下手しもて)” の例文
軽輩ではあったが、大坂にいて京洛の事情に通じているために、特に列席を許された藤沢恒太郎が、やや下手しもての座から、口を切った。
仇討禁止令 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「水道橋の下手しもて——上水のとひの足に引つ掛つてゐたのを、船頭が見付けて引揚げましたが、もう蟲の息さへもねエ——可哀想に——」
野中教師ゆっくり教壇から降り、下手しもてのガラス戸に寄り添って外をながめる。菊代は学童の机の上に腰をかける。華美な和服の着流し。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ごんはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきり網のかかっているところより下手しもての川の中を目がけて、ぽんぽんなげこみました。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「さうでもないけれど、うち漁場あどは沖やさかい今まであんまり獲れなんだ。長平などは下手しもてやもんで、今までに大分つたれど。」
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
これにてからだを右に倒し、右の偏袒かたはだぬぎたる手を下手しもてに突つ張り、左の手を背後へ廻し、左の足を挙げて、小金吾の右のひじを留め
磯崎たちとわかれてからも、伸子と素子とは暫く午後十時から十一時の人通りの賑やかなモンパルナスを下手しもて通りへ歩いた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
下手しもて空際そらぎわには高圧線の鉄塔が見える。大同電力のダムでかれた河流は百八十尺の高さにその水深を増したというのだ。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それと向い合って、少し下手しもてに、下手といっても床の間があるわけではないが、向って左の方に六尺もある大きな四角なガラス鏡が据えてある
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
新内流しんないながしにて幕あくと女巡査二人下手しもてより出で上手に入る。遊び人斎藤(年廿五、六。顔にきずあり。色白の美男。洋服。)
下手しもてへ十歩ばかり下がった時、こう考えて、やにわに瀬のなかから、牛蒡ごほう抜きに掛かり鮎、囮鮎共に宙へ抜きあげた。
想い出 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
間もなくはいって来た藪原長者は、武士が冠り物を脱がないのを苦々にがにがしそうに睨んだが、それでも下手しもての座に着いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四人は昼の暑さのために葉を巻いていた川柳かわやなぎがだらりと葉を延ばして、ひと呼吸いきつこうとでもしているように思われる処を通って、下手しもての方へ往った。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
下手しもてに涎くりとほかに三人の子供が机にむかっている。いずれも日本風のかつらをかぶって、日本の衣裳を着ています。
米国の松王劇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼はぎくりとして思わず後へ退った。が、あいが離れているので、向うでは気のつくはずもない。そのまま廊下づたいに、音もなく下手しもてへはいって行く。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
その男はきゅうにはなれて、ぴょこんとお辞儀をして、ふらつきながらすぐ下手しもての汚い農家の庭へ入って行った。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
プランスノアの下手しもて以外の道によって進んだならば、プロシア軍は到底砲兵を通すことのできない谷間に出て、ブューローは到着し得なかったであろう。
下手しもての背景は松並木と稲村の点綴てんていでふち取られた山科街道。上手かみてには新らしく掘られた空堀、築きがけの土塀、それを越して檜皮葺ひわだぶきの御影堂の棟が見える。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
老人たちのなかにもダンスに加わる人がおり、主人自身もある相手と組んで、幾組か下手しもてまで踊って行った。
と坂の下手しもてへ廻った者も、機を狙ってさきをそろえ、さっ、颯、颯然! 真っ黒になってなだれかかる——
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かげに小さな小屋がけして、そまが三人停車場改築工事の木材をいて居る。橋の下手しもてには、青石峨々ががたる岬角こうかくが、橋の袂からはすに川の方へ十五六間突出つきでて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
何うも気に成るから振りかえて見ると、其の若い者がバタ/\/\と下手しもての欄干の側へ参り、又片足を踏掛ふんがけて飛び込もうとする様子ゆえ、驚いて引返ひっかえして抱き留め
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さうするうち、渡るべき前方の谿は一めんの氷でうづめられてそれが雨で洗はれてすべすべになつてゐる。下手しもての方は深い谿に続いてひどくあぶないところである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
下手しもてには細かい砂が十坪余りの広さに、水面からは二尺程の高さに堆積し、其上を歩くと昼のぬくもりが未ださめずに残っている、そこに天幕を張ることにした。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
下手しもて海老色えびいろの幕の蔭から、金縁の眼鏡をかけてフロックコオトを着た、年の若い、赤ッつら気障きざ弁士べんしが舞台へ歩いて来て、見物一同へ馬鹿丁寧なお辞儀をした後
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
