)” の例文
寒気は朝よりもひとしほ厳しくなつたが、そのかはり、靴の下できしてた雪の音が半露里もさきまで聞えるほど物静かな夜である。
音も月もてついた深夜のまち、湯島切通しの坂を掛声もなく上って行く四手駕籠一梃、見えがくれに後を慕って黒い影がけていた。
枯つ葉一つがさつか無え桑畑の上に屏風びやうぶたててよ、その桑の枝をつかんだひはも、寒さに咽喉のどを痛めたのか、声も立て無えやうなかただ。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひっそりと寝しずまった町に寒さもてついたようで、下駄の音が高くひびいた。扶佐子は茂緒によりそって、その手をにぎりながら
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
このあいだまで青かったはずの芋の葉は数日来の霜にててすっかりうだったようになったのが一つ一つ丁寧に結び束ねてあった。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
遮る樹立のたてもあらず、霜夜にてたもののごとく、山路へぬっくと立留まった、その一団の霧の中に、カラカラと鐸が鳴ったが
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しゅんと、てついたように家の内がひっそりしていた。小島の小母さんの声がひそひそ聞え、四つの浜子がシュクシュク泣いている。
葉の落ちつくしたくぬぎの林が、東から南にかけて、晴れた空にてついている。日の出がせまって、雲が金色に燃えあがっていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
てた手はふところの中のぬくみをなつかしく感じた。弁当は食う気がしないで、切り株の上からそのまま取って腰にぶらさげた。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
風はないがひどくてる夕方だった。寒いからであろう、背中でしきりに子供がぐずった、しかしおせんはあやすことも忘れた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
木立こだちおとててれますし、うみみずは、いつのまにか、うごかなくとぎすましたてつのようにこおってしまったのであります。
黒い人と赤いそり (新字新仮名) / 小川未明(著)
沈々と更け行くてついた雪の街上を駈け抜ける人の跫音あしおと、金切り声で泣き叫ぶ声、戸外からは容易ならぬ気色けしきを伝えてくる。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その表情の中には大人のような固い、皮のある微笑ほほえみがてついて見えた。姉はそれをまじまじ珍らしいもののように眺めた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
てついた道に私たちの下駄を踏み鳴らす音が、両側の大戸をめきった土蔵造りの建物にカランコロンとびっくりするようなこだまかえした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼等少年軍の多くは足駄を穿いておりました。てついた大地をその足駄穿きで、カランコロンと蹴りながら歩いていました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この作者につて自分は初めて未来の世界を見ることが出来、明日の詩を聞くことが出来た。自分達の周囲は今すべて附いてしまつてゐる。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
地上にてついた二人の影と、低くしずかに余韻を響かせている鉄の扉の軋音あつおんと、——いつの間にか、その音は、車匿の歔欷きょきに変わっていた。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
風に吹きつけられた雪が、窓硝子まどガラスを押し破りそうに積りかかっていた。谷間の泉から湧き出る水は、その周囲にてついて、氷の岩が出来ていた。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
なおかつてた馬鈴薯だけで命をつないでいる人たちから俸給をもらい、なおかつ私が仁愛に富むか否かを論ずる資格があると自惚れているのだ。
(新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
否、外のてつくやうな嵐——吠え猛ける暗黒——の中から、かけがねはづして這入つて來て、私に前に立つたのは、セント・ジョン・リヴァズだつた。
てつくような寒い朝、刑吏はカテリーナ・リヴォーヴナのむき出しになった白い背中の上に、定めの数だけの青むらさきのミミズ腫れをしるしづけ
こうした無駄話の塀外も冷々と夜が更けて、八五郎と浪人者の影法師が長々とてつく往来の上へ引いて居ります。
たゞてのひどふゆなどには以前いぜんからの持病ぢびやうである疝氣せんきでどうかするとこしがきや/\といたむこともあつたが
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
草原の牝狼が、白けた冬の月の下で飢に惱みながら一晩中てた土の上を歩き廻る辛さを語ることもある。
狐憑 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
飢えさせられ、てつかされ、呪われたものの呵責をこうむりながら、どうして生きていかれるのだろう。
新西遊記 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
声のする方を眼でもとめて、私はふかぶかと雪をかぶつた松の小枝に、てついたやうな二羽の雀を見た。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
無生物である人形の歩み——まさに、魂の底までもてつけるような驚愕おどろきだった。しかし、当然そうなると、人形のかたわらにある何者かを想像しなくてはならない。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その風景は寒くててついていたが、どこかにまだギラギラと燃える海や青野のもだえを潜めているようで、ふとまぶしく強烈なものが、すぐ足もとにも感じられた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
通りみちは、どこを見ても、皆窓の戸をして寝ているかと思ううちばかりで、北風に白くさらされた路のそこここに、てついたような子守こもりや子供の影が、ちらほら見えた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
皎々こうこうと月のさえた夜だったが、寒さははげしかった。わたしたちの駅伝馬車は、てついた大地を矢のように走った。馭者ぎょしゃはたえずむちを打ちならし、馬はしばらく疾駆した。
と、振りあげた右手めては宙に止まり、叫びかけた呪いもくちてついた。というのは、老人の頸を押えた左の手先に、何ともたとえようのない不気味な冷さを感じたからである。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
卓一の方へ背を向けて、火鉢の前へ静かにしやがむと、つめたさのためにてついてしまつたやうに、微動もしなくなつてゐた。泣いてゐるのではあるまいかと卓一は思つた。
私の頭も手足も正面まともに月の光りに照らされててついた様にそこのそこまで白く見える。
秋霧 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ひとしきり風が出たと見えて、庭の松の木から落ちるらしいてた、雪の音がした。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
縁端えんばたにずらり並んだ数十の裸形らぎょうは、その一人が低く歌い出すと、他が高らかに和して、鬱勃うつぼつたる力を見せる革命歌が、大きな波動を描いてでついた朝の空気を裂きつつ、高くねつつ
(新字新仮名) / 徳永直(著)
あるいはかれらの鉄の駒がてついてうごかなくなるときにのみ眠るのである。
六七年も、洋服を着て暖かい日向ひなたを選み/\坊ちゃん嬢ちゃんの草花いじりの相手をしてなまってしまったこの身体が、どうして再びあの吹きさらしとつちの世界へ、苦痛に噛まれに戻れよう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
次から次へと小さな家々とてついた窓ガラスと雪とがつづき、人気ひとけはさっぱりなかった。——とうとうこのしつっこい通りから身体を引きちぎるようにして離れ、狭い小路へと入っていった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
しかしその憎悪が恋、気ちがいじみた恋と、間一髪をいれないものだった! おれは窓に近寄って、てたガラスに額を押し当てた。氷がまるで火かなんぞのように額を焼いたのを覚えている。
夜になると街のアスファルトは鉛筆で光らせたようにてはじめた。そんな夜をたかしは自分の静かな町から銀座へ出かけて行った。そこでは華ばなしいクリスマスや歳末の売出しがはじまっていた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
路地の溝板がカチカチにてて、月が青い冷たい光を投げていた。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
いままでてついてゐたやうな頑固な手もほんのりと赤味をさし
父母とぽつりぽつりとひろふ飯のててかたけば茶をかけて見つ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
地べたは硝子ガラスをはりつめたようにてついていた。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
大地も木の葉もはげしい霜にてはてている。
列車の窓に花のごとてしをむる
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
てゝ空にかゝるといふのみぞ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ものゝすべてがてついていた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
てつきて 心もあらず
時をり村道を、柴や薪をつんだ荷馬車が通つてゆくのが眼についた。大地はいよいよ固くなり、ところどころにてが染みとほつた。