いなご)” の例文
子供のときから、いなごはふんだんに食ってきた。蜂の子も珍重した。また赤蛙の照り焼きは、牛肉よりもおいしいと思ってきたのである。
ザザ虫の佃煮 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そうしてその音の起る度に、矢は無数のいなごのごとく、日の光に羽根を光らせながら、折から空にかかっている霞の中へ飛んで行った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
エリサベツの子ヨハネは荒野に住み、身に駱駝らくだあらき毛衣を着、いなごと野蜜を食としたというから、彼はエッセネ派に近い人と思われる。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
ありの性急な活動を、歩きながら踊ってるように見える足長蜘蛛ぐもを、横っ飛びにね回るいなごを、重々しいしかもせかせかした甲虫かぶとむし
いなごの大群であり、これはある季節にこれらの地方を蔽いつくし、その被害から成長する穀物を護ることが出来ない、ということを聞いた。
と、つづいてウワーッという、海賊どもの喚き声が聞こえ、忽ち田面たのもいなごのように、胴の間口から七、八人の、海賊どもが飛び出して来た。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして泳ぐような手つきでしげりあった秋草をかきわけ、しろじろとみえる頸筋くびすじや手くびのあたりにいなごみたいに飛びつく夜露
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
この寡婦は変人で嫌いなものには傍にいても言葉一つかけないそうだが、いなごの飛ぶ中から呼ばれる気持ちは、日を仰ぐように明るく爽爽しい。
そこで手綱を解いて曳っぱったが動かなかった。そして何人だれかが乗ろうとすると、そのままつくばってしまった。それはいなごのような虫であった。
胡氏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
弥六は「この」という発音と同時に右の腕で頬をおおい、左手でなにかを防ぐような恰好をしながら、いなごのようにすばやく玄関の外へ跳び出した。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
キリストの四十日四十夜の荒野の生活、ヨハネのいなごと野蜜とを食うてのヨルダン河辺の生活、などを描いてきましたので。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
おっしゃるとおりで御座ります。春は蛙、夏はくちなわ、秋はいなごまろ。此辺はとても、歩けたところでは、御座りませんでした。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
藤原氏は予言者のヨハネのやうなしかつべらしい口もとをして言つた。たつた一つヨハネと違ふのは、いなごの代りに今のさきお茶をすゝつた事だつた。
朝露白い青田の涼しさも、黄なる日の光を震わしていなご飛ぶ秋の田の豊けさに伴うさま/″\の趣も、此水の賜ものである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
子どもたちはいつのまか遠く予を置いて、いなごを追ってるらしく、畔豆あぜまめの間に紅黄のりぼんをひらつかせつつ走ってる。予は実にこの光景に酔った。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しかしいなごやフラミンゴーに限らず、ゼブラでもニューでも、インパラでもジラフでもみんな群れをなして棲息せいそくしている。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
羽根は飛んでしまい、マストは折れ、その他表面にある附属物は一切滅茶滅茶に破損して、まるでいなごの足や羽根をむしったように鉄製の胴だけが残っている。
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
いなごと草の根によって露命をつないできたのだから、もちろん、自由の子、自由な愛の子、おまえの名のために自由と偉大なる犠牲となった子として
それほど恐ろしい暴風のようないなごの大軍の襲うたこの地方では、青いものも後蒔あとまきの分だけがそだっただけだった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
鼻に長き鬚あり尾ひらたくしてえび(またはいなご)に似、大きさ鯨のごとく両側に足多く外見あたかもトリレミスのごとく海をおよぐ事はやしと、トリレミスとは
それがいなごも同じように、海上から来るもの害最も甚だしといったのは、つまりは食に飢えていたからかと思われる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
同時に、ピピピピピ……と二人がをあわせていた高呼笛たかよびこにつれて、河原かわらのかげや草むらの中からいなごのように、わらわらとおどり立った百人の町人ちょうにん
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今まで息を殺していた土方歳三が大喝一声だいかついっせいみずかさっと太刀を引き抜くと、いなごの如く十余人抜きつれて乗物を囲む。
口小言くちこごとをいいながら婆は起きて来て、明るい月のまえに寝ぼけた顔を突き出すと、待ち構えていた千枝松はいなごのように飛びかかって婆の胸倉を引っ掴んだ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手をふり足をあげ、重そうな頭を動かして、釜の中へいなごを放りこんだように、ものすごく活発な踊りを始めた。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
稲田はまだ黄ばむといふほどではなかつたけれども、花は既に実になつて居た。さうしていなごがそれらの少しうな垂れた穂の間で、少しづつ生れ初めて居た。
