いただき)” の例文
この縄へ蜂蜜を稀薄に抹擦まつさついたして、米麦の花まさに開かんとする際にのぞみ、その穂のいただきを四、五回摩盪まとうするまでのことであります。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
そしてそのはてには一本の巨大な枯木をそのいただきに持っている、そしてそのためにことさら感情を高めて見える一つの山がそびえていた。
蒼穹 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
と大空の雲、かさなる山、続くいただきそびゆる峰を見るにつけて、すさまじき大濤おおなみの雪の風情を思いながら、旅の心も身にみて通過ぎました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恁う言ひ乍ら、渠はその目を移して西山のいただきを見、また、凹地くぼちの底の村を瞰下した。古昔いにしへの尊き使徒が異教人の国を望んだ時の心地だ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
取っ組み合っただけの波はたちまちまっ白なあわの山に変じて、そのいただきが風にちぎられながら、すさまじい勢いで目あてもなく倒れかかる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
汝さとれるや否や、わがいへるはベアトリーチェのことなり、汝はこの山のいただきに、さいはひにしてほゝゑめる彼の姿をみるをえむ。 四六—四八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
更らにその山向うにもう眞白になつたいただきだけをのぞかせてゐる八ヶ岳などが、殆ど手にとるごとくに見えるやうなところです。
七つの手紙:或女友達に (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
自分たちの右手の高きには前穂高のいただきがなおさっきの夕焼の余燼でかがやいて、その濃い暗紫色の陰影は千人岩のあたまのうえまでものびていた。
その中に東洋第一海抜二百尺と書いたエレヴェーターが宿の裏から小高い石山のいただきへ絶えず見物を上げたり下げたりしているのを見ました。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
曾ては一度其いただきを窮めた身にも、自分は果してあの頂上に登ることが出来たのであろうかと疑わざるを得ない程、心の動揺するのを感じた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
コウカサスはエルブルュスのいただきにつながれましたるプロメシウスの弟パラシュウスと申す猛々しいお方でござります。
浅間が全く見えるように成ると、でも冬らしく成ったという気がする。最早あの山のいただきには白髪のような雪が望まれる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
丁度向いの所にミョンヒスベルヒやまと、そのいただきにある城とが、はっきりした輪廓りんかくをなして、そらにえがかれている。明りなぞをけるには及ばない。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
それに斜光の工合で、蜃気楼のようにもう一つ二子山のいただきが映っている。広い、人気のない渚の砂は、浪が打ち寄せては退くごとに滑らかに濡れて夕焼に染った。
海浜一日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ろくな煖炉だんろもない。そこで画家は死にひんしている。体のうちの臓器はもう運転をとどめようとしているのに、画家は窓を開けさせて、氷の山のいただきに棚引く雲を眺めている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
西にしほう山々やまやまは、幾重いくえにもとおつらなっていて、そのとがったいただきが、うすあかくも一つないそらにそびえていました。まったく、あたりはしんとして、なんのこえもなかったのです。
おおかみと人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
両手ゆたかにかきいだきつべきふっくりとかあいげなる雲は、おもむろに赤城のいただきを離れて、さえぎる物もなき大空を相並んで金の蝶のごとくひらめきつつ、優々として足尾のかたへ流れしが
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そのバーク州の白馬ホワイト・ホールスというは、絶頂の高さ海抜八五六フィートある白馬山の北側いただきより少し下にり付けた長三七四フィート、深さおよそ二フィートの巨馬像で、面積二エーカーほどあり。
その新雪光る富士山のいただきを、私が踏んだのは、さる四十年十月の末であった。
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
天狗の湯の宿は、山のほとんどいただきに近いところで、やはり湯宿があります。
海のあなたにはあの有名な活火山が隠さねばならぬことが世にあろうかとばかり、惜しげもなく全姿をあらわした。そのいただきから吐き出す煙が風になびいて静かに低く流されてゆくのがよく見える。
われはまことのアルピイのいただきに登りて世界の四極よものはてを見たり。
うえを見ればどうだ。巨人のような山のいただきが4695
かの肅々しゆく/\として頑強にいただきを極めむとするあゆみを。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
妙高の肩 ひうちの雪のいただき
山果集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
巨人のような山のいただき
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いただきごしにさす影を
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
