人事ひとごと)” の例文
といふと人事ひとごとのやうに聞えるが、サア・オルコツクの住んでゐた品川しながは東禅寺とうぜんじにも浪士が斬り込んで、何人かの死傷を生じた事件もある。
日本の女 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日というものがこんなにく橘に人事ひとごとでなく存在していることが、大きな広いところにつき抜けて出た感じであった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
こういいいい体温器を入れられた時は、私は思わず、人事ひとごとながら悚然ぞっとした、お庇で五分その時は熱が上ったですよ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるで人事ひとごとのような官兵衛の顔つきだった。そんな問題よりは、蜂に食われた瞼のほうが重大らしく、眉と眼のあいだを、しきりと指の腹でいていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうね。金さんは元から熱湯好あつゆずきだったね。だけど、酔ってる時だけは気をおつけよ、人事ひとごとじゃないんだよ」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
肉体の病気をなおしてやって、新生の希望を持たせ、それから精神の教化などとそんな廻りくどい権謀けんぼうみたいな遠略は一さい不要なのです。人事ひとごとではない。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おゑんや梅川が金故に苦勞するのが人事ひとごとではないやうに思はれ、何かは知らず眼には一杯涙が溜つて來た。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
人事ひとごと我事わがこと分別ふんべつをいふはまだはやし、おさなごゝろまへはなのみはしるく、もちまへのけじ氣性ぎせう勝手かつてまわりてくものやうなかたちをこしらへぬ、氣違きちが街道かいだうぼけみち
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
人事ひとごとで無い。お勢も悪るかッたが、文三もよろしく無かッた。「人の頭のはえうよりは先ず我頭のを逐え」——聞旧ききふるしたことわざも今は耳新しく身にみて聞かれる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
自分などの専門の○界における役割もざっとこれに似たもののような気がしてそれらの「通行人、大ぜい」諸君の心持を人事ひとごとならず色々と想像してみるのであった。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さうしてこれはただ人事ひとごとではないのでした。私達わたしたちはよくみづかかへりみ、自らよく考へなければなりませぬ。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
自分も今朝からああなるんだなと、ふと気がついて見ると、人事ひとごととは思われないほど、むこうへ行く手拭てぬぐいの影——雨にれた手拭の影がなさけなかった。すると雨の間からまた古帽子が出て来た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は実に嬉い! 今夜のやうに感じた事は有りません。私はこの通泣いてゐる——涙が出るほど嬉いのです。私は人事ひとごととは思はん、人事とは思はん訳が有るので、別して深く感じたのです
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
おんなこじきは、そのことを人事ひとごとおもわず、みみをかたむけて、いていましたが
空にわく金色の雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
母親は齲歯むしば痛痒いたがゆく腐ったような肉を吸いながら、人事ひとごとのように聞いていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
折節おりふしに聞く浄瑠璃じょうるり一節ひとふしにも人事ひとごとならぬ暗涙を催す事が度々であった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
調所は、立ったままで、平然として、人事ひとごとのように、朗らかであった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
踊りつつ夜明に及ぶカバレエも人事ひとごととして見て遊ぶわれ
好人物のK氏は、人事ひとごとでないという調子で答えた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まさ驪山りさんつて陛下へいか相抱あひいだくべき豊肥妖艶ほうひえうえんひとそのをとこたいする取廻とりまはしのやさしさ、へだてなさ、親切しんせつさに、人事ひとごとながらうれしくて、おもはずなみだながれたのぢや。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そういう種類の記事を読んでいて、人事ひとごとながらもひとりで顔の赤くなる場合がありはしないか。
一つの思考実験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あんまり冥利めうりがよくあるまいとへば御親切ごしんせつありがたう、御異見ごゐけんうけたまはおきましてわたしはどうもんなやつむしかないから、ゑんとあきらめてくださいと人事ひとごとのやうにいへば
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
不愍ふびんや、あわれや、他人でも人事ひとごととは思えぬに、常磐の前は一体どこにいるのか、生きてはおらぬのか、生きているなら母御を見殺しにもすまいに——などと、都の噂は寄ればさわればじゃ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その男に対する取廻しの優しさ、へだてなさ、深切しんせつさに、人事ひとごとながらうれしくて、思わず涙が流れたのじゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、尼は、人事ひとごとみたいにいう。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わきかへるなみだ人事ひとごとにして御不憫おいとしぢやうさま此程このほどよりのおわづらひのもとはとはゞなにゆゑならず柔和おとなしき御生質たちとてくちへとてはたまはぬほどなほさらにいとほしおこゝろ中々なか/\ふやうなものにはあらずこのふみ御覽ごらんぜばおわかりになるべけれど御前おまへさま無情つれなき返事へんじもしあそばされなばのまゝに居給ゐたまふまじき御决心ごけつしんぞと
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
人事ひとごととは思わないで、それをまた親の敵ほどにしゃくに障らしたお前も私あ嬉しい。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すこ氣障きざだが、色氣いろけがあるのか、人事ひとごとながら、わたしぢた。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
人事ひとごとながら、主税は白面にこうを潮して
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)