提燈ちょうちん)” の例文
新字:提灯
武士は四辺あたりをじっと見たがどうしても場所の見当がつかなかった。二人れの男が提燈ちょうちんを持って左の方から来た。武士は声をかけた。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
集まった提燈ちょうちんが、がやがや騒いでいるのを見て、沢庵が駈けもどって来るのと同時に、旅籠の手代が、大声で沢庵を呼び返していた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足袋たび草鞋わらじぎすてて、出迎う二人ふたりにちょっと会釈しながら、廊下に上りて来し二十三四の洋服の男、提燈ちょうちん持ちし若い者を見返りて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そして、みんなが口々くちぐちに、なにかのうたをかわいらしいこえでうたいながら行儀ぎょうぎよく、あかあおむらさき提燈ちょうちんりかざしてあるいてゆきました。
雪の上のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
まもなく二張ふたはり提燈ちょうちんが門のうちにはいった。三男市太夫いちだゆう、四男五太夫ごだゆうの二人がほとんど同時に玄関に来て、雨具を脱いで座敷に通った。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もろぐるまが終るとまた縫い合わせて首のないまま直立させ、背骨を切り割る。これを「提燈ちょうちん」といって、それで成敗はおわるのである。
せいばい (新字新仮名) / 服部之総(著)
家々では大提燈ちょうちんを出して店の灯を明るくした。酒屋はせわしげで、蕎麦屋そばやは火をおこし、おでんの屋台はさかんに湯気ゆげをたてた。
人がいましたのでパンを食い、記念品を買って提燈ちょうちんの火で島々まで急ぎました。やっと九時五十分島々駅に着いたときは嬉しかったです。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
さらにその夜は各学校聯合れんごう提燈ちょうちん行列があり、私たちは提燈一箇と蝋燭ろうそく三本を支給され、万歳、万歳と連呼しながら仙台市中を練り歩いた。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
田甫道たんぼみちをちらちらする提燈ちょうちんの数が多いのは大津法学士の婚礼があるからで、校長もその席に招かれた一人二人にみちった。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
可笑おかしくなって吹き出したが彼らは真面目も大真面目でいる、夜になると提燈ちょうちんを下げて自分にも同行して見ぬかとすすめたが
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
提燈ちょうちんの火と共に、群り来る群集、エンジンのうなり声、飛び違う消防手、火の粉の雨、逃げまどう人波、泣き声、わめき声。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
折から貸ボート屋の桟橋さんばしにはふなばたに数知れず提燈ちょうちんを下げた涼船すずみぶねが間もなくともづなを解いて出ようとするところらしく、客を呼込む女の声が一層甲高かんだか
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上の様に当時学農社(東京麻布本村町にあった)の津田仙氏が同氏主幹の『農業雑誌』で大いに提燈ちょうちんを持ったこの樗は当時は神樹しんじゅと呼んでいた。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
やがて広場に出ると囃子はやしのやぐらや周囲の踊場が提燈ちょうちんや幕で美しく飾られていた。踊はまだ始まっていなかったが老若男女がかなり集まっていた。
外来語所感 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
巳之助はランプのあつかい方を一通り教えてもらい、ついでに提燈ちょうちんがわりにそのランプをともして、村へむかった。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
起きて見ると、眼の前の阪下から、ぬっと提燈ちょうちんが出る、すいと金剛杖が突き出る。それが引っ切りなしだから、町内の小火ぼやで提燈が露路ろじに行列するようだ。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
何気なにげなくじたる目を見開けば、こはそも如何いかに警部巡査ら十数名手に手に警察の提燈ちょうちん振り照らしつつ、われらが城壁とたのめる室内に闖入ちんにゅうしたるなりけり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「帰参が叶うと思えばこそ、こんな零落のその中でも、紋服一領は持って居ります。新しくもとめた器類へも例えば提燈ちょうちんや傘へさえ、家の定紋を入れて居ります」
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人が問答をしているあいだに、提燈ちょうちんを持った中年の男が一人、この家の縁先へ訪れていた。——これが今、嘉兵衛の話していた野村屋という借金取りであろう。
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丸太小屋のひさしに奉迎と書いた提燈ちょうちんを吊して、すねの長い女の子と立って笑っている肥った露西亜人の女の写ったのを一枚手に入れて、早速うちの子に通信をしたためると
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それがために暗黒アフリカの真只中にロンドン製品の包紙がちらばるようなことになる。提燈ちょうちんとネオン燈とが衝突することになる。それが騒動のもとになるのである。
猫の穴掘り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
わたくしはすき提燈ちょうちんつちをもって家を出ました。墓地の塀を乗りこえて、わたくしは彼女を埋めた墓穴を見つけました。穴はまだすっかり埋めつくされてはおりませんでした。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
「オヤ、お提燈ちょうちんを買って頂いて——好いこと」お雪は南向の濡縁ぬれえんのところに立っていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
光線の達せぬほどの深い海の底に住むアンコウの類には、糸の端の部があたかもほたるの尻のごとくに光り、暗夜に提燈ちょうちんを点じたごときありさまで他の小動物を誘い寄せるものがある。
