こた)” の例文
その島は夷岐戸島いきどじまと名づけられて、嵐のあと、空気の冷たく身にこたえるころには、落日の縞を浴びて、毛多加良島からも遠望された。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
『鰍?』と敬之進は舌なめずりして、『鰍、結構——それに、油汁と来てはこたへられない。斯ういふ晩は暖い物に限りますからね。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
駆け出した、とても歩いたりしてはをられなかつたから——砂が猛々しくけてゐて誰にも到底素足では踏みこたへられなかつた。
熱い砂の上 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
丁度私がナスから一人かえるときグズついたようにグズつき一寸の淋しさなど身にこたえるのであろうとわかり、心がしずまった。
それでも、どうにか斯うにか次ぎの停車場まで持ちこたえて、這々ほう/\ていでプラットフォームから改札口へ歩いて行く自分の姿の哀れさみじめさ。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし斬られないその先に、老人はユラユラと左へ傾き、そこでしばらく持ちこたえていたが、精気全く尽きたと見え、前のめりに地に仆れた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
押借りもようといふたちで、丁度幕末の悪侍わるざむらひといふのだが、度胸だけはうんこたへたところのある始末にいかぬ奴だつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
いくらおつさんが口説いてもいふ事をきかないと云ふけれど、それも何時迄持こたへるかわからない。萬一暴力に訴へたら、それつきりではないか。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
やがて床につかえる。樽を並べて戸板を敷いて居ても、もう其の内水はどんどん押して来て、家の内ではこたえ切れぬ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
負け惜しみを言うわけではないが、あれは、僕だからこそ踏みこたえる事が出来たのだ。他の人だったら、必ずあの場合、何か罪を犯したに違いない。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
Aは実際は、それ程水練に熟練していなかったので、間もなく手足に水の冷たさがこたえた。そして、だんだん草臥れて、息が乱れて来るのがわかった。
両肩の上に置いた其の女の柔い掌のこたえ、そして、かつてカテリイヌを新吉が抱えたときのあの華やかな圧迫。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「あア、あア、」とやがて平手ひらてで左の肩をたたきながら、「何しろ流動物ばかりだから、腹にこたえがなくてつかれる。カラキシ意気地がなくなッちゃった。」
その夜は雪山の間の巌の中に泊り、その翌十九日もまた同じような道を西北に進みターシンラという大きな雪山の坂に懸りましたが何分にも寒くてこたえられない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
こう云われれば胸に釘で、用人もぎっくりこたえます。承知の上で屋敷へ帰って、平吉には因果をふくめて暇を出すと、門の外には幸次郎が待っていて、すぐ御用……
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
矢っ張り先方の方が強い。投げ出すどころか、捩じ倒されて、二つ撲られた。しかし直ぐ起き直って、又取っ組んだ。又捩じ倒されそうになったが、わずかに持ちこたえた。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
恐らく最初の結婚で、男と云うものの醜くさを散々あじわわされた為、それが又純真なきずつやすい娘時代で一段とこたえたと見え、いやしがたい男ぎらいになってしまったのでしょう。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平常ふだんならそれなりに嫣然にっこりして他愛なくなるんですが、此の頃は優しくされるにつけて一層悲しさが増してまいり、溜息ついて苦労するのが伊之吉の身にも犇々ひし/\こたえます。
いちじくと言われたので、僕はまた国府津の二階住いを冷かされたように胸にこたえた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
兵部大輔にとつても、此だけは他事ひとごとではなかつた。おなじ大伴幾流の中から、四代続いて氏上職を持ちこたへたのも、第一は宮廷の思召しもあるが世の中のよせが重かつたからだ。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
地獄の針の山を、痒がる土根性どこんじょうじゃ。茨の鞭ではこたえまい。よい事を申したな、別に御罰ごばつの当てようがある。何よりも先ず、その、世に浅ましい、鬼畜のありさまを見しょう。見よう。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんなことでおしまひですね、——尤も、殺された孫三郎は飛んだ道樂者で、叶屋へ泊ると四宿しじゆくの遊びはこたへられねえ——と言つて、毎晩拔け出しては、新宿へ遊びに行つたんださうで
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
面長の美人であるが、蒼白で、痩せ衰へて、この年齢まで持ちこたへてきた花やかさがあわただしげに失せやうとし、日毎に老ひ込むやうであつた。陰鬱な日は、顳顬こめかみに大きな膏薬を貼つてゐた。
「まったく。小柳が客止めになるわけでげすよ。当時まったくこたえられやせんからな。それに今日は松鯉の越後伝吉がとんだ好い。極めつけのおせんの駕訴で手に汗を握らせやしたしなあ」
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
しか宗助そうすけ興味きようみたない叔父をぢところへ、不精無精ふしやうぶしやうにせよ、ときたま出掛でかけてくのは、たん叔父をぢをひ血屬けつぞく關係くわんけいを、世間並せけんなみこたへるための義務心ぎむしんからではなくつて、いつか機會きくわいがあつたら
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