向うのみね、左右前後にすくすくとあるのが、一ツ一ツくちばしを向け、かしらもたげて、この一落いちらくの別天地、親仁おやじ下手しもてに控え、馬に面してたたずんだ月下の美女の姿を差覗さしのぞくがごとく
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふるくは貞觀年間じようかんねんかんちかくは寶永四年ほうえいよねんにも噴火ふんかして、火口かこう下手しもて堆積たいせきした噴出物ふんしゆつぶつ寶永山ほうえいざん形作かたちづくつた。すなは成長期せいちようきにあつた少女時代しようじよじだい富士ふじ一人ひとり子持こもちになつたわけである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
下手しもてには鰯粕いわしかすの目方をはかる大秤、壁に切り目を入れた即製の身長測定器、胸囲、身長、体重の平均を年齢別に表した大図表、何やら光るニッケル製の医療器械まで出しそろえ
一方の側は高い/\塀が中庭とのへだてをなし、も一方の側は桃の並木が芝生しばふとの境をなしてゐた。下手しもての方には低い垣があつて、それがひつそりした耕地との唯一の境目であつた。
奥の方一面谷の底よりい上りし森のくらやみ、測り知らず年を経たるが、下手しもてようようにこずえ低まり行きて、明月の深夜をかたどりたる空のあお色、すみかがやきて散らぼえるも見ゆ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
芝居の上手かみて下手しもての入口は能楽の切戸きりど臆病口おくびょうぐちともいふ)に似て更に数を増して居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
川には材木を積んだいかだが流れて来たり、よく沈まないことと思うほど盛上げた土船も通ります。下手しもてには吾妻橋あずまばしを通る人が見えます。橋の欄干に立止って見下している人もあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
忠臣蔵が出たとき役々やくやくによって語り手が違い、平右衛門など下手しもてから出て山台やまだいの下で語ったおり、彼女もお仲間に引出されて迷惑そうな顔もせずにこにこして語っていたのを思いだした。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
上手かみて下手しもての両方からダンシング・チームがさっと舞台へ駆け出て来た。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
彼はおどろきをこめて、前へのりだしながら下手しもてを指さした。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
カピューレット長者ちゃうじゃをひチッバルト下手しもてよりる。
「水道橋の下手しもて——上水のといの足に引っ掛っていたのを、船頭が見付けて引揚げましたが、もう虫の息さえもねエ——可哀想に——」
下手しもてのガラス戸から、斜陽がさし込んでいる。上手かみても、ガラス戸。それから、出入口。その外は廊下。廊下のガラス戸から海が見える。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
父と子とはその鉄橋の中ほどで立ちどまると、下手しもて向きの白い欄干らんかんに寄り添って行った。隆太郎りゅうたろうは一所懸命に爪立ち爪立ちした。あごが欄干の上に届かないのだ。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
一つは上手かみてのアンタン大道の方へ、一つは下手しもてのサン・タントアーヌ郭外の方へと、厳重に監視していた。
一町余下手しもてに同じ網があつてそこにも見張して居た。そのまた下手にも斜にだん/\岸に近づいて幾艘かの舟が並んで居た。どの舟にも一二人づつ立つて見張つて居た。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
と、上手かみてより一人の老人、惣菜そうざいの岡田からでも出て来たらしい様子、下手しもてよりも一人の青年出で来たり、門のまえにて双方生き逢い、たがいに挨拶すること宜しくある。
半七捕物帳:10 広重と河獺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
画面の重心を敏感にうけて、その鳥居が幾本かの松の幹より遙に軽くおかれているところも心にくいが、その鳥居の奥下手しもてに、三人ずつ左右二側に居並んでいる従者がある。
あられ笹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
二人の旅人が下手しもてから来て、涼亭の口で村の男とれ違って入って来る。その一人の甲は、こもで包んだかさばった四角なつつみを肩に乗せ、乙は小さな竹篭たけかごを右の手に持っている。
上目黒渋谷境、鈴懸の仮寓、小さいが瀟洒しょうしゃとした茶室造り、下手しもて鬱蒼うっそうたる茂み、上手かみてに冬の駒場野を望む。鈴懸、炬燵こたつをかけて膝を入れながら、甘藷かんしょを剥いて食べている。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
町場の者は稍上手かみての大きい岩のある淵のあたりで、房一たちの組はその下手しもての淵からゆるやかに流れ出た水が、次第に急に流れはじめる一帯の、やはり岸には大きな岩があつて
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
朝、私が、まだ床から出ないうちに幼いアデェルが駈け込んで來て、果樹園の下手しもてにある大きな七葉樹が昨夜の雷にうたれて、半ばはけてとんでしまつたことを話してくれた。
Münster(伽藍)の前に行くと悲しい歌のこえが聞こえているが戸を閉してある。そして僕のような旅人は中に這入れない。為方がないから僕は其処を去って下手しもての方へ下りて行った。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
老「いやそれはしかと分りやせんが、多分下手しもての方へ往ったかと思いやした」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一番上手かみての分を右手に提げて重みを試み、次に一番下手しもての分を試み、終に下手より二番目の首の入りし分を提げて見て首肯うなずき、そのまま提げて花道附際まで来て、左の脇に抱へ、右の手にて桶を押へ