征矢そや)” の例文
繁った枝葉を巧みに縫い棹はあたかも征矢そやのように梢遥かにして行ったが、落ちて来た時にはその先に山鳩を黐でつなぎ止めていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
崩れた体勢をそのまま一転、足を変えるが早いか、寺の土塀と渓流のながれに沿って下町のほうへ征矢そやのごとく逃げ去ってしまった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無数の征矢そやは煙りを目がけて飛んだ。女は下界げかいをみおろして冷笑あざわらうように、高く高く宙を舞って行った。千枝松はおそろしかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白山は、藍色あいいろの雲間に、雪身せっしんの竜に玉の翼を放ってけた。悪く触れんとするものには、その羽毛が一枚ずつ白銀しろがね征矢そやになって飛ぼう。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行列の前後は、あやしの靄が立ちこめて、百千万の銀の征矢そやが、右から左から、前から後ろから縦横無尽に射込まれるのです。
うか!』と言つた信吾の態度は、宛然さながら其麽そんな事は聞いても聞かなくても可いと言つた樣であつたが、靜子は征矢そやの如く兄の心を感じた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そうして、森からは弓材になるまゆみつきあずさが切り出され、鹿矢ししやの骨片の矢の根は征矢そや雁股かりまたになった矢鏃やじりととり変えられた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
もし白昼にまなこを正しく開くならば、その日天子の黄金の征矢そやたれるじゃ。それほどまでに我等は悪業あくごうの身じゃ。又人及諸の強鳥を恐る。な。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
坂上田村麿さかのうえのたむらまろが勅命を蒙って、百方苦戦の末、観音の夢のお告げで、山雉やまきじの羽の征矢そやを得て、遂に八面大王を亡ぼした。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
をとこは、——いえ、太刀たちびてれば、弓矢ゆみやたづさへてりました。ことくろえびらへ、二十あまり征矢そやをさしたのは、唯今ただいまでもはつきりおぼえてります。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
十六の年に奥州のいくさに出て、敵の征矢そやに片方の眼を射られながら、それを抜かぬ前にとうを射返して、その敵を討ち取ったという勇猛な武士でありましたが
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
黙っていれば悟られずに、行き抜ける便たよりもあるに、隠そうとする身繕みづくろい、名繕、さては素性すじょう繕に、うたがいひとみ征矢そやはてっきりまとと集りやすい。繕はほころびるを持前とする。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
配達人の提げた赤い印の付いた小鞄を恐怖の征矢そやとして、其の飛んで行く先きを見極めようとした。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そんな考が不意に射出いだした征矢そやのように、鶴見の頭脳のなかを一瞬の間に飛び過ぎた。
旭はすでにポプラ並木を透して光り、征矢そやの如く輝き出し、大向日葵の濃蕊の霧がきらめく。市街の空は煤煙でにごりそめ、海上の汽笛にあはせて、所々の工場の笛がなりつゞける。
瓢作り (新字旧仮名) / 杉田久女(著)
安治川石炭君が、攻撃の征矢そやを放つや否や松島女郎屋君も、彼に賛同した。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
ねいき細きこのわがのどに征矢そやひきて夢路かへさぬ神もいまさば
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
文治ははしなくも樹の上に征矢そやを認め
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
星天せいてん征矢そやを放ちぬ。これよりぞ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
樹蔭にかくるる征矢そやなりを。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
白羽の征矢そやを手挾みて
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
天幕の隙間から春の陽が、黄金の征矢そやを投げかけた。紅巾は燦然さんぜんと輝いた。底に一抹の黒味をたたえ、表面は紅玉のように光っていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さけぶまもなく、ピュッ、ピュッと、風をきってくるあられのような征矢そや。——早くも、四面のやみからワワーッという喊声かんせいが聞えだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鷹の羽をいだ古い征矢そやですが、矢の根が確りして居り、それがベツトリ血に塗れて、紫色になつて居るのも無氣味です。
男は、——いえ、太刀たちも帯びてれば、弓矢もたずさえて居りました。殊に黒いえびらへ、二十あまり征矢そやをさしたのは、ただ今でもはっきり覚えて居ります。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
昔から物語の本にもある、屋のむねへ白羽の征矢そやが立つか、さもなければ狩倉かりくらの時貴人あでびとのお目にとまって御殿ごてん召出めしだされるのは、あんなのじゃとうわさが高かった。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言つた信吾の態度やうすは、宛然さながら、其麽事は聞いても聞かなくても可いと言つた様であつたが、静子は征矢そやの如く兄の心を感じた。そして、何といふ事なしに
