ゆす)” の例文
旧字:
と、いうことは素気そっけないが、話を振切ふりきるつもりではなさそうで、肩をひとゆすりながら、くわを返してつちについてこっちの顔を見た。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はグッタリしている松吉を助け起してその胸ぐらを一とゆすぶりして、呼吸のあるのを確めた上、裏口から飛鳥のように逃げだした。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
と思ふと三縁山増上寺の鐘の音が、静に潮の匂のする欄外の空気をゆすりながら、今更のやうに暦の秋を二人の客の胸にしみ渡らせた。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大きい身体をゆすつて、いつも案内なしに入つて来る。張帥の言伝ことづてはみなこの老人が持つて来るのだ。新民屯に近い同郷人ださうだ。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
水をのませても、水天宮様の御符ごふを飲ませても、さすってもゆすぶっても、お直はもう正体がないので、彼女も途方にくれてしまった。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何者とも知れずバラバラと京極方へ砂礫すなつぶてを飛ばす者があり、矢来をゆすって罵り返す宮津城下の町人の叫びも凄まじく雑音の中に響いた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、どうして/\、洋琴ピアノは大好きでさ。」小説家はこれまでいろんな荒仕事をして来たらしい、巌丈がんぢやうな両肩をゆすぶりながら笑つた。
ばアさんの肩へ手をかけてゆすぶりながら耳に口をつけて呼んで見たが、返事はなく、手を放せばたわいなく倒れてしまうらしい。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
芝居じみた一刹那いっせつなが彼の予感をかすかにゆすぶった時、彼の神経の末梢まっしょうは、眼に見えない風になぶられる細い小枝のように顫動せんどうした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、それを聴いた瞬間、検事と熊城は椅子をゆすって笑いこけたが、法水だけは、この娘の幻に、不思議な信頼を置いているかの如くに見えた。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
よっぽど柳には性のあった土地と見えて、この庭の真中にも、柔かい芽を出した大きい、柳の木が一本、羊のようにフラフラ背をゆすっていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
笹村が持ち込んで来た行李に腰かけて、落着きのない家を見廻していると、岡田の細君は、せなかで泣く子をゆすりながら縁側をぶらぶらしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と葉子はなおおこって見せようとしたが、いかにも刻みの荒い、単純な、他意のない男の顔を見ると、からだのどこかがゆすられる気がして来て
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
名を呼びつづけて、上半身をゆすぶっていると、珠子がパッチリと目を開いた。アア殺されたのではなかった。ただ気を失っていたばかりなのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と云って、又行き止まりへ追い込まれた記者は、れか此れかと考えながら、落し穴からもがき出るように肩をゆすった。
蘿洞先生 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
船は時々子供がするように、身体をゆすった。棚からものが落ちる音や、ギ——イと何かたわむ音や、波に横ッ腹がドブ——ンと打ち当る音がした。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それからほかの猿はまた尻を米友の方へ向けてバタバタ叩いたり、木の枝をゆすったりして、しきりに米友に向って挑戦をするらしいのであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
客車の入口のところに立ったまゝ絶えず天秤棒てんびんぼうゆすっている様子が如何にも狂気染きちがいじみていましたから念の為めに訊いて見ますと、鮎だと言うのです
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
少しは小言こごとを言ったり、ゆすり、かわいがり、寝せつけ、そしてそれを生きてるもののように考える、それらのことのうちに女の未来が含まれている。
硝子窓にさらさらと落葉が当って轟々ごうごうと北風が家をゆすって、そのたびに、かたんかたんと窓の障子が鳴るのであった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
といってしかりました。こういいながら茶人は、自分で庭へ下りていって、ゆすったのです。そして庭一面に、紅の木の葉を、散りしかせたのでした。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
七十郎は飲もうとして、銚子ちょうしに酒がないのを知り、大きな声で辻村と呼んだ。又之助、酒がないぞとどなり、それからぐらっと頭をゆすって甲斐を見た。
彼女はその赤ん坊をごく静かにゆすぶりながら、ぼんやり見とれていると、ふいに、今までのいかりも憎しみも一つのかぎりない温情の中へ溶けこんで行った。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
その前、明治から大正に移る夏、大井川を初めて歩いて、その山と谷に、燃える心身を浸らせたあとで、この黒部の谷は、また大いに自分の心をゆすった。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
クリストフの一言に奥底までゆすられた。そして夢中になって心の中を披瀝ひれきした。彼の理想主義はその隠れたる魂の上に、閃々せんせんたる詩の光輝を投げかけた。
山奥の谷郷たにさと村駐在所の国道に面したホコリだらけの硝子戸ガラスどをケタタマシクゆすぶりながら、一人の青年が叫んだ。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
