屠蘇とそ)” の例文
それに屠蘇とそ気分が加わったのであるから、去年の下半季の不景気に引きかえて、こんなに景気のよい新年は未曾有みぞうであるといわれた。
正月の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
在留中は何れも独身の下宿住ひ、正月が来ても屠蘇とそ一杯飲めぬ不自由に、銀行以外の紳士も多く来会して、二十人近くの大人数である。
一月一日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
仲仕——権三といわれていた——は、特別の賃銀を支払われると言う約束で、明日あすのお屠蘇とその余分の一杯をあてにしてやって来たのだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
松が取れたばかり、世界はまだ屠蘇とそ臭いのに、空つ風に吹き寄せられたやうな恰好で、八五郎は庭木戸へあごを載せるのでした。
元日の朝、大書院から武者床むしゃゆかを通した広間で、家臣の総礼をうけたさい、共に屠蘇とそを祝ったりはしたが、あとは顔を合せる折すらなかった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから半リットルばかりの清酒をお屠蘇とそのかわりとして、昨日いて置いた飯をさらさらとかき込んでそれで元日の朝食は済んだわけだ。
元旦のうたげには屠蘇とそ干鮑貝くしがい干海鼠ほしなまこ丸餅まるもちの味噌汁などが、それぞれに用意され、祝日に忙しい歳暮が筒井の眼の前にあった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あくる寛永十五年の元朝がんちょうは、敵味方とも麗かな初日を迎えた。内膳正は屠蘇とそを汲み乾すと、立ちながら、膳を踏み砕いて、必死の覚悟を示した。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
先づ、新年おめでたうより始まりて、祝辞の交換例の如く、煮染、照りごまめも亦例の如くにて、屠蘇とその杯も出でぬ。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
もう元日だからサエのかえる前に皆でお屠蘇とそもしようということになった。それを云い出したのはまさであった。
鏡餅 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
屠蘇とそましながら、言葉ことばしづかにつてかした教訓けふくんけつしてめづらしいせつではなかつたのです。すこ理窟りくつならべるをとこならだれでもることなんでした。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
温泉宿の二階で、林の家族と一緒に、ごまめ、数の子、乾栗かちぐり、それからぜんに上る数々のもので、屠蘇とそを祝った。年越の晩には、女髪結が遅く部屋々々を廻った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
着替えをしたお増は屠蘇とそ銚子ちょうしなどの飾られた下の座敷で、浅井と差し向いでいるとき、独りでそう思った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
屠蘇とそをも一杯飲もうか。おいおい硯と紙とを持て来い。何と書てやろうか。俳句にしようか。出来た出来た。大三十日愚なり元日なお愚なりサ。うまいだろう。
初夢 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
フロックは白い手巾ハンケチを出して、用もない顔をいた。そうして、しきりに屠蘇とそを飲んだ。ほかの連中も大いにぜんのものをつッついている。ところへ虚子きょしが車で来た。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朝暗いうちに自宅で屠蘇とそを祝つて、五時沼津の狩野川河口を出る汽船に乘るのです。幸ひと今迄この元日には船が止りませんでした。然し毎年相當に荒れました。
ピュリタンなのはいけれども、お屠蘇とそろくに飲めない癖に、禁酒会の幹事をしているんですって。
文放古 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
椒柏しょうはく酒を進め、桃湯を飲み屠蘇とそを進む云々、各一鶏子を進む〉とあって、註に『周処風土記』に曰く、正旦まさに生ながら鶏子一枚を呑むべし、これを錬形というとある。
牛蒡ごぼうはす里芋さといもの煮つけの大皿あり、屠蘇とそはなけれど配給のなおし酒は甘く子供よろこびてなめる。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
羽子板店に紙鳶たこ店はもちろん、神棚の祭具を売る店、餅網、藁のお飯ひつ容れを売る店、屠蘇とその銚子や箸袋を売る店、こういう正月向きの売店が賑々にぎにぎしく普通の売店に混り
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
舞が終ると、内では膳に米を一升盛り、銭を包んで添え、そしてちょっと屠蘇とそを飲ませた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
屠蘇とそと吸物が出る。この屠蘇の盃が往々甚だしく多量の塵埃をかぶっていることがある。
新年雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
金森さまへ主人のだいとして年礼ねんれいに参りまして、御馳走にお屠蘇とそが出ましたが、三合入の大盞おおさかずきで目出度く祝せというので、三杯続けたから三三が九合で、あとは小さいお盞と云われたが
一年の計は元日にあり、ということですから今年は一つ元日から勉強してやりましょう、というような感激に満ちた気持ちで、お屠蘇とそを祝うと朝から博物館に通ったこともありました。
座右第一品 (新字新仮名) / 上村松園(著)
御馳走ごちそうは……しかも、ああ、何とか云う、ちょっと屠蘇とその香のする青い色の酒に添えて——その時は、かけひの水にほこりも流して、袖の長い、ふりの開いた、柔かな浴衣に着換えなどして、舌鼓を