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
夕暮の空に金色こんじき征矢そやのさすように、二人は、その火光を前面に浴びました。光を浴びたところの半面はえびのように赤いけれども、その後ろはなまずの如く真黒であります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
伝え言う、源頼義父子奥州より凱旋がいせんの途次、上総の海岸に上陸したる折、征矢そや百本を取り一里(小道)ごとに一本の矢を指したるに、九十九にして一本残りたればこの塚に埋む。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
星天せいてん征矢そやを放ちぬ。これよりぞ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
征矢そや鳴りやめるかげにかくれむ
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
銀杏は征矢そやを射つくして
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
丑之助は、晴々といって、藁苞わらづとの腹を破った。その中から一羽の鶯がね出した。そして征矢そやみたいに、城の外へ飛んで行った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
がしかし楠の木のきわまで行くと、ヒューッと風を切る音がして電光のように白征矢そやが、楠の木の蔭から飛んで来て鷲の翼につき刺さった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
むかしから物語ものがたりほんにもある、むね白羽しらは征矢そやつか、もなければ狩倉かりくらとき貴人あてびとのおまつて御殿ごてん召出めしだされるのは、那麼あんなのぢやとうはさたかかつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『だがね、君。』、と稍あつてから低めの調子で竹山が云つた時、其聲は渠の混雜した心に異樣に響いて、「矢張今日限りだ」といふ考へが征矢そやの如く閃いた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
かはいたゆみ黒塗くろぬりのえびらたか征矢そやが十七ほん、——これはみな、あのをとこつてゐたものでございませう。はい、うま仰有おつしやとほり、法師髮ほふしがみ月毛つきげでございます。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雜司ヶ谷鬼子母神きしもじんのあたりで御鷹を放たれた時、何處からともなく飛んで來た一本の征矢そやが、危ふく家光公の肩先をかすめ、三つ葉あふひの定紋を打つた陣笠の裏金に滑つて
まつの浪しぶきが、横に砕けて舟影をくるんだかと思うと、どうなったか、その最後は分らずに、周馬の舟は征矢そやのように流されていった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と左右から、猪之松の乾児で警護の二人が、切りつけて来た長脇差を、征矢そやだ! 駈け抜け、振り返り、追い縋ったところを
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『だがね、君。』と、稍あつてから低めた調子で竹山が云つた時、其声は渠の混雑した心に異様に響いて、「矢張今日限りだ」といふ考へが征矢そやの如く閃いた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
蜂は勿論蜜を取る為、蛇は征矢そややじりに塗るべき、劇烈な毒を得る為であつた。それから狩や漁の暇に、彼は彼の学んだ武芸や魔術を、一々須世理姫に教へ聞かせた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雑司ヶ谷鬼子母神きしもじんのあたりで御鷹を放たれた時、どこからともなく飛んで来た一本の征矢そやが、危うく家光公の肩先をかすめ、三つ葉葵の定紋を打った陣笠の裏金に滑って
云うとともに、袖を払って一筋の征矢そやをカラリと落す。矢は鷹狩のうちより射掛けたるなり。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭さきの陽の光の中を、その鶯の影が征矢そやみたいにけた。あわただしい跫音が長縁を走って来たので、驚いたものとみえる。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼を閉じてじっとたたずんでいたが、空の上から雨のように征矢そやがひとしきり降って来ると、狐の体は見ている間にバタリバタリと地にたおれた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かわを巻いた弓、黒塗りのえびらたかの羽の征矢そやが十七本、——これは皆、あの男が持っていたものでございましょう。はい。馬もおっしゃる通り、法師髪ほうしがみ月毛つきげでございます。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もとどり結いたる下髪さげがみたけに余れるに、色くれないにして、たとえば翡翠ひすいはねにてはけるが如き一条ひとすじ征矢そやを、さし込みにて前簪まえかんざしにかざしたるが、瓔珞ようらくを取って掛けしたすきを、片はずしにはずしながら
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
直記はそばに置いてあつた紙包の中から、一本の征矢そやを出して見せました。
こういう意味の文字が書かれてあり、心臓に征矢そやを突き刺した絵が、赤い色で描かれたものが、針によって止められていた。
鴉片を喫む美少年 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)