酒樽さかだる)” の例文
肉襦袢にくじゅばんの上に、紫繻子むらさきじゅすに金糸でふち取りをした猿股さるまたをはいた男が、鏡を抜いた酒樽さかだるの前に立ちはだかって、妙に優しい声でった。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし最も奇抜なのは呑口会社のみぐちがいしゃの計画で、これは酒樽さかだるの呑口を作る職人が東京にごく少ないというところから思いついたのだそうだが
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
砂の上には、酒のからびんがごろごろころがり、酒樽さかだるには穴があいて、そこからきいろい酒が砂の上へたらたらとこぼれている。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
正面に盛切もっきりの台が拭きこんであって、真白な塩がパイスケに山盛りになって、二ツ三ツの酒樽さかだると横に角樽つのだるが飾ってある店だ。
私と同じ年頃なのに、私はいつも古い酒樽さかだるの上に腰をかけているきりで、彼女達は、私を見ても一言も声を掛けてはくれない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
酒屋では、酒樽さかだるがずらりとならんでゐる、うす暗い酒蔵の中へ案内された。一足はいると、むつと酒のにほひが迫つて来た。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ひどく酒の醗酵はっこうするにおいがすると思うと、そこは山役人の食料や調度の物を入れておく納屋らしく、裏の土間に、せるばかりな酒樽さかだるが積んである。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酒樽さかだるが転がっている。油紙に包んだ肉のようなものがぶら下っている。埃だらけな棚の上にも酒壜さけびんが並んでいる——。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
米屋は米の俵を、八百屋は一と籠の野菜を、魚屋は盤台二つに魚を、酒屋は五升入りの酒樽さかだるに味噌醤油を、そして菓子屋のあとから大量の薪と炭など。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おさやんの家は酒屋でした。なつかしい、気のい遊び相手だつたおさやんを思ひますとまづ目に山のやうに高い大きい酒樽さかだるの並んだ幻影まばろしが見えます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
酒場の入り口階段の傍には一台の荷馬車が立っていたが、奇体な荷馬車である。それは大きな挽馬ひきうまをつけて、荷物や酒樽さかだるを運ぶ大型な荷馬車の一つである。
自由で自分の意志を確信してるクリストフは、挑発ちょうはつ的な興味で、無産者らの同盟を見守っていた。民衆の酒樽さかだるに浸るのがうれしく、そうすると気が和らいだ。
大きな酒樽さかだるにどっさり大根がけられてあって、大嫌いな糠味噌ぬかみその臭いが鼻を襲って逆吐むかつきそうになった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
さまざま駄々をこねて居たようですが、どうにか落ち附き、三島の町はずれに小ぢんまりした家を持ち、兄さんの家の酒樽さかだるを店に並べ、酒の小売を始めたのです。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
試みに豊国の酒樽さかだるを踏み台にして桜の枝につかまった女と、これによく似た春信はるのぶかさをさして風に吹かれる女とを比較してみればすべてが明瞭めいりょうになりはしないか。
浮世絵の曲線 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
官蔵、伴助、宅悦の三人は、長兵衛に促されて手拭で小平に猿轡をはめ、まずびんの毛を脱いた。其の時門口へお梅の乳母のお槇が、中間に酒樽さかだる重詰じゅうづめを持たして来た。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
親父がぴょこぴょこお辞儀をして、酒樽さかだるの鏡を抜いて馳走ちそうをしたもんだから、拍子抜がして素直に帰って行きゃあがった。ところが二三日するとまた遣って来やがった。
里芋の芽と不動の目 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
丁度土間にはむしろが敷いてあり、秋の陽が一パイに射して居りました。酒樽さかだるの匂ひがして、十二年前のあの日と、そつくりそのまゝの心持だつたと——後でお才が言ひます
その他この町で作る漆器の仏具や、祝いの時に用いる酒樽さかだるなどにも塗や形のよいのを見かけます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
小さい頼母子たのもしを結んでそれをもとでに始めたのが米と酒を売る店であった。仕事場を改造してだだっぴろい店ができた。米俵こめだわら酒樽さかだるが景気よく並び、皆を豊かな気持にさせた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
