惨憺さんたん)” の例文
旧字:慘憺
一足入ると、ここは更に惨憺さんたんたる有様です。かなり取乱した中に床を敷いて、町内の外科が、新助の傷の手当をしているところへ
とても抱一ほういつなどと比すべきものではない、抱一の画の趣向なきに反して光琳の画には一々意匠惨憺さんたんたる者があるのは怪しむに足らない。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
けなさるな——と言外に含ませて、老人の幻想はむざんに壊された。彼の惨憺さんたんたる思いは、顔のかたちをありありとゆがめていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
惨憺さんたんたる経営である。これさえ描き上ればと、あてがあるのであらゆる物を売って、絵具にかえた。構図はできた。線描もすすんで行く。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分に対してそむき去っているということ、その反き去ってしまった結果として、惨憺さんたんたる家庭争議がついにこのたびの業火となって、家財
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
惨憺さんたんたるようすをしたこの四人の男は、じつは昨年の春まで、大学の研究室で『中性子ヌウトロン放射』の研究に没頭していた若い科学者たちだった。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
されば孤独のわびしさを忘れようとしてひたすら詩興のすくいを求めても詩興更に湧き来らぬ時憂傷の情ここに始めて惨憺さんたんきょくいたるのである。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は、この惨憺さんたんたる事実に対して、何物をも感じなかったようだった。ただ、金が少々あればいいのだった。それが万事を解決するだろう。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それが——と思うと、やにわにテエブルの角をまたいで、しばらく適度に苦心惨憺さんたんしたのち、その十フラン札を挟んで悠々と持って行ってしまった。
そして楼蘭ろうらんを中心とする一帯の発掘に惨憺さんたんたる辛苦しんくをなめた上に、更に楼蘭を起点とする古代支那路線をたずね、「塩の結晶の耀かがや無涯むがい曠野こうや
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
諸君、その武田博士が苦心惨憺さんたん、心血をそそいで設計したのが『最上』級四隻だ。今さら米国海軍が舌をまいて驚いたって、何も不思議ではない。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
だが、生糸が下落して、惨憺さんたんたる目に逢った養蚕家は製産費の低減、製産額の増加によって防止する外にないと考えた。
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
又もや惨憺さんたんたる苦心研究を積ませられたものであるが、さてそのあげく、イヨイヨ一行を谷山家に乗込ませて見ると、案ずるよりも生むが易いで
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ここで北方の山の写真を一枚写すことになって、なり強く吹きつける寒い北風に曝されながら、浅井君が苦心惨憺さんたんしてやっとシャッターを切った。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
昨夜は淵明が食を乞ふの詩を読みて、其清節の高きに服し、今夜は惨憺さんたんたる実聞をものして、思はず袖を湿らしけり。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
成るたけ西洋臭くしようと苦心惨憺さんたんしているらしく、よくよく見ると、およそ外部へ露出している肌と云う肌には粉が吹いたようにお白粉が塗ってあり
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しながそれほど苦勞くらうした米穀べいこく問題もんだい死後しご四五年間ねんかん惨憺さんたんたる境遇きやうぐうからやうや解決かいけつげられようとしたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
飯田松川に比べると、三分の一の距離しかない片桐松川ではむしろ惨憺さんたんたる悲歌エレジーを聞いたけれども、飯田松川の長流では反対に安逸の浪費をさえ感じた。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
丁度その時、不二子の惨憺さんたんたる懊悩おうのうも知らぬげに、明智は何を思いついたのか、実に突拍子もない質問を発した。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そりゃあるいは雨も降ろう、黒雲くろくもき起ろうが、それは、惨憺さんたんたる黒牛の背の犠牲ぎせいを見るに忍びないで、天道が泣かるるのじゃ。月がおもておおうのじゃ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかして世に熟せず世の奥に貫かぬ心には、人生の不調子、不都合を見初める時に、初理想のはなは齟齬そごせるを感じ、想世界の風物何となく人を惨憺さんたんたらしむ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と突然に、惨憺さんたんたる光景を呈した。イギリス軍の左方、フランス軍の方からいえば右方に当たって、胸甲騎兵の縦列の先頭は恐るべき叫びをあげて立ち上がった。
甲は老牧師エリパズ、乙は壮年有能の神学者ビルダデ、丙は少壮有為の実務家ゾパルであった。三人到り見れば、ヨブの実状は思いのほか惨憺さんたんたる有様であった。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
さては! お探ね者の御書院番を見破られたかな?!——と、今、ここで訴人そにんをされて押えられては、この七日間、苦心惨憺さんたん韜晦とうかいして来たのが何にもならない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
凝乎じっと私は空間の一点を凝視したまま、身動みじろぎもしなかったが、妻の肉体を手に入れるどころか! 苦心惨憺さんたんの結果、やっとここまで漕ぎ付けた妻と私との距離を
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
今や角燈かくとうの火にてらいだされたる、の暗い空屋あきやの内の光景は惨憺さんたん、実に眼も当てられぬものであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