与兵衛は鉄砲を取直して、そつと木の枝の間からのぞいて見ますとその樫の木の上に大きなさるが二疋、しきりに枝をゆすぶりながら樫の実を取つて居るのでした。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
今度は葉隠れをやめて、森の木の影の微風にゆすらるる上を踏んで行くという趣向を考えたが、ついに句にならぬので、とうとう森の中の小道へ這入り込んだ。
句合の月 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
とヨハンはでっぷりした腹部をゆすりつつ、赧顔あからがおをなおからからと笑わせて一人先に橋を渡っていくのだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その瞬間に、遥かにずしんと響く異様な音響がしたと思う間もなく、大地をゆすって上下動の地震が来た。家はめきめききしみ、畳は湧きかえるように持上った。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「なりたい。」そう、フェミストクリュスは、麺麭パンをむしゃむしゃやりながら、首を左右にゆすぶって答えた。
渾身の力にても、引つ張られても貧乏ゆすりもせず微笑する処は大と小の価値を十分現してるがさて勝負となると物理学上の定理は応用されぬ。乞ふ星取表を見よ。
ごろりとすぐに横っ倒しになり、掻巻かいまきを鼻のあたりまでゆすり上げてしまう。仕方が無いから五郎治はそろり/\と跡へ退さがる。一同気の毒に思い、一座白け渡りました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ひざのうえにのせられて、お船のようにゆすられたことや、やさしい子守唄をうたって貰ったことなどが、ひっそりと、まるで夕暮の影のように、胸に残っていました。
シンデレラ (新字新仮名) / 水谷まさる(著)
そしてこの女を更によく知りますと、彼女に会いたい、会いたいという思いだけが、一種名状しがたい、深い、云い知れぬ興奮で、わたくしの心をゆすぶるのでした。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
ついぞ誠のなげきにこの体をゆすられた事は無い。ついぞ一人で啜泣すすりなきをしながら寂しい道を歩いた事はない。
お繁はまた母に抱かれたまま泣出して、乳をあてがわれても、ゆすられても、どうしても泣止まなかった。何故こんなに泣くんだろう、と家内はもう持余して了った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おくみはお向ひの家の門の電気が、往来を区切つてさしてゐる中に立つて、坊ちやんをゆすぶつてゐた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
すぐ裏が寄席で、夜毎、寄席噺子が洩れ聞こえてくると、寄席へのノスタルジアに全身全魂が烈しくゆすられ、この心事をそのまま、のちに私は小説「圓朝」へ写した。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
瓢箪ぼっくりこ——つながってしゃがんで、両方に体をゆすって歩みを進めて、あとのあとの千次郎と、うたいながらよぶと、一番うしろの子が、ヘエイと返事をして出てくる。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すると、畳敷の方の柱の根に横坐りにして見ていた内儀かみさん——ともよの母親——が、は は は は と太りじしゆすって「みんなおとッつあんに一ぱい喰った」と笑った。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お隣の部屋の鼎咲子はさすがに当てられ気味で、時々大きい音をさせたり、気取った咳などをしますが、秀子は西洋人のように、美しい肩をゆすって、微笑をするだけでした。
流行作家の死 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
後妻はふと所天がじぶんを起せと云った事を思い出したので、手を延ばして所天の肩をゆすった。
藍微塵の衣服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それだからこそ、颱風が吹いても地震がゆすってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。
津浪と人間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
戸外そとは日が明るく照って、近所から、チーン、チーンと鍜冶の槌の音が強く耳に響いて来る。何処か少し遠い処で地をゆするような機械の音がする。今朝は何だか湿りっ気がない。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
閉め切ってる破家あばらやのうちに響いた声が、すっと外へ筒抜けてしまって、後がしいんとなった。久七は駄々っ児のように身をゆすっていたが、いきなり上り口の柱へしがみついていった。
特殊部落の犯罪 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
三尺四方程の大さに引き離される氷の各片が、切り離されると共に水中に陥る。それが氷鋏と称する大きな鋏で挟み上げられる。挟みあげられたあとの水には星が映つてゆすれてゐる。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
そして蜜を取らうとして、雄蕋をゆすると、そのからだに花粉がくつつく。虫はそれを運んで花から花へと飛ぶのだ。土蜂が花粉だらけになつて花から出て来るのは誰れでも見る事だ。
出ぬ乳をあてがって、畳の足に引っかかる一間の中をあっちこっちと動物園のとらのようにしてゆすって歩くが、どうしても泣きやまぬ時などは、いっそ放り出してしまおうかと思うほどだ。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
趙七爺は頭をゆすって言った。「どうあっても仕方がない。辮子の無い者はこれこれの罪に当る、と一条一条、書物の上に明白に出ている。家族が何人あろうともそんなことは頓著とんちゃくしない」
風波 (新字新仮名) / 魯迅(著)