてしまうと同時に、今の歓喜に伴なう生々なまなましい苦痛もける手段をおこたらないのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
空には銀河あまのがわが月光にぼかされ、少し光を鈍めてはいたが、しかし巾広く流れてい、七ツ星さえ姿を見せていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
中高に盛り上っている白茶色の中央の路面から左右の家並の敷地にやゝ勾配をつけて鼠色に変って行くぼかしに何とも言えない染みついた歴史の匂いがあると啓司は人によく言っています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして袋戸ふくろどに張った新らしい銀の上に映る幾分かの緑が、ぼかしたように淡くかつ不分明ふぶんみょうに、ひとみを誘うので、なおさら運動の感覚を刺戟しげきした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは旧露西亜ロシア町があり、昔ながらの支那町があり、そうして日本町があって、それが各々の独自の様式と色彩とを発揮して居り、それが春靄と薄煙とにほのかにぼかされているからさ。
赤げっと 支那あちこち (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これが先刻さっき下女に案内されて通ったみちなのだろうかと疑う心さえ、淡い夢のように、彼の記憶をぼかすだけであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
月に向かって夢見るような大輪の白い木蘭もくらんの花は小山田邸の塀越しに咲き下を通る人へ匂いをおくり、夜眼よめにも黄色い連翹れんぎょうの花や雪のように白い梨の花は諸角もろずみ邸の築地ついじの周囲をもやのようにぼかしている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのうち穏かな心のすみが、いつか薄くぼかされて、そこを照らす意識の色がかすかになった。すると、ヴェイルに似たもやが軽く全面に向って万遍まんべんなくびて来た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
右手に煙っているものは、月光にぼかされた海である。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひざに手を置いたまま、下を向いている。小さい耳朶みみたぶが、行儀よく、びんの末をくぐり抜けて、ほおくび続目つぎめが、ぼかしたように曲線を陰にいて去る。見事なである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遠景がほのかぼかされた。
隠亡堀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
薄茶色の芽を全体に吹いて、柔らかいこずえはじが天につづく所は、糠雨ぬかあめぼかされたかのごとくにかすんでいる。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薄茶色うすちやいろを全体に吹いて、やわらかいこづえはじてんつゞく所は、糠雨ぬかあめぼかされたかの如くにかすんでゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
たとえば二人が深夜非常線にかかった時の光景には一口触れるが、そういう出来事に出合うまで、彼らがどこで夜深よふかしをしていたかの点になると、彼は故意にぼかしさって
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
糠雨ぬかあめとまでも行かない細かいものがなお降りやまないので、海は一面にぼかされて、平生いつもなら手に取るように見える向う側の絶壁の樹も岩も、ほとんど一色ひといろながめられた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
床の抜殻は、こんもり高く、い出した穴を障子に向けている。影になった方が、薄暗く夜着の模様をぼかす上に、投げ懸けた羽織の裏が、乏しき光線ひかりをきらきらとあつめる。裏はねずみ甲斐絹かいきである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はその時丸味のある頭を上から眺めて、この鳥は……と思った。しかしこの鳥は……のあとはどうしても思い出せなかった。ただ心の底の方にそのあとひそんでいて、総体を薄くぼかすように見えた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春のを半透明にくずし拡げて、部屋一面の虹霓にじの世界がこまやかに揺れるなかに、朦朧もうろうと、黒きかとも思わるるほどの髪をぼかして、真白な姿が雲の底から次第に浮き上がって来る。その輪廓りんかくを見よ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その黒ずんだえんの四方がぼかされたように輝いて、ちょうど今我々が見捨みすてて来た和歌の浦の見当に、すさまじい空の一角を描き出していた。嫂は今その気味の悪い所をまゆを寄せて眺めているらしかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
事実をぼかす手段とした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)