良寛さんは、この筍を見てゐると、いつか川のふちで見たいなごのことを、思ひ出して可笑をかしくなつた。その蝗は良寛さんの足下から、ぴよいぴよいと跳んだ。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
たとへば、或るいなごはたべ物が失くなつてくると、ほかの土地へ引越すために大勢集まつて大きな群を作る。
少年と見てあなどってかゝったらしかったが、鎗の穂先が数十匹のいなごの飛ぶように敏捷びんしょうに、寸刻の隙間すきまもなく迫って来るので、三四合すると早くも斬り立てられて
その時分の僕は随分あくもの食いの隊長で、いなご、なめくじ、赤蛙などは食いきていたくらいなところだから、蛇飯はおつだ。早速御馳走になろうと爺さんに返事をした。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下君田という山村の一軒しかない宿屋では、晩飯の菜に身かきにしんの煮付けと、醤油で炒りつけたいなごとを山盛りにした皿がお膳の上に頑張っていた。生憎あいにく鶏卵がないという。
四十年前の袋田の瀑 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いなごを取りにかないか、という声もする。君々と呼ぶ背後うしろで、馬鹿野郎と誰かが誰かをののしる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
流れにヤマメがゐるとすると、イワナは流れの上の滝か、山と山のほらあなの水にゐる。そして竿と糸と鈎さへあれば、土蜘蛛でも、いなごでも、蝶々でも何でも挿してやればとびつく。
夏と魚 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
目まぐるしきばかり、靴、草鞋わらんじの、かばかかと灰汁あくの裏、爪尖つまさきを上に動かすさへ見えて、異類異形いぎょういなごども、葉末はずえを飛ぶかとあやまたるゝが、一個ひとつも姿は見えなかつたが、やがて
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
多少生計くらしが潤うとか、いなごがわいたので都会の子供が蝗取りに来るとか、本年米作の成績表の一部に数え入れられて、農林大臣の考えの資料になるとか——とても数え切れません。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「まあそうカンカンにならずに、少しは考えて見給え」と動物学者は言った、「僕に言わせるとラエーフスキイ氏に恩を施すのは、雑草に水をやり、いなごに餌をやるの愚にひとしいよ。」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ドオデエも「風車小屋だより」のなかにかいておいた、あのいなごの大群。……こいつは、まつたくあれに似た凄じさだ。天日をくらくして薨々とむらがり飛ぶ、斯螽。索々と鳴る、その翅音。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
彼等は十何匹のいなごになって、物をも云わず、大悪魔に飛びついて行った。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
妹の息子は飢えに戦きながら、いなごなどってった。次兄の息子も二人、学童疎開に行っていたが、汽車が不通のためまだ戻って来なかった。長い悪い天気が漸く恢復かいふくすると、秋晴の日が訪れた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
由夫と竜一とは、学用品を入れた雑嚢を路に放り出して、いなごの首取り競争をはじめている。蝗を捕えては、それを着物の襟にみつかせて、急に胴を引っぱると、首だけがすぽりと抜けて襟に残る。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
とびつチョ』とはいなごのことで、土工夫仲間では脱走の事をさう呼んでゐる、この蝗のやうにみごとに部屋を跳躍してしまつた、さうした出来事は山間の一飯場の出来事として、それを秘密にするとか
小熊秀雄全集-15:小説 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
いつしかにうまれてゐたるいなご等はわが行くときに逃ぐる音たつ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
四人の男はいなごのように納屋のうしろへ飛びこんだ。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
聞け、物の音、——飛びがふいなご羽音はおと
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ふみはづすいなごの顔の見ゆるかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
いなごのおそろしい群のやうに
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
かの駱駝らくだの毛皮を衣、いなごと野蜜を食とし、屹然きつぜんとして道徳の権威と罪の悔い改めとを宣べ伝えていた洗礼者ヨハネがその人であったのです。
それは実際人間よりも、いなごに近い早業だった。が、あっと思ううちに今度は天秤棒てんびんぼうを横たえたのが見事に又水をおどり越えた。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いなごのように飛び出したから! ……大森林の中へ消えてしまった……閧の声が聞こえる、打ち合う音が聞こえる、悲鳴が聞こえる、喚き声が聞こえる。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「やかましい」野武士ていの男は、たくましい腕を亭主の襟がみへ伸ばしたかと思うと、いなごでもつまんで捨てるように
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)