まさかり)” の例文
そういう殺人ひとごろしをした悪人なら、まさかりを投げて足を斬ったもよいが、でもこれから殺伐なことは、なるべく謹んでしない方がいいねえ。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
南方数十歩には、天工のまさかりで削ったような、極めて堅緻けんちの巨岩が、底知れずの深壑しんがくから、何百尺だかわからなく、屹立きつりつしている。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
「お前、先刻異なことを言ったのう。」と藤吉は溝を出て、「なんだと? お神さんにあのまさかりは持てめえだと? あの鉞たあどの鉞だ?」
そのあとについて、八、九人の足軽あしがると十数名の人夫にんぷたちが、おのや、まさかりや、木槌きづちなどをかついで、なにかザワザワと話しながら歩いてゆく。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼が持っている道具は、一挺の小さいまさかりと二本の小太刀であった。周囲が一尺もある木は、伐り倒すのに四半刻はんどき近くかかった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ほこ——まさかりに似た昔の武器であるが、当時ロシアの巡査の交番所では、これを傍らに立てかけて一種の標章としていたのである。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
まさかりを手にし、鉄の面と鉄のくつと鉄の手袋をつけ、一つは黄色の馬飾りを施し、一つは藍色あいいろの馬衣を置いて、互いに相まみえた。
三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃みのの山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、まさかりり殺したことがあった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
敵は馬場隊の目的がなんであるかに気付いたのであろう、城門のあたりへ敵兵がとびだしてきたと思うと、手に手におのまさかりをとって橋を破壊しはじめた。
一人ならじ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昔の刀鍛冶かたなかじが明治維新この方、新しい職を求めてなたまさかり手斧ちょうなというような日常の用具を作るようになりました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それが済むと、空の籠を卓子テーブルの上に逆さにして置いた。彼の手には一ちょうの大きなまさかりが握られた。彼はその鉞をふり上げると、力一ぱい籠の底板に打ち下ろした。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今ここへ駈け込んで来た人は、身のたけおよそ七尺もあろうかと思われるあから顔の大男で、黄牛あめうしの皮鎧に真っ黒な鉄の兜をかぶって、手には大きいまさかりを持っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
岩山の上に出て、命がけで追つたり追はれたりしてるうちに、大きなまさかりを持つて大勢を相手にしてる彼は、次第に息がきれてきて、岩かどにつまづいて倒れました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
その後沈没船から探し出して来たまさかりのこぎりがありますので、その鉞を一番力の強い一郎君が立木の根元にうちつけ、保君が鋸を使い、きり倒した木を湖水に浮かべて
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
普請場にはのみや、手斧てうなや、まさかりや、てんでんの音をたててさしも沈んだ病身ものの胸をときめかせる。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
照明が青く変つて、やがて天井から、巨きな不気味に光るまさかりが降りて来る。それにつれて寝台もだんだん中有に浮いて、つひに紳士のからだは真二つに断ち切られる。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
槍のかわりに草刈り鎌をふるい、ふりかぶるのは刀ではなくてまさかりであったり、銃をかつぐ肩には駄荷をのせていても、心はこの一挙手一投足に清冽せいれつな熱情をこめていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「その次は長刀にまさかりと來るか——匕首や脇差は刄が長いから、こんな細工は危なくて出來ないよ」
褐色のシャツを着た悪者は、小屋の方へ行ったがやがて襤褸片ぼろきれで刃をぐるぐると巻き附けた大きなまさかりを持ち出して来た。黒い襤褸には何だかなまぐさい血の染みが附着しているようだ。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
以前もと十里許り離れた某町に住つてゐたが、鉈、鎌、まさかりなどの荒道具が得意な代り、此人のつた包丁は刃が脆いといふ評判、結局は其土地を喰詰めて、五年前にこの村に移つた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
たまたま近所の若者十四、五名、一杯機嫌のおもしろ半分、今夜こそは西方院の化け物を退治しやらんと、手に手におのまさかり棍棒こんぼうなどを取りつつ、台所なる炉に榾柮ほた折りくべて団欒だんらん
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
それに、大きな刃広の鋸と、まさかりが一丁、小さな瓢が一つ、括しつけてある。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
顏が無いので、服装と持物とによつて見分ける外はないのだが、革帶の目印とまさかりの飾とによつてまぎれもない弟の屍體をたづね出した時、シャクは暫くぼうつとしたまま其の慘めな姿を眺めてゐた。
