夜半よなか)” の例文
「いや、まだ夜半よなかだが、お前に良いものを見せてやる、相手は思ひの外手剛いかも知れない、拔かりもあるめえが、十手じつてを忘れるな」
夜半よなか咽喉のどりつくような気がして、小平太は眼を覚した。気がついてみると、自分はちゃんと蒲団の上に夜着をけて寝ていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
もう夜半よなかを過ぎた時刻で、どの家も暗く雨戸を閉ざし、ほのかに明るい空の下でしんと寝しずまっていた。おせんは柳河岸へいった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれどもその何であるかは、ついに知る機会なく過ぎた。病人は静かな男であったが、折々夜半よなかに看護婦を小さい声で起していた。
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何でも夜半よなかのことだと聞きましたが、裏の鶏舎とや羽搏はばたきの音が烈しく聞えたので、彌作がそっと出て見ると、暗い中に例の𤢖が立っている。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夜半よなか頃に急に思い出して妾はしげしげと二人の子供の顔を眺めた。その時も、急に頭の具合がどうかなってしまいはしないかと思った。
「お客、むさい夜具だが、ここならもあるし、夜半よなかのどかわけば、湯茶も沸いている。ゆっくりと、この蒲団ふとんへ手足をのばしたがいい」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たといその光りが弱く曇っていても、やはり月には相違ないのであるから、夜半よなかを過ぎて雲が散れぱ、明かるくなるであろうと思われた。
障子の破れに、顔が艶麗あでやかに口のほころびた時に、さすがにすごかつた。が、さみしいとも、夜半よなかにとも、何とも言訳いいわけなどするには及ばぬ。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
目科は「出来るとも僕が此事件の詮鑿を頼まれて居るでは無いか仮令たとい夜の夜半よなかでも必要と認れば其罪人に逢い問糺といたゞす事を許されて居る」
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
早々そうそう蚊帳かやむと、夜半よなかに雨が降り出して、あたまの上にって来るので、あわてゝとこうつすなど、わびしい旅の第一夜であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
『家が戀しくなつたんだな。……これからぐ歸へれば、夜半よなかまでには着くよ。……阿母おつかさんの顏も見られるし。おむこさんの顏もね。……』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
艇長の屍体を発見したのが、ちょうど夜半よなかの二時でしたが、それから四人は、艙蓋ハッチの下で眠るともなく横になっておりました。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夜半よなかに一度、隣に寝ている男の呻声うめきごえを聞いて為吉ためきちは寝苦しい儘、裏庭に降立おりたったようだったが、昼間の疲労つかれで間もなく床に帰ったらしかった。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
夜半よなかになって皆が疲れて睡ったところで、妻と枕を並べて寝ていた紇は、うなされて眼が開いたので、妻の方を見るともう妻の姿が見えない。
美女を盗む鬼神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
通常われわれの家で夜半よなかに急にさわぎがおこれば、まず泥棒がはいつたか、火事か、もしくは急病人ができたと思うだろう。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
近来珍らしい二百二十だよ。夜半よなか過ぎたら風速四十米突メートルを越すかも知れん。……おまけにここは朝鮮最南端の絶影島まきのしまだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
少女達は規則なぞ忘れて、夜半よなかまで教室にとどまり、アアミンガアドをかこんで、セエラの手紙を読み返しておりました。
「一週間なんて、暢気なことを云っちゃ困る。明日の晩までに集めてくれないか。船は明日の夜半よなかの満潮と同時に出帆することになっているんだ」
祥雲氏はその晩鱈腹たらふく牛肉と松茸とを食つて寝床に入つた。すると、夜半よなか過ぎから急に腹が痛み出して、溜らなくなつた。
あなたが立上たてがみ氏を呼んだと聞くとその夜、兄は夜半よなかにそっと起きあがって、稀塩酸きえんさんでじぶんの眼をつぶそうとしているのです。必死なようすでしたわ。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
伊太利イタリイのメシナ海峡を夜半よなかに通過する事に成つたのでエトナざんもブルカノたうも遠望が出来なかつたが、夜明よあけにストロンボリイ島の噴火だけを近く眺めた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ふと、喜平次が夜半よなかに目を覚ますと、自分の傍に寝て居るのは、美人どころか異形の化物だったので、ヒャッと言って飛び出すと化物が跡を追って来る。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
念のために廻り道して、一間隔てた老夫婦の部屋を覗いて見たが、二人は山慣れた健康者、夜半よなかに目を覚ますこともないと見え、グッスリ寝入っている。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
此家こゝかねて自分も時々借りる家と見えまして、此の二階へ夜半よなかに忍び込んで頬冠をり、ほッと息をきました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
夜半よなかに田原さんは眼を覚した。家の中はひっそりと静まり返っていた。そして彼の心も如何にも静かであった。