道は矮草帯わいそうたいへぬけ、さらに裸の砂と岩地にかかった。秀之進はずんずん登ってゆく。休みなしである。足どりはゆっくりしているがさすがにこたえるので、大助の饒舌じょうぜつもだんだん途切れだした。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「それが一番身にこたえるんだけれども、もうそんな事を言ってはおられなくなってしまったのよ。子供の事を思うと空おそろしくなるけれど、私とても、とても勝てなくなってしまったの。」
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
よし来たとその綱を引張る。所が握飯にぎりめしくわせる、酒を飲ませる。如何どうこたえられぬ面白い話だ。散々酒を飲み握飯をくって八時頃にもなりましたろう。れから一同塾にかえった。所がマダ焼けて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
こたえられねえぞ。畜生っ、こう、突いたら何うする」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
可笑おかしく成る時には、アハハ、アハハ、独りでもうこたえられないほど笑って、そんなに可笑しがって被入いらっしゃるかと思うと、今度は又
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
叔父おじにさえあさましき難題なんだい云いかけらるゝ世の中に赤の他人でこれほどのなさけ、胸にこたえてぞっとする程うれし悲しく、せ返りながら、きっと思いかえして
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そう茅野雄にたしなめられて、かつは鋭く睨められたが、根が浮世を目八分に見ている、身分不詳の弦四郎には、こたえるところが少なかったらしい。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しばらく持ちこたえてはいたが、その後いろいろな事業に手を出した末が、地所ぐるみ人に取られた。その前に先祖から伝えられていた金も道具もくしていた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
怪我の少い身構えの法をさえ持ちこたえることができず、わば手放しで、節度のない恋をした。
ダス・ゲマイネ (新字新仮名) / 太宰治(著)
去年の秋頃からお前さんのからだは餘ほど弱つてゐるところへ、今年の餘寒が身にこたへたのだから、だん/\に時候が好くなつて、花でも咲くやうになれば、自然に癒る。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
染之助の舞台姿に別れる私の悲しさが、段々私の小さい胸に、ひしひしとこたえて来る頃でした。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
幸いに杖があったものですからその杖で踏みこたえた訳ですがさて進むことが出来ない。後に引き返そうとしますと大分向うへれ落ちて居るのでどうも後に帰ることが出来ない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「何が暢気だろう、このくらい暢気でない事はない。小使と私と二人口でさえ、今の月謝の収入じゃ苦しい処へ、貴女方親子を背負しょい込むんだ。静岡は六升代でも痩腕にゃこたえまさ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヨロヨロとなって、危く踏みこたえた俥夫は、また二言三言悪口を吐いた。客も「何が出来るものか!」というように、負けずに愚弄するのを見ると、庸之助の病的な憤怒が絶頂に達した。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
兵部大輔にとっても、此はもう、他事ひとごとではなかった。おなじ大伴幾流の中から、四代続いて氏上職を持ちこたえたのも、第一は宮廷の御恩徳もあるが、世の中のよせが重かったからである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
いやもうわしは酒は飲まず、ほかたのしみも無いので、まア甘い物でも食い、茶の一杯も飲むくらいが何よりの楽み、それに私はまア此の疝気せんきが有るので、疝気を揉まれる心持はこたえられぬて
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかし宗助が興味をたない叔父の所へ、不精無精ふしょうぶしょうにせよ、時たま出掛けて行くのは、単に叔父おいの血属関係を、世間並に持ちこたえるための義務心からではなくって、いつか機会があったら
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
衰弱した身體には隨分こたへるのである。
つまり彼奴きゃつのトンマぶりを、そっくり芝居に仕組んだあげく、彼奴きゃつの眼の前にブラ下げたって訳さ。胸にこたえる五寸釘! そいつがこれだ。『名人地獄』だ!
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
グッと踏みこたえる力がなくて、毎日のように友人を代りばんこに尋ねて、同じ愚痴を繰り返して、安価のお座なりの同情で、やっと淋しさをまぎらして居るような河野の態度も
神の如く弱し (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あの男の御世辞と来たら、こたえられないようなことを言うが……しかし、正直な男サ」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
思わず、崖へころがりますと、形代かたしろの釘でございましょう、針の山の土が、ずぶずぶと、このちちへ……わきの下へもささりましたが、ええ、痛いのなら、うずくのなら、骨が裂けてもこたえます。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その曲者も中々こたえた奴で、わっち一太刀ひとたちあびせやがった、やられたなと思ったが、幸いに仕事の帰りで、左官道具をどっさり麻布さいみの袋に入れて背負しょっていたので、塩梅あんばいに切られなかった
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
総軍はこれを聞いてウンと腹の中にこたえが出来た。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
重荷は持ちこたえがたく、眼前の利益に離れ候次第、難渋言語に絶し候儀に御座候。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)