吾が煩悶はんもんの活を見るに、彼等が惨憺さんたんの死と相同あひおなじからざるなし、但殊ただことにするところは去ると留るとのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
途中で日が没して雨でも降って来るとすこぶる惨憺さんたんを極めねばならない、八時半に出合の処を出発して闊葉樹林の下に繁茂屈曲している石楠花しゃくなげや、熊笹を蹈み分けて
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
関東大震災を経験した俺には、こういう惨憺さんたんたる眺めは、何も生れて初めてのことではなかったが
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
きのう僕は彼らを相手に苦心惨憺さんたんしてね、君の来るのを待ってたんだよ。僕は皆に君の来ることを話したもんだから……まず最初は社会主義の見地から始まったのさ。
爾来じらい「夏の女の姿」は不幸にも僕には惨憺さんたんたる幻滅げんめつの象徴になつてゐる。日盛りの銀座の美人などは如何いか嬋娟窈窕せんけんえうてうとしてゐても、うつかり敬意を表するものではない。
鷺と鴛鴦 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてこの惨憺さんたんたる一角に、ひとつの差物が微動もせずはためいていた、「墨絵かぶら」のさしものである、数珠を描き添えた墨絵かぶらの差物は一歩も動かなかった。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それも専門家的の苦心惨憺さんたんというのでなくて、尋常じんじょうの言葉で無理なくすらすらと云っていて、これだけ充実したものになるということは時代のたまものといわなければならない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
すなわち試験以前の一旬間じゅんかん惨憺さんたんたるさまは父兄友人はいうまでもなく、少しく今日の日本の教育並びに試験の制度を知るものは、察するにあまりありというくらいである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そうなれば、予審判事がKに関するうそっぱちの報告を苦心惨憺さんたんしてでっちあげた末、深夜に来てみると女のベッドがからであるというような場面も、いつか起りうるわけである。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
この動力(源因)はすなはち術語の罪過にして、世俗の所謂過失及び刑法の所謂犯罪等と混同すべからず。例之たとへこゝに曲中の人物が数奇不過不幸惨憺さんたんの境界に終ることありと仮定せよ。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
その質朴な美、その色ざめた中にある雅趣、人物の姿は惨憺さんたん哀愁人に迫るものがあった。
当時朝鮮の非常時内閣の大臣として、苦心惨憺さんたんの奔走をして居た柳成竜りゅうせいりゅうが来て、陣中に会見した。成竜平壌の地図を開き地形を指示したが、如松は倭奴たのむ処はただ鳥銃である。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ジャズ・バンド、マルセル・シュオブに似たセロ弾き、グロテスクな洋服師思い出すボンベイの過去、いまではロシアで苦心惨憺さんたんアンナ・ニコロを祝福して、私は最期迄知ってしまう。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
蘇武がさりげなく語るその数年間の生活はまったく惨憺さんたんたるものであったらしい。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
では、飛行機といわず、単に飛翔機ひしょうきといおう。幽霊船の甲板で、独楽のように、ぐるぐる廻りながら、苦心惨憺さんたんして製作しているのが、この飛翔機だ。いやむしろ、風船といった方がいい。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
れいの見栄坊みえぼうの気持から、もし万一ひっぱり出されても、何とかして恥をかかずにすまして、助手さんたちの期待を裏切らぬようにしたいと苦心惨憺さんたんして、さまざま工夫をこらしているさま
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「これこそ自分が十余年間苦心惨憺さんたんして造ろうとして造り得なかった理想の至魚だ。自分が出来損いとして捨てて顧みなかった金魚のなかのどれとどれとが、いつどう交媒して孵化して出来たか」
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ある土曜日の午後、僕は画布を前にして、レモンイェローの効果に苦心惨憺さんたんしていますと、速達、という声がして、一通の手紙がヒラリと舞い込みました。裏を返すと、渋谷・陳根頑と記してある。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その女のために忍んで来た惨憺さんたんたる胸中を考えれば考えるほど、そんな破滅になってしまったのがあまりに理不尽であるように思えてどうしたらこの耐えがたい胸を鎮めることが出来るかと思った。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
A博士はかつて、人工心臓即ち人工的に心臓を作って、本来の心臓にかわらしめ、もって、人類を各種の疾病しっぺいから救い、長生ちょうせい延命をはかり、更に進んでは起死回生の実を挙げようと苦心惨憺さんたんした人であって
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それは惨憺さんたんたるものであったが、他にどうすることもできないので、顔を見合わしたままで黙っていた。しかも女の悲しそうな顔といたましい姿すがたとは、人をしてその肺腑を苦しましめるものがあった。
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
しかもじつに惨憺さんたんたる苦悩を経験したことだろう。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その光景は惨憺さんたんたるものがあった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「考えましたよ。苦心惨憺さんたんです」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)