ずいとはいり込むと、客が一人、酒樽さかだるに腰を掛けて、老爺おやじを相手に盛んに弁じ立てている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこの角は河合という土蔵造りの立派な酒屋で、突当りが帳場で、土間どまの両側には薦被こもかぶりの酒樽さかだる飲口のみぐちを附けたのが、ずらりと並んでいました。主人は太って品のいい人でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
それぞれ出来る限りのごちそうをこしらえ、赤の御飯をたき、金持ちは大きな酒樽さかだるまで買ってきて、まず第一に鎮守様にそなえ、それから、皆で、飲んだり食べたり歌ったりしました。
ひでり狐 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
半分に切った酒樽さかだるの中で、ルノワアルとルグリは、毛皮で温かく足をくるんだまま、牝牛めうしのように食う。彼らはたった一度食事をするだけだが、その食事が一日じゅう続くのである。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
菓子くわしなんぞまたつちやへねえぞ、うむ、そつちのはう酒樽さかだるとこにもつてゝぐちでもつこかねえでもらあべえぞ、みんな」と痘痕あばたぢいさんはひと乘地のりぢつていふのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
棒鱈ぼうだら乾鮭からざけうずたかく、片荷かたに酒樽さかだるを積みたる蘆毛あしげこまの、紫なる古手綱ふるたづないて
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
川すじや海の上では材木に大きく伊勢木いせぎと書いて、山から流したものがよく浮いている。あるいは酒樽さかだる奉納住吉大明神ほうのうすみよしだいみょうじん、または金毘羅大権現宝前こんぴらだいごんげんほうぜんと書いたのを、海で船頭がひろい上げることもある。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ああのどがかわいた。諸君、僕には一つの望みがあるんだ。ハイデルベルヒの酒樽さかだるが中気にかかって、ひるを十二匹ばかりそれにあてがってやりたいというんだ。僕は酒が飲みたい。僕は人生を忘れたい。
聞ても無い/\と計り云は奇怪なり大方おほかたさけもあるに相違あるまじと云つゝ武士さふらひはづか/\と立寄たちよつ酒樽さかだる呑口のみくちますあてがひヤツと一トねぢり捻りければ酒はどく/\出しゆゑおのれこれほど澤山酒もあるものを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
到頭馬弐駄に酒樽さかだるをつけて、やっと厄介な田を譲った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
酒樽さかだる
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
かたがた慰労という意味で、三位卿、酒樽さかだるの鏡を抜かして、一同の労を多とし、自身も敷物もせず縁先へ座をかまえた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日何処どこでもしたという酒樽さかだるのいくつかが、大丸の前にもかがみが抜いて柄酌ひしゃくがつけて出された。
前夜の夕刊に青森あおもり大鰐おおわにの婚礼の奇風を紹介した写真があって、それに紋付き羽織はかまの男装をした婦人が酒樽さかだるに付き添って嫁入り行列の先頭に立っている珍妙な姿が写っている。
三斜晶系 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
すでに葡萄酒はかもされていた。それを飲むだけのことだった。飲んだ人々は頭が乱れた。少しも飲まなかった人々でさえ、酒樽さかだるにおいを通りがかりにいだだけで、眩暈めまいを覚えた。
酒樽さかだるが引つくり返つて、呑口のみくちが飛んだと見えて、店中が酒の洪水こうずゐだ、——訊いて見ると、一刻ばかり前、江戸の人が通りかゝつて、のどかわくからと、冷で一杯所望し、それを呑むうち
なるほど、小さい酒樽さかだるであったが、その中にいっぱいはいっていた。
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
馬車には石灰をつめこんだたるが三つのっていたので、彼らはそれを下敷きにして舗石しきいしを積んだ。アンジョーラはあなぐらの揚げ戸を開いた。そしてユシュルーかみさんのから酒樽さかだるは皆石灰樽の横に並べられた。
酒樽さかだる
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
急ぎて大坂まで上り此所よりふねに乘しところをりよく海上もおだやかにて滯留とゞこほりなく讃州丸龜へ到着たうちやくし江戸屋清兵衞と尋ねしに直樣すぐさま知れければ行て見るにはなしよりも大層たいそうなるかまひにて間口八間に奧行廿間餘の旅籠屋にてはたらき女十二三人見世番料理番の下男七八人又勝手にはこもかぶりの酒樽さかだる七八本を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と、郡兵衛は、そこに持ち込んで来たこもかぶりの酒樽さかだるへ目を落して
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「黙れ、酒樽さかだるめが!」とクールフェーラックは言った。
史進は、とう酒樽さかだるに腰かけていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)