伝馬てんま)” の例文
旧字:傳馬
小倉は肉やねぎなどをつつきながら、頭はもやいっ放しの伝馬てんまのことと、三上対船長との未解決のままの問題との方へばかり向いていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
私の生れたうまや新道、または、小伝馬町こでんまちょう大伝馬おおでんま町、馬喰ばくろ町、鞍掛橋くらかけばし旅籠はたご町などは、旧江戸宿しゅく伝馬てんま駅送に関係がある名です。
かしましく電車や自動車の通っているのを余所よそに、一艘いっそう伝馬てんまがねぎの束ねたのや、大根の白いのや、漬菜の青いなどをせて
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかもなお、北陸の賓客、佐々成政は、まだ何も知らない様子で——迎えの人数伝馬てんまを従えて、やがて浜松城へはいって来た。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船は川下から、一二そうずつ、引き潮の川を上って来る。大抵は伝馬てんま帆木綿ほもめんの天井を張って、そのまわりに紅白のだんだらの幕をさげている。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのとき人殺し兇状で、伝馬てんま町のろうに入れられている亭主のことも話したのだろう、六十日ほど経つ今日まで、ずいぶん親切にしてもらった。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
伝馬てんまで旅をするなんて洒落しゃれたことは、これが初めてでしょう。まして行先は、名にし負う美濃の国、不破ふわこおり、関ヶ原——
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見ると、入江の中には五十トン位に見える伝馬てんまの親方みたいな帆かけ船がつないであり、外にも、汚い小舟が二三見えたが、人間は一人もいなかった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
海から細く入江になっていて、伝馬てんまはしけがひしひしとへさきを並べた。小揚人足こあげにんそくが賑かなふしを合せて、船から米俵のような物を河岸倉かしぐらへ運びこんでいる。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
煙突の脇へ子供を負った婆さんとおばさんとが欄干にもたれて立って、伝馬てんまの船底から山を見ている顔が淋しそうな。
高知がえり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
の音をゆるやかにきしらせながら大船の伝馬てんまをこいで行く男は、澄んだ声で船歌を流す。僕はこの時、少年こどもごころにも言い知られぬ悲哀かなしみを感じた。
少年の悲哀 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ちょうど千葉街道かいどうに通じたところで水の流れがあり、上潮の時は青い水が漫々と差して来た。伝馬てんまいかだ、水上警察の舟などが絶えずき来していた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
安政六年己未きび 五月、江戸に檻送かんそうせらる。七月、江戸伝馬てんま町の獄に下る。十月二十日、永訣えいけつ書を作る。二十六日、『留魂録』成る。二十七日、刑にく。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
同じ夜、子刻ここのつ(十二時)過ぎ、永代えいたいのあたりからぎ上がった伝馬てんまが一そう、浜町河岸に来ると、船頭がともを外して、十文字に二度、三度と振りました。
火を燃やしながら美しい紙船が、雁木がんぎを離れて沖の方へ出ていた。港には古風な伝馬てんま船が密集している。そのあいだを火の紙船が月のように流れて行った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
小さな渡し船は、川幅よりも長そうな荷足りや伝馬てんまが、幾艘いくそうも縦にならんでいる間を縫いながら、二た竿さお三竿ばかりちょろちょろと水底みなそこいて往復して居た。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
急がせながら河岸かしに沿って曲がりばなをひょいと見ると、乗せてきての帰りか、だれかを待っているのか、いいぐあいにも目についたのは一艘いっそう伝馬てんまでした。
「おうい、急げ、急げ。大村組の伝馬てんま船は、もう、漕ぎだしとるぞう。出遅れたぞう。……急げえ、走れえ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
船「おかが近けりゃア伝馬てんまへ積んで陸へうめるだが、何処どこだか知んねえ海中じゃア石ウ付けて海へ打投ぶっぽり込むだ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
きょうは朝から日本晴れという日和ひよりであったので、品川の海には潮干狩の伝馬てんま荷足船にたりぶねがおびただしく漕ぎ出した。なかには屋根船で乗り込んでくるのもあった。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし艇はいつもの通りゆるやかに滑り出す。そして窪田の命令で珍しく小松宮別邸の下で小休みをした。その時傍を過ぎた伝馬てんまの船頭が急に何か見つけて騒ぎ出した。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
帆懸舟ほかけぶねが一せき塔の下を行く。風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所にとまっているようである。伝馬てんまの大きいのが二そうのぼって来る。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さればや一そう伝馬てんまきたらざりければ、五分間もとどまらで、船は急進直江津に向えり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして偶然の導きによつて、ステラが夜の泊りにする慣はしである明石橋を入り込んだささやかないりうみに似た水に、しかもよく隣り合はせて夜をねむる一隻の名もない古びた伝馬てんま船があつた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