狐憑 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
またみさき大蛇灘おろちなだいて、めぐつて、八雲崎くもさき日暮崎くれのさき鴨崎かもさき御室みむろ烏帽子岩えぼしいは屏風岩べうぶいは剣岩つるぎいは、一つ一つ、かみおのち、おにが、まさかりおろしたごとく、やがては、巨匠きよしやう名工めいこうの、鑿鏨のみたがねさえ
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
消防用のまさかりを帯びたという、華々しくもまた目ざましいいでたち
それから好いナイフが十二本、まさかりが二つ、鍋が三つだ。
夜の街まさかりもちて男ゆくふつとおそれのわきにけるかな
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
彼は背後うしろからまさかり殴打どやされたようにおどり上った。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
鉢に五徳に鋭いまさかり、洗う水もいぶす火も、何もかも
まさかり使ふ手もとときたら、狂ひつこなし。
まさかりをかたげて渡る清水かな 碧空生
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
室内むろぬち汚穢けがれ、はた、古壁に朽ちしまさかり
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と、鶏娘とりむすめも首をのばして云った。その様子がおかしかったので、庭の隅で昔ながら倦きもしないで、まさかりを磨いでいた右衛門までが笑った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「すまねえが親分の鑑識めがね違えだ。」味噌松が仲へはいった。「ま、考えても御覧なせえ。お神さんの腕力ちからであのまさかりが——。」
その餓鬼大将となって、喧嘩を誇り、伊達だてを競い、常に強弓、まさかりを抱え、鎧を重ね、腰には大剣と鈴をつけて、江湖を横行すること多年、人々
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第一の話は、かつて非常な饑饉の年に、西美濃の山の中で炭を焼く男が、子供二人をまさかりできり殺したことがあった。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
二十人を越す大勢に対して、すこしもひるむところなく、まさかりをもって立ち向った俊寛の勇ましい姿は、少女の俊寛に対する愛情を増すのに、十分であった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「それが可怪おかしいんだよ、親分、恐ろしくって、何かこうまさかりででも割いたような工合だ」
もし足の甲の上にたいへんよく切れるまさかりを落としたとしたら、あんな傷が出来やしないかと思う。傷跡は癒着ゆちゃくしているが、たいへん手当がよかったと見えて、実に見事に癒っている。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
宿直とのいの侍どもは庭伝いにばらばらと駈けあつまって来た。そのなかでも近ごろ筑紫から召しのぼされた熊武という強力ごうりきの侍が、大きいまさかりを掻い込んで庭さきにうずくまったのが眼に立った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大佐の肩章をつけまさかり舗石しきいしに音を立てる案内人のあとに従い、魅せられてる見物人の人垣の間を進んで、両扉りょうひとも大きく開かれてる教会堂の表門の下まで行き、再び馬車に乗るばかりになって
手下の者たちは、仕方がないので、なはをもつてきたり、武器を引抜ひきぬいたりして、首領をとりかこみました。それを見ると、彼はなほたけりたつて、大きなまさかりをとつて、彼等かれらの中に切つていりました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
顔が無いので、服装ふくそうと持物とによって見分ける外はないのだが、革帯の目印とまさかりかざりとによってまぎれもない弟の屍体をたずね出した時、シャクはしばらくぼうっとしたままそのみじめな姿をながめていた。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
相手は五人、躰格もよく力も強い男たちで、おのまさかりなどのほか、熊を突く槍などを持って、逆に襲いかかって来た。やむなく隼人は刀を抜いて、もっとも強い一人を斬り伏せ、二人に傷を負わせた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
研ぎ澄ましたまさかりが待ち受けているのだ。
叩くと丈夫の生木さえその一撃でもろくも二つに千切れて飛んであたかも鋭いまさかりなんどで立ち割ったようになるのであった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
野獣のような怪老人が、まさかりを振りかぶって、山侍の頭蓋骨ずがいこつをたたき廻った。主水の逃げ上がっていた樹は、たちまち、怪老人の鉞で根元からられた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山口のハネトという家の主人、佐々木氏の祖父と竹馬の友なり。きわめて無法者にて、まさかりにて草をかまにて土を掘るなど、若き時は乱暴の振舞ふるまいのみ多かりし人なり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
むごたらしい殺しでしたよ。どんな怨みがあるか知らないが、十九になつたばかりの小町娘——上新粉じやうしんこで拵へて色を差したやうな娘を、なたまさかりで殺して宜いものか惡いものか——」
「このまさかりを磨ぐということは、私の趣味でござりましてな。これさえ磨いでおりますると、私は心持ちよろしいので」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)