寄席よせ)” の例文
むすこのSちゃんに連れられては京橋きょうばし近い東裏通りの寄席よせへ行った。暑いころの昼席だと聴衆はほんの四五人ぐらいのこともあった。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
すると父はいつでも「うん。よしよし。」と云って、私の毬栗頭いがぐりあたまを抱いて、寄席よせで聞いてきた落語や講釈の話をしてきかせてくれた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
異邦人にして本朝寄席よせ文化史上、大看板の足跡をば残したは、奇術の李彩りさい、音曲のジョンペールと共に、この快楽亭ブラックであろう
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
惜哉おしいかな東洋半開の邦に生れたるを以て僅に落語家の領袖おやだまよばれ、或は宴会に招かれ或は寄席よせで、一席の談話漸く数十金を得るに過ず
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
下等な寄席よせ珈琲店や居酒屋などに楽しみに行くのと同じく、できるだけ努力を払わないで、できあいのままを受け取ったのだった。
寄席よせへ来るに道中差を用意するほどのこともなかろうが、なお左の膝の下に合羽かっぱを丸めているところを見ると、たしかに旅の者だ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二日三日逗留とうりゅうしている間に、お島は浅草や芝居や寄席よせへ一緒に遊びに行ったり、上野近くに取っていたその宿へ寄って見たりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただ寄席よせを聞いてるつもりで眼を開けて見たら鼻の先に毘沙門様びしゃもんさまが大勢いて、これはと威儀を正さなければならない気持であった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寄席よせ高座こうざにのぼる江戸風軽口の話口はなしくちをきくと、大概みんな自分の顔の棚下たなおろしや、出来そくなった生れつきのこきおろしをやる。
A 仕樣しやうがないなア。ぢや説明せつめいしてやる。よく寄席よせ落語家らくごかがやるぢやないか。横丁よこちやう隱居いんきよくまさん八さんに發句ほつくをしへるはなしだ。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
弟とか云う人達が大抵寄席よせ芸人だの茶屋奉公だのをしていたことや、私の父が昔は相当道楽者だったらしいことなどを考え合せてみれば
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「ござんせん」がイヤに「ござんせん」れがして甘ったるい。寄席よせ芸人か、幇間たいこもちか、長唄つづみ望月もちづき一派か……といった塩梅あんばいだ。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
寄席よせがすきで、芝居がすきで、娘義太夫のドウスル連で、むろん遊びも大好きで、そこらあたりに一ぱいいた道楽息子の一人にすぎない。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ぎっしり詰った聴衆のあいだを、いつも寄席よせの「浦粕亭」に出ている中売りの女が、巧みに「えーおせんにラムネ、南京豆ナンキンまめにキャラメル」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いいえ。御主人は別のうちよ。玉の井館ッて云う寄席よせがあるでしょう。その裏に住宅すまいがあるのよ。毎晩十二時になると帳面を見にくるわ。」
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あの広小路で馬車の停ったところにあった並木から、寄席よせ旅籠屋はたごやなぞの近くにあった光景ありさままでが、実にありありと捨吉の胸に浮んで来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
語ったような具合いに、自然で飾りがなく、寄席よせへ行ってもそのとおりしゃべったらどうや? その方がよほど自然でおもしろいやないか?
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
そうして親父にせびっては毎晩のように寄席よせへ伴れて行って貰います。彼は落語家に対して、一種の同情、寧ろ憧憬の念をさえ抱いて居ました。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その頃まで寄席よせに出る怪談師が、明りを消してから、客の間を持ち廻って見せることになっていた、出来合の幽霊である。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その頃の書生は今の青年がオペラやキネマへ入浸いりびたると同様に盛んに寄席よせかよったもので、寄席芸人の物真似ものまねは書生の課外レスンの一つであった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いわば辻君つじぎみの多く出没する場所で、女たちは、芝居や寄席よせのはじまる八時半ごろから、この付近の大通りや横町を遊弋ゆうよくして、街上に男を物色ぶっしょくする。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「ちんやの横町」のいま「聚楽じゅらく」というカフェエのあるところは「新恵比寿亭」という寄席よせのもとあったところである。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
昨夜は柏亭とゲエテまちのカジノ・ド・モンパルナスと云ふ寄席よせへ行つた。巴里パリイ東部の場末に近い所だからこの街の附近には労働者が沢山たくさん住んで居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ちょっとのぞきこんで、お父つあんの出たはるのはあの寄席よせやと花月の方を指しながら、私たちに言って、きゅうにペロリと舌を出したあの仕草しぐさです。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
路次の中には寄席よせもあつた。道がやうやく人一人行き違へるだけの狭さなので、寄席の木戸番の高く客を呼ぶ声は、通行人の鼓膜を突き破りさうであつた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
僕は講談というものを寄席よせではほとんど聞いたことはない。僕の知っている講釈師は先代の村井吉瓶だけである。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それから少し行ったところの寄席よせの牛込亭は、近頃殆ど足を運んだことがないが、一時はよく行ったものだった。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
