通夜つや)” の例文
財布さいふから五十銭銀貨を三四枚取り出して「これで今夜は酒でも飲んで通夜つやをするのだ、あすは早くからおれも来て始末をしてやる。」
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
康頼 わしはこの間も権現様に通夜つやをして祈りました。そして祈りつかれてうとうとしました。するとわしは不思議な夢を見たのです。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「師匠。折角此處へ來たんだ、お袋と仲直りをした上、暫らく手傳つて、佛樣の始末をして行くがよい。あのまゝぢや通夜つやもなるめえ」
この晩は大杉に親しいものだけが遺骸の前で通夜つやするという予定だったので、午後からは待受けしてボツボツ集まるものがあった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
通夜つやの連中に飲ましてやるつもりで、残しておいた酒は一滴も残らず破れ畳が吸い込んで、そこいら一面、真赤になって酔払っている。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
刀詮議のため今晩は此の弁天堂へ通夜つやをして、祈念を致す心得で参ったが、これへ来ると図らずお前に逢ったが、誠に思いがけないことで
「へえ。こちらなぞでは、宿屋と違いまして、割合いに早く休みまするが、わたくしはどうせ今夜も通夜つやをいたしまするのでございます。」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
雨風のなほはげしくおもてをうかがふことだにならざる、静まるを待てばもすがら暴通あれとおしつ。家に帰るべくもあらねば姉上は通夜つやしたまひぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ほんとうに、いやんなっちまうな。いくら木魚庵だからって、これじゃまるでお通夜つやに来たようなもんじゃござんせんか」
「うん所天は陸軍中尉さ。結婚してまだ一年にならんのさ。僕は通夜つやにも行き葬式の供にも立ったが——その夫人の御母おっかさんが泣いてね——」
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
机代用のリンゴ箱の上の蝋燭らふそくの灯が静かに上下にゆらいでゐる。それを眺めてゐると、遠からず来るであらう自分のお通夜つやのさまが聯想された。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
その通夜つやの席で、一軒置いた隣りの紙屑屋の女房がこんなことを云い出した。この女房は四、五日まえに七つになる男の児をうしなったのであった。
『あらそわれないものだ、ゆうべが、おまえの母の通夜つやだった。今年、五十二よ。まだ死ぬ年じゃないが、おまえに似て、細っこいでな、病死じゃ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて親戚や近所の人達が、あつまって来て、彼地あちらでいう夜伽よとぎ東京とうきょうでいえば通夜つやであるが、それがある晩のことはじまった。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
そのお通夜つやには、緒方先生おがたせんせいおしえをうけたものが、たくさんあつまってきました。そのなかに、村田蔵六むらたぞうろく(のちの大村益次郎おおむらますじろう)もいましたので、諭吉ゆきち
青山北町の岡っ引留五郎の家では、昨夜は老衰ろうすいで死んだ父親の通夜つやとあって、並み居る人達の眼ははれぼったかったが、岩吉の声に、一斉に眼をみはった。
定め當年十一歳なるせがれ忠右衞門を呼出よびいだ委細ゐさい言含いひふくめ又家中一同を呼出して今宵は通夜つやを致し明朝みやうてう六ツの時計を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その答者こたえては即ち二十年間雪中通夜つやの問答の苦しみを積み重ねきたえ来ったところの、いわゆる問答的学問をその時に発表して大いに三大学の間に名声をとどろか
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼女が大層他人ひと当りがよくなったという事を聴いたのもかなり前のことで、抱月氏のお通夜つやの晩に、坂本紅蓮洞ぐれんどうの背中を、立ったままひざで突つくものがある。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
鉄斎をはじめ横死者おうししゃの遺骸は、道場に安置されて、さっきから思いがけない通夜つやが始まっている。二人はその席を抜けて、そっとこの室へ人眼を避けたのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「わての亭主も病気や」それを自分の肚への言訳にして、お通夜つやも早々に切り上げた。夜更けの街を歩いて病院へ帰る途々みちみち、それでもさすがに泣きに泣けた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「私が死んだらな、お通夜つやにみんなで賭場とばを開帳してな、石塔は花札の模様入りにしてもらいまっさかい。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
嘉七さんは白樺しらかばの皮を取りにあの辺へ通りかかって、そうして頭巾を見つけ出して来たまでです。ああ、また今夜はみんなしてお通夜つやをしなければなりません。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
メルキオルの死体のかたわらで通夜つやをしたこと、種々誓いをたてたこと、などを考えた。そしてその後の自分の生活を調べてみた。ことごとく誓いにそむいていた。
そこで屍体は一時亭主の吉蔵に下げ渡され、今戸の家へ親戚一同が集ってしめやかな通夜つやをする事になったが、其の席上で端なくも意外な喧嘩が始まってしまった。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
通夜つやのつもりで、ヘンリーの死体の上にシーツの白布をかけ、森の中から探して来た草花を、その枕もとに供えて、少年達は、例の椰子の油のともしびをかこみ