郷里の方から東京へ出て来たばかりの節子も姉に連れられて来ている。白い扇子をパチパチ言わせながら、「世が世なら伝馬てんま一艘いっそうも借りて押出すのになあ」と嘆息するおいの太一が居る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
迎えのモオタアボートが伝馬てんまを引っ張って来て辛うじてロップを投げる。ブリッジが激しく上下する。凄まじいブリュブラックの波のくぼみ、その凹みの底にひたと吸いついた欄干てすりの眼、眼、眼。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
石崖の伝馬てんまにあつまる
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
伝馬てんまっ」
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
大きな河は伝馬てんまやら帆やら小蒸気やらをその水面にせてたぷ/\として流れてゐる。の声が静かに日中の晴れた水に響いた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
かつての月卿雲客げっけいうんかくも、人違いするばかりなやつれ方やらごろものまま、怪しげな竹籠たけかご伝馬てんま板輿いたごしなどで、七条を東へ、河原のぼりに入洛じゅらくして来た。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ついでに三上の伝馬てんま事件も告発するつもりである」ことを、彼は告げた。だから、「会社へ帰ったら、秘書課長へその由を伝えて置いてもらいたい」
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
荷を伝馬てんまへ移すときに、荷役の者が注意するのを聞きました、——この箱は銃だ、こっちは弾薬だから気をつけろ、そう云っているのをはっきり聞いたんです
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こざっぱりとした伝馬てんまが一艘やはりつながれてあって、六十がらみの日にやけた船頭が、ぷかりぷかりとのどかになた豆ギセルから紫の煙を吐いているのです。
最後に川の上を通る船も今では小蒸汽こじようき達磨船だるまぶねである。五大力ごだいりき高瀬船たかせぶね伝馬てんま荷足にたり田船たぶねなどといふ大小の和船も何時いつにか流転るてんの力に押し流されたのであらう。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのとき自分の船より一と足先に岸へぎ寄せた伝馬てんまが、炭俵と米俵を二十五六俵おかへ揚げて、サッサと大川を漕ぎ戻ったのを見ていると、足元の石垣の上に、牙彫のまるいものが一つ
「そんなら誰か伝馬てんまを押せやい、勝、お松さんをおかまで連れてって上げろ」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「世が世なら、伝馬てんまの一艘も買切って押出すのにナア」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
くさりのむせび、帆のうなり、伝馬てんまのさけび
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ボートデッキで綱の操作をしている二人の水夫も、伝馬てんまの中にあって、しっかり、鉤のはずれないように握った、波田も字義どおりに「一生懸命」であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
伝馬てんまッ、伝馬ッ。やい! そこの伝馬ッ。何をまごまごしてるんだッ。早くこっちへつけねえかッ」
モウタアを仕かけたその小さな伝馬てんまは、すぐその向うのところに来てタプタプと波に浮かんでゐた。
モウタアの輪 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
「いえ、それはもう、先へ行った伝馬てんまの者がたずさえてゆきましたから手前は持っておりません」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日は竪川たてかわ伝馬てんまが詰っちまってな、高橋たかばしまで五時間もかかっちまっただよ。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
五大力、高瀬船、伝馬てんま荷足にたり、田舟などという大小の和船も、何時の間にか流転の力に押し流されたのであろう。僕はO君と話しながら「沅湘日夜東に流れて去る」という支那人の詩を思い出した。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
揚屋町あげやまちとほり伝馬てんまかついではしるなんて
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
くような筋じゃない。何処の者かしらと思って、今、その男の脱いで行った合羽を見たら、裏に伝馬てんま役所と黒印がしてあるじゃないか。ホホホホ、伝馬の牢番か何からしいんだよ』
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日は竪川たてかわ伝馬てんまが詰っちまってな、高橋たかばしまで五時間もかかっちまっただよ。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
車輪になって伝六が見つけてきた二丁艫にちょうろ伝馬てんまに飛び乗ると
大川のほうに伝馬てんまが三そうある、病人と女を先に、順を守って出ろ、と言葉をむすんだ。人足たちのあいだから、驚きとも恐怖ともつかないどよめきが起こり、かれらは浮足だって崩れだした。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わずかな日のあいだに、武士の多くは河原で首切られ、僧や公卿は、伝馬てんまの背やら箱輿はこごしで、続々、遠流おんるになって行ったのだった。多い日には、二つも三つもの流されびとを都の庶民は目撃していた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)