一入ひとしほ)” の例文
御前様おんまへさまには追々おひおひあつさに向ひ候へば、いつも夏まけにて御悩み被成候事なされさふらふこととて、此頃このごろ如何いか御暮おんくら被遊候あそばされさふらふやと、一入ひとしほ御案おんあん申上参まをしあげまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
凄まじい形相ですが、美しさは一入ひとしほで、鉛色に變つた喉から胸へ、紫の斑點はんてんのあるのは、平次が幾度も見てゐる、『岩見いはみ銀山鼠取り』の中毒です。
その方どもは、わけて女子兄弟とては一人のことにて、殊に母早世ゆゑ、成身に隨ひ追々便りなからんと、われらとても一入ひとしほ不便にぞんじ申し候。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何處いづこにも土地とちめづらしき話一つはある物ぞ、いづれ名にしはば、哀れも一入ひとしほ深草の里と覺ゆるに、話して聞かせずや
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
むすめも、白地しろぢ手拭てぬぐひを、一寸ちよいとたゝんで、かみうへせてる、びんいろまさつて、ために一入ひとしほゆかしかつた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今宵は、そなたの心づくしの肴で、酒も一入ひとしほ身にしみるわ。もう早蕨さわらびが、萠え始めたと見えるな。
袈裟の良人 (旧字旧仮名) / 菊池寛(著)
遠州風の濡れ石の上、枯れた芝生の凹みなどに、落葉は一入ひとしほ哀れ深うて、つち湿しめりもにじみ過ぎてる。紅葉して来た。庭の楓も紅葉して来た。紅葉ばかりになつて了うた。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
童の足二つにて、馬の足の用をなせるなり。かゝるものさへ車と車との間に入れば、混雜はまた一入ひとしほになりぬ。われはくさびの如く車の間にはさまりて、後へも先へも行くこと叶はず。
や見し成んと一入ひとしほあはれのいやませしと言つる心の御製なり又芭蕉翁ばせをおうにも「ましらさへ捨子すてご如何いかあきくれ」是や人情にんじやうの赴く處なるらんさて又藤川宿にては夜明てのち所の人々ひと/″\此捨子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かやうな御意で、娘はその時、くれなゐあこめを御褒美に頂きました。所がこの袙を又見やう見真似に、猿が恭しく押頂きましたので、大殿様の御機嫌は、一入ひとしほよろしかつたさうでございます。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それのみではなく、やゝ厚みのものになると、はだえの美しさが一入ひとしほ際立つてくる。静かな起伏や、ゆるやかな渦紋さへその上に漂ふではないか。思はず又手を触れる快よさを抑へることが出来ない。
和紙の教へ (新字旧仮名) / 柳宗悦(著)
一体に、懺悔の歌は、絵解きだけでは物足らなく感ぜられる様になつた為に、自分を見せしめとして、もつとよい生活をするやうに、といふ反省を促す歌が行はれたので、効果も一入ひとしほなのである。
お伽草子の一考察 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
裏の欅山けやきやまもすつかり黄葉して秋もいよ/\更けましたが、ものの哀れは一入ひとしほ吾が家にのみあつまつてゐるやうに感じられます。早稻わせはとつくに刈られて今頃は晩稻おくての收穫時で田圃たんぼは賑つてゐます。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
茂與もよは斯う言つて眉を落すのです。顏がくもると一入ひとしほ美しさが引立つて、不思議な魅力が四方にくんじます。
時頼、さては其方そちが眼にも世は盛りと見えつるよな。盛りに見ゆればこそ、衰へん末の事の一入ひとしほ深く思ひらるゝなれ。弓矢の上に天下を與奪よだつするは武門の慣習ならひ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
其夜そのよかり立去たちさらず、にかはれた飼鳥かひどりのやう、よくなつき、けて民子たみこしたつて、ぜんかたはらはねやすめるやうになると、はじめに生命いのちがけおそろしくおもひしだけ、可愛かはいさは一入ひとしほなり。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それのみ心に懸り候余さふらふあまり、悲き夢などをも見続け候へば、一入ひとしほ御案おんあんじ申上まゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さうさう! 先刻さつき見たときバンドをしてゐたのをスツカリ忘れてゐた。向うでは此方こつちの顔だけを覚えてゐて呉れたのだ。さう思ふと、美奈子は兄妹に対して一入ひとしほなつかしい心が湧いて来た。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
われはふとかうべめぐらしてあたりを見しに、我を距ること數歩の處に、故墳の址あり。むかしドメニカが許に養はれし時、往きて遊びしつかに比ぶれば、大さは倍して荒れたることも一入ひとしほなり。
聞合すれども此方へは來らずとの事故すれば取迯とりにげ相違さうゐなし出入場へ申わけすまずとて早速宿に掛合しに勘兵衞大きに驚き扨々不屆ふとゞきなるやつ四五日御待下さらばたづね出し御返し申さんと申に我等が品にあらず出入先でいりさきあつらへ物故一入ひとしほ難儀なんぎ致すに付早速に御頼み申と云置いひおき彦兵衞は新町へも右の段を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
打蕭うちしをれたる重景が樣を見れば、今更憎む心も出でず、世にときめきし昔に思ひ比べて、哀れは一入ひとしほ深し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
無念のまなじりこそ裂けてをりますが、きざんだやうな眼鼻立ちが恐怖にゆがめられて、物凄さもまた一入ひとしほです。
可哀かあいや我故身形みなりかまはず此寒空このさむそらあはせ一ツ寒き樣子は見せねども此頃は苦勞の故か面痩おもやせも見えて一入ひとしほ不便に思ふなり今宵は何方いづかたへ行しにや最早初更しよや近きにもどねば晝は身なり窶然みすぼらしく金の才覺さいかくにも出歩行あるかれぬ故夜に入て才覺に出行しか女の夜道は不用心ぶようじんもし惡者わるもの出會であはぬか提灯ちやうちんは持ち行しか是と云も皆我が身のある故なり生甲斐いきがひもなき身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
妙に地味な繻子しゆすの帶を狹く締めて、髮形もひどく世帶染みてますが、美しさはかへつて一入ひとしほで、土産物の小風呂敷を、後ろの方へ愼ましく隱して、平次の前へ心持俯向うつむいた姿は、傲慢がうまんで利かん氣で