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二九ことにも来りて通夜つやし奉り、三〇後世の事たのみ聞ゆべきに、さいはひをりなれば、霊廟みたまやに夜もすがら三一法施ほふせしたてまつるべしとて、杉の下道のをぐらきを行く行く
「お通夜つやみたい」と女が云った、「それとも人に聞かせられないような悪い相談でもするの」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
立って電燈を点じる足元へ茶ぶ台を持ち運ぶ女の顔を見ると、それは不断ふだん使っていた小女こおんなではなくて、通夜つやの前日手不足のため臨時に雇入れた派出婦であるのに気がついた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
コックさんをよこしてちょだい……お通夜つや? なにを言ってんのよ……なんのお祝いだか知らないけど、ともかくお祝いなの……夕食ですから、そのつもりで……いいわね……
喪服 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
死はあらゆる経緯いきさつを清算するものらしい。二晩目の通夜つやに集った連中は皆喧嘩相手だった。
変人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
書斎でお通夜つやをしていると、いつもこの芭蕉がいちばん早く、うす暗い中からうき上がってきた。——そんなことをぼんやり考えているうちに、やがて人が減って書斎の中へはいれた。
葬儀記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
親戚の妻女さいじょだれかれも通夜つやに来てくれた。平生へいぜい愛想笑いをする癖が、悔やみ言葉の間に出るのをしいてかみ殺すのが苦しそうであった。近所の者のこの際の無駄話は実にいやであった。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その夜の通夜つやは「談笑平日の如くなるべきこと。」というねての居士の意見に従って自然に任せておいた。余は前夜の睡眠不足のために堪え難くて一枚の布団を檞餅かしわもちにして少し眠った。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
八幡宮の社殿に「お通夜つや」ということが行われる。男女相集ってかけ歌を催し、勝負を決する。その歌には一定の型があるが、文句は即席に作るのが多く、それをニガタ節という節調で歌う。
春雪の出羽路の三日 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
そのなかの丸いのをぼんにのせて仏壇ぶつだんに供えたのだったが、疫痢えきりといううわさが立って、だれもきてくれぬ通夜つやまくらもとにすわって、いつもの停電がすんだあと、お母さんはふと気がついたように
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
殯宮ひんきゆう通夜つやをしてゐるやうな赤楊はんのきよ、おまへの王樣は崩御になつた、赤楊はんのきの民よ、靜かな水底みなぞこかんむりの光を探しても、うたげ歌舞かぶの響を求めても、詮ない事になつてしまつた、赤楊はんのきの王樣、今
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
其中そのうちに親類の人達が集まって来る、お寺から坊さんが来る、其晩はお通夜つやで、翌日は葬式と、何だか家内かない混雑ごたごたするのに、る物聞く事皆珍らしいので、私は其に紛れて何とも思わなかったが
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夫からの三日間、譲吉はお通夜つやの席に連った。彼はお通夜などと云う仏教の形式に、反感を懐いて居たが、然し自分の悲痛や夫人に対する愛慕を、こうした形式で現わす外、何うとも仕様がなかった。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大正八年一月三十一日午前十一時である。イボタの虫は、木村の家や原町の家などで、お通夜つやや葬式などに風邪引きが沢山出来たので、母が飲ませようとしたけれども、誰もイヤがつて飲まなかつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
通夜つやの夜を燈火ともしびかこむ物語、欠伸あくびかはゆき子の姿かな。
短歌 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
五月雨さみだれもむかしに遠き山の庵通夜つやする人に卯の花いけぬ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「そうか、通夜つやはやってやるのだろうな」
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
くいのなげかひをねもごろ通夜つやし見まもる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼はだからその母親が死ぬと間もなく、お通夜つやの晩に、忘れ形見の太郎を引き寄せて、涙ながらに固い約束をしたものであった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「親父は車夫くるまひきの野郎とけんかをして殺されたのだ。これをやるから木賃きちんへ泊まってくれ。今夜は仲間と通夜つやをするのだから。」
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「それから、下ツ引を狩出して、あの家の通夜つやにやつてくれ。一人へ一人づつ見張りをつけるやうにするんだ、判つたか」
かれと遠方をかけて、遠縁のものの通夜つやまいつたのである。其がためにむすめが一人だからと、私をめたのであつた。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
十二時過から御仙は通夜つやをする人のために、わざと置火燵おきごたつこしらえてへやに入れたが、誰もあたるものはなかった。主人夫婦は無理に勧められて寝室へ退しりぞいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでもまだ金に未練があると見えて、隠居の通夜つやの晩に、線香の箱かなんか持って来て、裏口から番頭の吉兵衛をよび出して、これを仏前に供えてくれと云う。