所詮しょせん)” の例文
和尚さまは『お気の毒であるが、母子おやこは一体、あなたが禍いを避ける工夫をしない限りは、お嬢さまも所詮しょせんのがれることはできない』
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
源太郎の介抱かいほうを馬子に任せておいて、竜之助は立って前後を見る。乗って来た馬は駄馬である、所詮しょせん敵を追うべき物の用には立たぬ。
所詮しょせん町奉行の白州しらすで、表向きの口供こうきょうを聞いたり、役所の机の上で、口書くちがきを読んだりする役人の夢にもうかがうことのできぬ境遇である。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
芸術の美は所詮しょせん、市民への奉仕の美である。このかなしいあきらめを、フロオベエルは知らなかったしモオパスサンは知っていた。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
所詮しょせん牛をそらすくらいならば、なぜ車の輪にかけて、あの下司げすき殺さぬ。怪我をしてさえ、手を合せて、随喜するほどの老爺おやじじゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
所詮しょせん二葉亭は常に現状に満足出来ない人であった。絶間なく跡から跡からと煩悶を製造しては手玉に取ってオモチャにする人であった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこでもう所詮しょせんかなわぬと思ったなり、これはこの山のれいであろうと考えて、杖をてて膝を曲げ、じりじりするつちに両手をついて
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
所詮しょせんは地を離れ得ない生活である。だが罪に流れがちな、苦しみに沈みがちなこの世を、少しでも温めようと訪れる者たちがある。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼が新年の賀状を兄に送るや、たちまちその本色を顕わして曰く、「一度ひとたび血を見申さざる内は、所詮しょせん忠義の人もあらわれ申さぬかと存じ奉り候」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
縁起えんぎでもないことだが、ゆうべわたしは、上下じょうげが一ぽんのこらず、けてしまったゆめました。なさけないが、所詮しょせん太夫たゆうたすかるまい
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
愛なき結婚が生んだこの不遇と、この不遇から受けた痛手いたでから私の生涯は所詮しょせん暗いとばりの中に終るものだとあきらめた事もありました。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
所詮しょせんするに詩人のイデヤは、他のすべての芸術家のそれにまさって、情熱深く燃えてるところの、文字通りの「夢」の夢みるものであろう。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「だけど僕らの力は余りに弱い。僕らにはどうすることもできない。運命だ。所詮しょせん人は運命の外に在ることができないんだ……」
所詮しょせん、だらしのないぼくが、そんなにも女色がきらいだったというのはひとえに、あなたからの手紙の御返事を待っていたからです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
兄弟にならって、ほかの徒士勢かちぜいも、どっと後戻りして来た。両側の家々から火を噴いているので、所詮しょせん、熱くて通れないのである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日本は今日の財力を守って孤島に退嬰たいえいし、果してく無限に繁殖するその人口を維持する事が出来ようか。所詮しょせん不可能である。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
一通り出来るようじゃな、と老人がおだやかな微笑をふくんで言う。だが、それは所詮しょせん射之射しゃのしゃというもの、好漢いまだ不射之射ふしゃのしゃを知らぬと見える。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
青山せいざん愛執あいしゅうの色に塗られ、」「緑水りょくすい非怨ひえんの糸を永くく」などという古人の詩を見ても人間現象の姿を、むしろ現象界で確捕出来ず所詮しょせん
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ふびんな男、すて置くわけにもまいるまいのう、所詮しょせん手をつけたもの、宿縁によって、いかがでござろう、運び入れて遣わしては?——」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
所詮しょせんは、愚痴と悪念が修羅の大猛火を燃やす魔界の現出げんしゅつなのであって、条理もなければ理非もない。いわんや人情などの通じる世界ではない。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
生きながらえても、所詮しょせん命の無駄使いじゃ。わしも決意した、機会をうかがって奴らに思い知らせてやる所存じゃ。仲綱、今はこらえてくれい
姫のうえは気の毒に思う。だが所詮しょせん、俺が引っさらって見たところであの姫の救いにはならぬ、この俺の救にもならぬ。……
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
この反歌は、金銀珠宝も所詮しょせん、子の宝には及ばないというので、長歌の実事を詠んだのに対して、この方は綜括そうかつ的に詠んだ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼は所詮しょせん国へは帰れないという心を切に感じて来た。その心は国の方へ帰って行く人を見ることによって余計に深められた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
万が一おとがめの筋でもあるようならわし所詮しょせん逃れぬ処だと、とうから覚悟はきめていますが、おたがいにどうかまアそんな事にはなりたくないもの。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
