不味まず)” の例文
が、それを持って来て、こっそりその日の夕飯後に供すると、良人、二口三くち食べたかと思うと、たちまち不味まずそうにさじを捨てて
字で書いた漫画 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
それでも料理屋へって高価な不味まずいものを食べたり、飲酒会さけのみかいへ往って高い割前を取られるよりもはるかに廉く上って家内一同で楽しめる。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「世話って、ただ不味まずさいこしらえて、三度ずつへやへ運んでくれるだけだよ」と安井は移り立てからこの細君の悪口をいていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
男も一息に、しかし幾らかゆっくり加減にり、不味まずそうに手の甲でくちを拭いて、何か考え事でもするように、洋酒コップの底をいじくりながら
しかし私の手蹟じゃ不味まずいから長州の松岡勇記まつおかゆうきと云う男が御家流おいえりゅうで女の手にまぎらわしく書いて、ソレカラ玄関の取次とりつぎをする書生に云含いいふくめて
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
いつも、かあさんのこしらえるのは、そう不味まずかないけど……。でも、こんな具合にはいかないや。クリームを倹約するからだよ、きっと。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「美味い」ということは、良質のものにのみいえることであって、食べてみて不味まずいうなぎをよいうなぎとはいわないだろう。
鰻の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
昼飯の時も、黙って給仕をして、黙って不味まずッぽらしく箸を取った。新吉がふいと起ってしまうと、何ということなし、ただ涙が出て来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こんな不合理なはなしはないだろう、しかも米食だとどうしても副食物の味付けが濃くなる、塩とか味噌醤油などを利かさないと飯が不味まず
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ガツガツと食う形の癖に、不味まずそうな、食欲がないので、無理やり食っているといった感じを一方で出していた。たちまち茶碗をからにすると
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「黄金いまきょいでず——その中に五千両なかったら、——八、どうしよう、首をやるのは痛いが、不味まずい酒ぐらいは買うぜ」
日本人にとって、バタは極めて不味まずいので、彼等は菓子にせよ何にせよ、バタを入れてつくった食品を食うことが出来ない。
「近来書く物がひどく不味まずい。本来名文家じゃあ無いんだがそれでも三ヶ月前までは、活気のある文章が書けたのに。君一体どうしたんだい?」
人を呪わば (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
銭さえあれば仏蘭西の監獄はさほど苦しくない。当てがいの食物が足りなくても不味まずくても差入物屋から取りさえすれば相当な贅沢ぜいたくが出来ます。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そうすると後で叔父さんにむかって、源三はほんとに可愛かわいい児ですよ、わたしが血の道で口が不味まずくっておまんまが食べられないって云いましたらネ
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
第一下宿の飯が不味まずくなるから、時々滋養分をらないと頭がわるくなるおそれがある。フレッチャー式なぞを遣ったら落第するにきまっている。
「なに、なんの用できたね」ケルミッシュが空咳からぜきをした。見るとなんだか、不味まずいものがいっぱい詰まったような顔だ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
煙草は乾いた口に不味まずかった。いがらっぽく、すぐに吸口が唇にりつく。川から吹いて来る風は、泥のにおいがした。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
男の気の早いのや息子でも居るとつい云わずともい事まで云い、「ひやかし」の一つも云う様になってますます両方の間が不味まずくなるのであろう。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
死んだ鳥の肉は不味まずかった。自分だけの身を考えて、あわててそんな死肉で腹をふくらましてしまった伊織は後悔した。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「うちの阿母は?」と、彼は、思はず呟いで、同じやうな不味まずさを覚えた。その時彼は、周子とその母の眼が、不気味に光つたのを感じてヒヤリとした。
鏡地獄 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
新子も、十二時近くに起きたのでは、朝食がひどく不味まずい。味気ない気持で、食卓で朝刊をひろげると、ラジオの昼間演芸が、今日は新協の放送である。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
だが荘子はまたそれに重ねて笑う気持にもなれず、相変らず不味まずそうにもそりもそり夜食のはしを動かして居る。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その時お寺で素麪そうめんが煮てあったんです。それから、「これは不味まずい物ですけれど」ってその梵妻だいこくが持って来たんです。そうしてそれをその死人しにんの前へ出した。
□本居士 (新字新仮名) / 本田親二(著)
原稿料を手に入れた時だけ、急に下宿の飯を不味まずがって、晩飯には近所の西洋料理店レストーラントへ行き、髭の先に麦酒ビヤーの泡を着けて、万丈の気燄きえんを吐いていたのだから
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
俺は二進にっち三進さっちもいかぬところへ落ち込んで藻掻いていたが、こういう不味まずい始末になったのは、あの時、手ぬるい扱いでやめてしまったからだと気がついた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一瞬、人々の間には気不味まずい沈黙がみなぎった。が、すぐに郵便屋が、堪えかねたように顫える声で叫んだ。