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きのうは、お雑煮を食べたり、お屠蘇とそを飲んだり、ちょいちょい起きて不養生をしていましたね。無理をしては、いけません。熱のある時には、じっとして寝ているのが一ばんいいのです。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ことに朝から屠蘇とそ機嫌でいるところへ大きいのを出すのは気が利かない。
雑煮 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
其甥は腹膜炎にかゝって、くる年の正月元日病院で死んだ。屠蘇とそを祝うて居る席に死のたよりがとどいた。叔父の彼は異な気もちになった。彼ははじめてかすかな Remorse を感じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
Aさんの話によると、それはこの正月、前橋在の郷里に屠蘇とそを祝ひに帰つてゐた時の事である。遊べるだけは遊び、松もとれたので、大森の家の不自由を気遣きづかひながら、上京の日を電報で知らせた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
胃吉驚き「オヤオヤ何か来たぜ、妙なものが。ウムお屠蘇とそだ。モミの布片きれへ包んで味淋みりんへ浸してあるからモミの染色そめいろ一所いっしょに流れて来た。腸蔵さんすぐにそっちへ廻してげるよ」腸蔵「イヤ真平まっぴらだ」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「お屠蘇とそのないお正月は初めてゞございますわね」
一年の計 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
甘からぬ屠蘇とそや旅なる酔心地ゑひごゝち
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その正月に西岡は叔父のところへ年始に来て、屠蘇とそから酒になって夜のふけるまで元気よく話して行った。そのときに彼は言った。
離魂病 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何しろ杉なりに積んだ千兩箱が頭の上から崩れて來て、屠蘇とそさかづきを持つた、大黒屋徳右衞門を下敷きにしたんだから怖いでせう
中村から送り届けてよこしたという、母が手搗てつきの餅も喰べた。寧子が心をこめた種々くさぐさの料理も喰べた。屠蘇とそんだ。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元旦の朝のかれいには、筒井は主人といっしょの座にあてがわれ、ひじき、くろ豆、塩したたい雑煮ぞうに、しかも、廻って来た屠蘇とその上のさかずきは最後に筒井のぜんに来て
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
気の早い連中は、屠蘇とそを祝え、雑煮ぞうにを祝えと言って、節句の前日から正月のような気分になった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
挨拶がすんで、屠蘇とそが出て、しばらく話しているうちに、その子はつかつかと縁側へ立って行った、と思うといきなりそこの柱へ抱きついて、見る間に頂上までよじ上ってしまった。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分たちのあひだには、正月のぜんが並んでゐた。Hはちよいと顔をしかめながら、屠蘇とそさかづきへ口をあてて、それから吸物のわんを持つた儘、娓々びびとしてその下足札の因縁を辯じ出した。——
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「マア一口……。」と言って、初手しょてに甘ッたるい屠蘇とそを飲まされた。それから黒塗りの膳が運ばれた。膳には仕出し屋から取ったらしい赤い刺身や椀や、いなの塩焼きなどがならべてあった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それにもかかわらず、書いてる事が何処どことなく屠蘇とそを帯びているのは、正月を迎える想像力が豊富なためではない。何でもぎ合わせて物にしなければならない義務を心得た文学者だからである。
元日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この女此の時えん屠蘇とそよい
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
つうけて屠蘇とそいはふ。
熱海の春 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そのうちに御祝儀の屠蘇とそが出た。多く飲まない老人と、まるで下戸げこの私とは、忽ち春めいた顔になってしまって、話はだんだんはずんで来た。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大黒屋徳右衞門の太々ふて/″\しさ、盜賊を一杯かつぐ氣で、砂利詰の千兩箱を並べ、その上で屠蘇とその杯をあげるなどは、いかにも人を喰つたやり方です。
一年に一度のもちつき、やれ福茶だ、小梅だ、ちょろげだと、除夜からして町家は町家らしく、明けては屠蘇とそを祝え、雑煮ぞうにを祝え、かちぐり、ごまめ、数の子を祝えと言う多吉夫婦と共に
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
初春はるはそこで屠蘇とそみたし——という気持もあって、真っ直に来たのであった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この正月の元旦に、富森助右衛門とみのもりすけえもんが、三杯の屠蘇とそに酔って、「今日も春恥しからぬ寝武士かな」と吟じた、その句がふと念頭に浮んだからである。句意も、良雄よしかつが今感じている満足と変りはない。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ツヒぞ斯んな事を言つたことの無い親分の平次が、與力笹野新三郎の役宅で、屠蘇とそを祝つたばかりの歸り途に、一杯呑み直さうといふ量見が解りません。
天正十年中の御用仕舞と共に、家臣たちは、湯にも入らず式服を着て、暗いうちからぞろぞろ年賀に登城して来た。やしきへ戻らず、そのまま、城中にいて、屠蘇とそをいただいた者も多い。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)