田原氏の犯罪 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
女というものは種が分るともういけない。たとえば夜半よなかに台所の方でコト/\音がする。テッキリ泥棒だと思って、ワナ/\震え出す。怖くて溜まらないから
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかし世間は炎暑につかれて夜半よなかのようにしんとしています。忽然こつぜん夕立が来ます。空の大半は青く晴れている処から四辺あたりあかるいので、太い雨の糸がはっきり見えます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると其晩一間隔てゝ寝て居た大藤が夜半よなかに行燈の光で大刀を抜いて、寐刃ねたばを合して居りますから私は龍馬をゆり起し、油断がなりませぬとつまり朝まで寝ずでした。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
それに一度煮てあるからと思って沢山食べたが帰って来るとその夜半よなかから腹が痛み出してくやら下すやら七顛八倒しってんばっとう大苦おおくるしみ、一時は殆どこれ切りになるかと思った。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
すこし大きくなってから、夜半よなかに祖母におこされて、おきゅうを毎夜すえてあげる役目をもった。
市平は夜半よなかの二時頃から起きて旅支度にかかった。長い徒歩の時間が彼をせきたてていた。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
もみの木は、あいかわらず、ふかいためいきのかわりに、パチ、パチいいながら、森のなかの、夏のまひるのことや、星がかがやいている、冬の夜半よなかのことをおもっていました。
そこへ臼田才佐うすださいさと云ふものが来掛かつたので、それをもいざなつて、三人で茶店ちやてんに入つて酒を命じた。三人が夜半よなかまで月を看てゐると、雨が降り出した。それからおの/\別れて家に還つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
夜半よなかの一時頃、留置場の番人が見廻りの際、特に奇怪なる青年として充分注意する様に云い渡されていたので、注意すると、驚くべし、岩見はいつの間にか留置場から姿を消していた。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
彼方此方あっちこっちマゴマゴして、小倉じゅう、宿をさがしたが、何処どこでも泊めない。ヤット一軒泊めてれた所が薄汚ない宿屋で、相宿あいやど同間どうまに人が寝て居る。スルト夜半よなか枕辺まくらもとで小便する音がする。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
夜半よなかの怖さ淋しさというものより、真昼間まひるまの怖さ淋しさは一層物凄いものだという事をしみじみ感じたその時からであった。二十歳の時であった。鈴鹿峠を只一人、歩いて越した事がある。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
だが、いっておくがね、舞踏会には夜半よなかの十二時までしかいられないのだよ。
シンデレラ (新字新仮名) / 水谷まさる(著)
弾条ぜんまいのきしむ音と共に時計が鳴り出した。クララは数を数えないでも丁度夜半よなかである事を知っていた。そして涙を拭いもあえず、静かに床からすべり出た。打合せておいた時刻が来たのだ。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「夢の中の女」「秘密の女」朦朧もうろうとした、現実とも幻覚とも区別の附かない Love adventure の面白さに、私はそれから毎晩のように女のもとに通い、夜半よなかの二時頃迄遊んでは
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
街の図書館は早朝から夜半よなかまで一分の隙もなく満員となりました。
辞書と新聞紙 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
まだ夜半よなかである。外は月夜らしくて、戸の節穴が青白く明かるい。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
(丸太小舍には老の夫婦、夜半よなか頃から鳴きだす蟋蟀。)
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
夜半よなかに彼處から出たのです。
若いお内儀さんが夜半よなかねやをぬけ出して、下女部屋へ忍んで来た仔細はすぐに判った。判ると同時に、お菊は差当りの返事に困った。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この頃は、野良犬みたいに、家の裏口から覗いたり、夜半よなかに、真っ黒な人間が、物干しに屈みこんでいることも、幾度だか知れませんぜ
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども其何であるかは、つひに知る機會なく過ぎた。病人は靜かな男であつたが、折々夜半よなかに看護婦を小さい聲で起してゐた。
変な音 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
昨夜も夜半よなか過ぎまで、何彼と介抱をして居たそうで、あんな評判の良い男はありませんね。一季半期の奉公人に出来ない事ですね
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
午前ごぜんなどと文化ぶんくわがつたり、あさがつたりしてはられない。ごろではまだ夜半よなかではないか。南洋なんやうから土人どじんても、夜中よなか見物けんぶつ出來できるものか。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いつも枕に頭をつけるとすぐ眠る習慣なので、昨夜もそのまま眠つてしまいましたが、夜半よなかにふと目がさめました。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)