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「エオウ、誰か死ななきゃならねえなら、おいらが死んでやるから、みんな安心していねエ。だがヨ御同役、そ、そんな不景気な面をしてちゃア、酒が不味まずいや」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私もやはり裏町を歩くと、何処どこの杏がうまくて、あそこの林檎が不味まずいということを良く知っていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
文「いや大事ない、ひもじい時に不味まずい物なし、是非一飯売って貰いたい、大分だいぶ身体も暖まって来た」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
不味まずそうに取揃とりそろえられた昼食ひるめしえると、かれ両手りょうてむねんでかんがえながら室内しつないあるはじめる。そのうちに四る。五る、なおかれかんがえながらあるいている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
不味まずい物でも腹一ぱい喰わんで、いつでもひだるい腹を抱えつつ金をめて高利貸をして居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それでね大奮発おおふんぱつで手製なのですって、お手伝いをさせられるものは大弱りだわ。みんながよく食べるかって? ううん、不味まずくっていやだというものが多いから大儲おおもうかりなの。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そしてそれをあたかも具体化したように、私の咽喉はへんにえがらっぽくなり出した。どうもすこし扁桃腺へんとうせんをやられたらしい。そうして砂糖なしのポリッジは大へん不味まずかった。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
(自分は、その時それを、不味まずいとは思いませんでしたし、また、老母の心づくしも身にしみました。自分には、貧しさへの恐怖感はあっても、軽蔑感は、無いつもりでいます)
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
半七も自分のまえに運ばれた膳にむかって、浅草紙のような海苔のりをかけた蕎麦を我慢して食った。そのいかにも不味まずそうな食い方を横目に視て、鳥さしの老人は笑いながら云った。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして決定の付かぬままに、食堂へ行って相変らず一人っきりで、ボソボソと夕食をしたためたのであったが、その夜の食事のなんと殊に、ろうを噛むように不味まずかったことであろうか。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そばのことは知らず、うどんそのものは、東京のが一番不味まずいんじゃないだろうか。
うどんのお化け (新字新仮名) / 古川緑波(著)
その物質生活を退嬰たいえいし得るだけ退嬰せよ、飢えた動物のように如何なる不味まずい物でも取って露命だけをつなげというに等しい施設は愛をも聡明をも欠いた非人道的な施設だと思います。
婦人指導者への抗議 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
三、四町行くとまた一軒の汚い旅人宿、幸いここでは、どじょうの丸煮か何かでようやく昼飯に有付くことが出来た。東京ではとても食われぬ不味まずさであるが、腹が減っているので食うわ食うわ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
或日の夕方の時俺はこの一箇月ばかり食物が実に不味まずいことをつく/″\と考へて見た。海水浴から帰つて来る空腹には旅館最上位の食事が不味いと云ふ筈はないのだ。俺は鏡に向つた。
悪魔の舌 (新字旧仮名) / 村山槐多(著)
マダム丘子のあけすけな言葉に皆はフッと視線をらして冷めたいお茶を啜った。私は青木の顔を偸見ぬすみみると、彼は額に皺を寄せた儘わざと音を立てて不味まずそうにお茶で口をうがいしていた。
此時の印象として割によく残っているのは、体に直接影響を受けた石室の雑沓ざっとう、飯が不味まずいので強飯を食べたこと、甘酒が旨かったことなどで肝心な山の方は極めてぼんやりしています。
登山談義 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
お前が、男世帯をして、いや、菜が不味まずいとか、女中おんなが焼豆腐ばかり食わせるとか愚痴った、と云って、いか、この間持って行った重詰なんざ、妙が独活うどを切って、奥さんが煮たんだ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「でも、そういっても、その女優さんたちがみんな不味まずけりゃァ、これ……」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
たちまち吸殻の林立、もったいないが末の方は不味まずくて吸えぬといわれた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
猪瀬さんは不味まずそうに煙草ばかりすぱすぱやってる。一体俺に何が出来たというんだい。裸でステテコでも踊ってみせればよかったのかね、莫迦々々しい。俺は帰る。(プリプリして出て行く)
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
しかしその絵があまり不味まずいので、写生はかえって彼を自暴やけにするだけであった。彼は重たい足を引きってまたうちへ帰って来た。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お粥を拵えろのといってこれだけの材料を使うけれどもお粥の不味まずいのに玉子の半熟に牛乳をただ飲まさせられては病人もきるからね。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「つまらない話さ」六助は不味まずそうに酒をすすった、「愚にもつかない、他人さまには聞かせられないようなばかげたことさ」
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)