雲の厚衾をすっぽりと被っていただきは見えないが、研ぎ出したように白い無数の雪渓は紫紺の膚にキラリと光っている。
天涯に衝立ついたてめいた医王山いおうせんいただき背負しょい、さっ一幅ひとはば、障子を立てた白い夕靄ゆうもやから半身をあらわして、にしきの帯はたしかに見た。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人が鶴飼橋へ差掛つた時、朱盆の様な夏の日が岩手山のいただきに落ちて、夕映の空が底もなく黄橙色だいだいいろに霞んだ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いただきを離れた時には一握りの銀末に過ぎない。それが見る見る大きさを増して、隕星いんせいのように白い尾を長く引きながら、音も立てずにまっしぐらに落として来る。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
仕事場でろうとかしながら、暗い片隅の方で釜の下の火を掻き廻しては、折々おりおりその手を止めて町の家根の上を飛んで彼方あちらに淋しそうに見える杉のいただきを越えて、果ては北となく
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ロダンは花子の小さい、締まった体を、無恰好ぶかっこうに結った高島田のいただきから、白足袋に千代田草履を穿いた足のさきまで、一目に領略するような見方をして、小さい巌畳がんじょうな手を握った。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いただきは高くして視力及ばず、また山腹は象限しやうげん中央なかばすぢよりはるかに急なり 四〇—四二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
今吾輩が松の木を勢よく馳け登ったとする。すると吾輩は元来地上の者であるから、自然の傾向から云えば吾輩が長く松樹のいただきとどまるを許さんに相違ない、ただおけば必ず落ちる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
槍ヶ岳は大海から頭をのそりと出す烏帽子岩えぼしいわのようで、雪の白条しろすじは岩の上へかもめが糞を落したようだ、自分は恍惚うっとりとして、今山のいただきに立っているのか、波の寄るなぎさを歩いているのかと、惑った
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
すこしすその見えた八つが岳が次第にけわしい山骨を顕わして来て、しまいに紅色の光を帯びたいただきまで見られる頃は、影が山から山へしておりました。甲州にまたがる山脈の色は幾度いくたび変ったか知れません。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一面若葉をつけた矮樹林わいじゅりんの間を、汽車は走った。それらは、緑の波のように、列車の左右で泡立ち戦いだ。大気の澄んだ地平線の彼方には、日光の山々が、いただきの雪を燦かせて、聳え立っている。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
山々の棘々とげとげしいいただきが、まだ日の冷たい矢を
いただきのまろき山あり
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
西北の風がそよそよと吹く好晴の日には、目路めじのはてにそそり立つ高い山のいただきを、赤蜻蛉が列を作ってすいすいと飛び越して行くのが面白いと思った。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「先生、一番近いんじゃあ、布村って駅を出て、約千五百メエトルばかりくと、はじめて真白まっしろいただきが見えますから。——いえ、谷内谷内は方角が違うんです。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山を一面に包んでいた雪が、いただきにだけ残って方々のもみの木立が緑の色を現して、深い深い谷川の底を、水がごうごうと鳴って流れる頃の事である。フランツは久振ひさしぶりで例の岩の前に来た。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見上げると四面の高い山のいただきが赤く禿げて、日暮方の秋の日が当っているが、もう谷底は日蔭となって湿しめっぽい気が満ち満ちていた。恐らく一日中この谷底には、日の光が落ちぬのであろう。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
すこしすその見えた八つが岳が次第にけわしい山骨をあらわして来て、しまいに紅色の光を帯びたいただきまで見られる頃は、影が山から山へしておりました。甲州にまたがる山脈の色は幾度いくたび変ったか知れません。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
烈しい力で地層を掻きむしられたように、平らな部分、土や草のあるところなど目の届く限り見えず、来た方を振りかえると、左右の丘陵のいただきに、僅か数本の躑躅つつじが遅い春の花をつけているばかりだ。
白い蚊帳 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
山々のいただきを興がりて見巡らんためなり。
いただきの青い山々は
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
風雨氷雪の外には未だ曾て経験したことのないこの山に、更にあらたなる破壊力の加わったことを思うと、此時寧ろ予定を変更して其いただきを窮めなかったことが
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
就中なかんずく公孫樹いちょうは黄なり、紅樹、青林、見渡す森は、みな錦葉もみじを含み、散残った柳の緑を、うすくしゃ綾取あやどった中に、層々たる城の天守が、遠山の雪のいただきいてそびえる。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)