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
誰でも、めいめいが、それをやってみようと思えば、マルソオは機嫌きげんよく実験のもとめに応じるのだ。人はそこで彼に「行燈あんどん」とか、「提燈ちょうちん」とか、「赤頬あかほっぺ」とかいう異名いめいをつけた。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
何んでもその水枕の周囲に提燈ちょうちんあるいは鳥かごのような竹か何かの骨がめぐらされているものと考えていた、そこへ飯粒が引掛るとせきが出たり、くしゃみが出たりするのかと思っていた。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そのひとは、用たしの帰りにでもこの騒擾そうじょうにまきこまれたらしく、かえりを急ぐとみえて、いらいらしていた。仲間は、手の、定紋入りの提燈ちょうちんをこわすまいとかばって、骨を折っていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
坂道にかかってからは提燈ちょうちんが見えたので少し元気が出た。まもなくおいなりさまへたどりついた。二人はそこに用意してあった筆をとって姓名をしたためた。花岡照彦はかくが多いから損だった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
往復僅か五、六里と油断して、戻りは宿の提燈ちょうちんに迎えられぬ。塩谷氏は年少気鋭、歩くこと飛ぶに似たり。誤って深淵に落ちけるが、水泳を心得おるを以て、着物を濡らせしだけに止まりたりき。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
グリゴリイは家へとって返すと、提燈ちょうちんともして庭口の鍵を持った。
丸い赤い提燈ちょうちんが見える。人の声が耳に入る。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
間もなく与茂七とお袖は宅悦の家から『藪のやぶのうち』と書いた提燈ちょうちんを借りて出て往った。其の時直助が出て二人の後を見送ってきっとなった。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのとき、あちらに、くら提燈ちょうちんえたのであります。それは、ちょうどてら門前もんぜんであって、まだ露店ろてんているのでした。
幸福のはさみ (新字新仮名) / 小川未明(著)
玄関にづれば、うばのいくはくつを直し、ぼく茂平もへい停車場ステーションまで送るとて手かばんを左手ゆんでに、月はあれど提燈ちょうちんともして待ちたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
庫裡くりや方丈の方で騒擾そうじょうたる人の足音が絶えません。そして、そこから見れば、山門の方は火を焚いたような提燈ちょうちんの明りです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪の四つ辻に、ひとりは提燈ちょうちんを持ってうずくまり、ひとりは胸を張って、おお神様、を連発する。提燈持ちは、アアメンと呻く。私は噴き出した。
苦悩の年鑑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
例の奉納の大提燈ちょうちんの上に、なんだか人間の首らしいものが、まるで獄門みたいに、ヒョイとのぞいているのが、仲見世の遠明かりに、ぼんやり見えていたという。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
荷物を出してから、二人して来たこの家に、家主やぬしのところから提燈ちょうちんを借りて来て、二人は相対していた。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一天の白露を受けてえかえり、大野原から来る秋の冷気は、身にしむばかり、朱欄丹階しゅらんたんかいは、よしあったところで、おぼろげな提燈ちょうちんの光りで、夜目にも見えないが
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
これが、別に頼まれもせぬ自分がこの変わった映画の提燈ちょうちんをもって下手へたな踊りを踊るゆえんである。
踊る線条 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、ついにあの子供こどもあたりませんでした。百姓達ひゃくしょうたち提燈ちょうちんれてて、仔牛こうしをてらしてたのですが、こんな仔牛こうしはこのあたりではたことがないというのでした。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
戸外そとには下男の忠蔵が、身分にも似ない小粋な様子で提燈ちょうちんを持って立っていたが
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
下僕は先に帰らせたので、高雄は自分で提燈ちょうちんを持って、その裏道を帰途についた。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ヘイ蓬莱屋ほうらいや御座ござい、ヘイ西村で御座い」と呼びつつ、手に手に屋号の提燈ちょうちんをひらめかし、われらに向かいてしきりに宿泊を勧めたるが、ふと巡査の護衛するを見、また腰縄のつけるに一驚いっきょうきっして
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「石町の大提燈ちょうちんかい」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「なんだろう……。」と、おじいさんは、をみはりました。その提燈ちょうちんは、あかに、あおに、むらさきに、それはそれはみごとなものでありました。
雪の上のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
僧院のものらしい法衣の人達が、提燈ちょうちんをさげて行くのを追い越して、やがて次郎は、荒格子を戸閉とざした一軒の家の前に立ち
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜なら提燈ちょうちんかはだか蝋燭ろうそくもって、したの谷川まで降りていって川原の小さい野天風呂にひたらなければならなかった。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これに次ぐものはオイルランプなり、これまた一行人いちこうじんをして、手に提燈ちょうちんを携ふのはんとわかれしむ。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)