所詮しょせん、彼等は私と全く異った世界に住む男達であった。そして、私は、吉良兵曹長の中に住む鬼を、理解するには、あまりにも疲れ過ぎている。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
所詮しょせん人間は地球を脱出する事が出来ない如く人の心と自然との形のデリケートなる連関によってあらゆる傾向の芸術は生れて行くのではないか。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「山路草葉から僕んとこへまで渡り歩こうという女なんだ。あれがまなくちゃ文学なんかやったって所詮しょせん駄目だぜ。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それを知りたいばかりに喜久井町の家でふさぎこんで湿っぽい日を暮しているものの、そこにいたって所詮しょせん分るあてのないものとなればどこか他の
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
所詮しょせん我々は自分で夢のに製造した爆裂弾を、思い思いにいだきながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
折角鳥に生れて来ても、たゞ腹がいた、取って食ふ、ねむくなった、巣に入るではなんの所詮しょせんもないことぢゃぞよ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
妙信 所詮しょせんかなわぬまでも裏山の滝津の中へ身をひそめているより道はございませぬ、和尚様。大事でございます。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
仏教への門 いったい古人もしばしばいっているように、仏教への門は、所詮しょせん「信」であります。信ずる心です。しかも信とは、愛し敬うこころです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
所詮しょせん生命いのちさえもあぶないという恐ろしい修羅場しゅらじょうになっておりますから「これでは、どうも仕方がない。生命あっての物種ものだねだ。何もかもほうり出してしまえ」
僕には所詮しょせんそんなことの想像のできるはずはなく、ただ身ぶるいするばかりであった。幽霊はまた言いつづけた。
所詮しょせん彼は「夢見る男」でありました。一生涯、そうして、夢の中では有頂天うちょうてんの美に酔いながら、現実の世界では、何というみじめな対照でありましょう。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
経済ということも一理ではあるが、かといって、いくら金をかけたところで、所詮しょせん、人間はうなぎの大好物がなんであるかを知ることは困難のようである。
鰻の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
たとえ、児童に、それ自らの生活があるとはいいながら、所詮しょせんその時代の動きを反映せざるわけにはいかない。
時代・児童・作品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
(三)ヒヤーこりゃ如何どうじゃ。アノ四角、一夜のうちに八角に成りよった。この分でわまた明日わ、十角や二十角にも成るだろう、こりゃ所詮しょせんかなわぬわイ。
三角と四角 (その他) / 巌谷小波(著)
現に銀座を出て、単身たんしんこの横浜はまに流れて来たのも、所詮しょせんは大きいムッとするものを感じたせいではなかったか。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
所詮しょせん、自由になる金は知れたもので、得意先の理髪店をけ廻っての集金だけで細かくやりくりしていたから、みるみる不義理がかさんで、あおくなっていた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
所詮しょせん人間は生きている間は何らかの戦争はまぬがれえない、しかして平和の戦争における最も有力の武器はすなわち文明的新知識の応用であることを思えば
民族の発展と理科 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
薬師如来の未曾有みぞうの光りを、根源において湧出ゆうしゅつせしめたものは、所詮しょせん白鳳の祈りに他ならないであろうから。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
所詮しょせんは、兄上が押えつけて、その申し分を用いなかったがための蜂起とは判りませぬか? 手前に、家督を仰せつけられる御慈悲がござりますなら、手前の
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
だけど所詮しょせんはどこへ行っても淋しい一人身なり。小屋が閉まると、私は又溝鼠どぶねずみのように部屋へ帰って来る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
はて、ダイドーは自墮落女じだらくをんなで、クレオパトラは赤面あかつら乞食女こじきをんな、ヘレンやヒーローは賣女ばいぢょ賤女せんぢょで、シスビは碧瞳あをめだまぢゃなんのかのとまうせども、所詮しょせんるにらぬ。
これは戦争の性格だ。その性格に自由はない。かりに作戦の許す最大限の自由を許したにしても、戦争に真実の自由はなく、所詮しょせん兵隊は人間ではなく人形なのだ。
特攻隊に捧ぐ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
だからおそかれ早かれ、所詮しょせんは情に負けてしまう人なんだ、——これは、ちゃんと決ったことなんです。
「マニラ人は可愛想だったが、事件の元凶たる不徳漢が所詮しょせん天罰を免れあたわなかったという事実は、我々一同を満足させた、小牛はいうまでもなく返却した…………」
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
孫四郎のかくものが現におもしろいことは否定できないにしろ、ただ「おもしろい」というだけにすぎぬ芸術は所詮しょせん三流以上のものではあり得ないと裕佐は思っていた。