私は寄席よせに行ってあの「話し家」が自分の容貌や性質を罵り、はなはだしきは扇子を持っておのれの頭を打って客を笑わせようと努めるのを見るときに
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
知ってるんだそうだが、寄席よせなぞでよく私と二人のとこを見かけたって……変な奴がまた、家へ来たものさねえ
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
こう言って、——漫才屋になった自分はもう芸人でなくなったと笑ってたが、もとは寄席よせに出ていたんですね。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
たゞこのころやうふさいでたら身體からだためるまいとおもはれる、これはいそがぬこととして、ちと寄席よせきゝにでもつたらうか、播摩はりまちかところへかゝつて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
市場の近くに、寄席よせがありました。小路こうじの奥まった所で、何といいましたか、その名の這入った看板が往来に出ていました。兄は毎日そこを通られるのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「さて早や、」と云う懸声かけごえで大和家の格子戸を開けて入る、三遊派の落語家はなしか円輔えんすけとて、都合に依れば座敷で真を切り、都合に依れば寄席よせで真を打つ好男子。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今の貞之進に、嗜好を何だと尋ねたならば、多分読書と答えるだろう、だが不思議なことは、寄席よせへ行けと云えば寄席へ行く、芝居へ行けと云えば芝居へ行く。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
上野におお戦争が始まって、その前後は江戸市中の芝居も寄席よせも見世物も料理茶屋も皆休んで仕舞しまって、八百八町は真の闇、何が何やら分らない程の混乱なれども
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私はまた親睦会というから大方演じゅつ会のようなたちのもんかしらとおもったら、なアにやっぱりしんの好い寄席よせだネ。此度こんだ文さんも往ッて御覧な、木戸は五十銭だヨ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
美しい草花、雑誌店、新刊の書、角を曲がると賑やかな寄席よせ、待合、三味線しゃみせんの音、あだめいた女の声、あのころは楽しかった。恋した女が仲町にいて、よく遊びに行った。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
先日お友達のところで、(私は神楽坂かぐらざか寄席よせで、火鉢とお蒲団ふとんを売ってはたらいて居ります。)
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
さて師匠存生中府下の各寄席よせで演じ、または雑誌にて御存じの業平文治は、安永の頃下谷したや御成街道おなりかいどうの角に堀丹波守ほりたんばのかみ殿家来、三百八十石浪島文吾なみしまぶんごという者のせがれでございまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たべると又すぐに出て行きますが、それでも四ツ(午後十時)すぎにはきっと帰りました。なんでも近所の寄席よせでも聴きに行くような様子でしたが、確かなことは判りません
半七捕物帳:28 雪達磨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は寄席よせにでも行くようなつもりで、なんか買って懐中ふところに入れては婆さんの六十何年の人情の節を付けた調子で「お雪さんだって、あれであなたのことは思っているんですよ。」
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「おつゆを連れて、一晩寄席よせへでも芝居へでも遊びに行つてお出でな。家にばかり籠つて勉強してゐちやよくあるまいよ。おつゆも時々は遊びにやらなければ可哀相だから。」
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
大變な人出で「お這入りやーす」と言ふ寄席よせの呼聲も人の呼吸でむれたやうな中から響く。三藏は人に行き逢つて立止まつたり、後ろから來る男に肩で押し除けられたりし乍ら歩く。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「あっはっはっはっ。軍曹どの。ここは、寄席よせの舞台のうえじゃあ、ありませんよ」
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
寄席よせ高座こうざで、がんどうの明りに、えごうく浮き出てくる妖怪の顔や、角帯をキュッとしごいて、赤児の泣き声を聴かせるといったていの——そうしたユーモラスな怖ろしさではなかった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その最も有名なのはカスロールとアバットアールとである。そこで、葉茶屋はじゃや、面白屋、一杯屋、銘酒屋、寄席よせ亭、冷酒屋、舞踏亭、曖昧屋あいまいや、一口屋、隊商亭よ、僕こそまさしく快楽児だ。
宇野浩二張りのぬらくらとした、冗舌そのもののような文章と、場末の寄席よせで見るような、デカダンの空気であり、それはまさに、江戸川氏からとりのぞいてもらいたいと思うものである。
探偵小説壇の諸傾向 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
周三は、一ヶつきばかり虚々うか/\と暮して了ツた。格別面白いといふ程の事は無かツたが、また何時まで頭に殘ツてゐる程の不快も感じなかツた。芝居しばゐには二度行ツた。寄席よせにも三ばんばかり行ツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
黒い卓子について、つまみのしその実を噛んでいると、ああ腹いっぱいに茶づけが食べてみたいと思った。しる粉屋を出ると、青年と別れて私達三人は、小石川の紅梅亭と云う寄席よせに行った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼らは義太夫の寄席よせで知合になつた。婆さんはそこで仲売の女として働いてゐるので、爺さんは竹本駒若と云ふ義太夫語りが好きで毎晩聴きに出かけてゐるうち、お互ひに馴染なじみあつて了つた。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)