よみがえ)” の例文
死人のよみがえりの問題や、魂の不死の問題などをすべて取り上げなかったということは、むしろ彼の特徴をなすものと見られねばならぬ。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
お銀様の頭には、今、この「長安古意」が蒸し返されて、あのとき受けた強い印象が、つい目の前によみがえり迫って来るもののようです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
父母の生活は年を経るに従つて次第に私達の心と胸とによみがえつて来る、父母も、又その父母も、祖先も皆な我々の中に生きて動いてゐる。
墓の上に墓 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
始めて親に離れ故郷に別れて、人中ひとなかの生活をする者の胸のうちには、或いはもう一度「子ども」の感じがよみがえって来るのではあるまいか。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それを見ると去年のさまざまな思い出がやっと彼の中にもよみがえって来た。やがて彼には彼女たちのお喋舌しゃべりが手にとるように聞えてきた。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
うして約束すると、刀のつかたたきながら云った信之助の声の方が、青年の話よりも強く鮮かに、もっと生々して耳によみがえって来た。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今その光景が彼の頭の中によみがえって来た。それはかの時とは違った色調を以て浮んでいた。其処には恐怖がなくて或る誘惑があった。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この人死後三日によみがえり、文帝に申せしは、死して冥府めいふに至ると、冥府の王汝武帝に進めし白団はくだんいくばくぞと問う。彪、何の事か解せず。
けれども性質からいうと、すでに死んだと思ったものが急によみがえった時に感ずる驚ろきと同じであった。彼はすぐ逃げ出そうとした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長く恩顧を得ていた以前の御愛情が死によってよみがえってくることもあるであろうとこんなふうに思われることが多い哀れな衛門督であった。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
小僧「……ことは無くて大有りです。あンさんは、昼間の五分の居睡りは、瀕死ひんしの病人をよみがえらせるということを御存知ですか。」
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
そんな稲荷ずしを口にすると思い出がよみがえり、それに子供らしい火事見物の気分からか、私はひどく子供っぽい気持になっていた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
隅田川の風景によって偶然にもわが記憶の中によみがえきたった遠い過去の人物のまさに消えせんとするその面影おもかげとらえたに過ぎない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ここでは旧套きゅうとうの良心過敏かびん性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀ひあい執着しゅうちゃくも性を抜かれ、代って魚介ぎょかいすっぽんが持つ素朴そぼく不逞ふていの自由さがよみがえった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そればかりでなく、後になっていくら骨を折っても、夢の中の交響曲の主題は、もうベルリオーズにはよみがえらなかったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
疲労も不平も洗い流してよみがえったようになって帰る暗闇阪はうるしのような闇である。阪の中程に街燈がただ一つ覚束ない光に辺りを照らしている。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、今でも、過去における苦痛と不快との記憶は、ともすれば彼の心によみがえって、彼の幸福な心持を掻きみだしていった。
青木の出京 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この光景は、次郎の心に、おりおりよみがえって来る、最も古い記憶の一つで、たぶん、彼の五歳頃のことだったろうと思われる。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
すなわち時間の意識、空間の意識、自己の存在を認める意識なぞが、吾輩の暗示をキッカケにして次第次第に夜が明けるようによみがえりはじめた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今や、闇をつんざく電光の一閃いっせんの中に、遠い過去の世の記憶きおくが、いちどきによみがえって来た。彼のたましいがかつて、この木乃伊に宿っていた時の様々な記憶が。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
このふくが立派に表装されたところで、書斎の床の間にかけて、一人で眺め入った。そしたら仙台の秋が近々とよみがえって来た。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
栄光のうちによみがえらせようとしても何事もなし得ず、今や戦史と系譜の覇者は、二つながらに埋もれゆこうとしているのです
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
やさしい言葉一つさえ懸けないで育ててきた小太郎に対する、死よりも強い愛の力であった。その愛の力が、死んだ肉体を、よみがえらせたのだった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しかしわたしはもはや坐って火にながめ入ることができなくなり、ある詩人の適切な言葉が新しい力をもってわたしによみがえってくるのであった——
私の記憶は、新聞を見た刹那からすでによみがえって読んでいるうちにも、私の脳細胞は活溌に活動しつづけていたのである。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
……あれは今でも時々この儂の眼に儂の耳にはっきりとよみがえって来はする。だが、あれは儂にはもうまるで遠い昔の夢のような気が致しますのじゃ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
周囲まわりがわずかに明るい中に、気絶からたった今よみがえったばかりの、織江の躰が横たわっており、その裾の辺に又助が、及び腰をして覗き込んでいた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
而してこの力を得るのは我々のこの偽我を殺し尽して一たびこの世の欲より死して後よみがえるのである(マホメットがいったように天国は剣の影にある)
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
私というひとりの男がいて、それが或るなんでもない方法によって、おのれの三歳二歳一歳のときの記憶をよみがえらす。
玩具 (新字新仮名) / 太宰治(著)
せめて別府べっぷ行きの紅丸でもいいから、それに乗ってあのペンキのにおいをぎ廻って見たいと思う。鼻から彼南ペナン、印度洋、マルセイユがよみがえってくるのだ。
その同じ場所に消え去った幸福をよみがえらせようとあせる時、それはあたかも、足下に深淵しんえんが開けたようなものである。
車をヴェステルガーデから皇帝街コングスガーデの方へと走らせていると、夕靄ゆうもやの中にまたたき出した市街の灯と同時に、いつかのビョルゲ邸の事件が、まざまざとよみがえってきた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
笹村の頭は、甥が出直して来た時分、またよみがえったようになって来た。甥はしばらくのまにめっきり大人びていた。肩揚げもおろしたり、背幅もついて来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それに、小松が今よみがえっては、山野氏から金を引出すことも出来ず、夫人を脅迫する手段もない。そこで彼は折角せっかく生返った娘を再び絞め殺したというのです。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして、哀れなほど、若い母親として送った二十はたち前のしぼんでしまった感情が、またその胸によみがえったのである。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
長い間冬威とういにうら枯れていた灰色の草原に緑の春草が芽ぐんだように一点の潤いが私の胸によみがえってきた。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「人が殺すところの者を神はよみがえらしめたもう。同胞に追われたる者は父なる神を見い出す。祈れよ、信ぜよ、生命いのちのうちにはいれよ。父なる神は彼処かしこにいます。」
秋の大根、初夏の莢豌豆さやえんどう、盛夏の胡瓜きゅうり、寒中の冬菜。そのどれにもこれにも、幼いときからの味の記念がよみがえるのである。故郷の山川草木ほど、なつかしきものはない。
利根川の鮎 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ソシテ七十七歳ノ今デモ明ケ方ニアノピイピイト云ウ蟋蟀ノ声ヲ思イ出スト、アノ糊ノ匂イ、アノ乳母ノ物ノ云イ振リ、アノゴワ/\シタ寝間着ノ肌ザワリガよみがえッテ来ル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それと同時に奇怪な詩のような印象が頭によみがえって来た。しらじらと明け離れた朝の光がその印象のすきからして来るように感じた。彼は船に乗り遅れたことを思いだした。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まず藤村とうそんがおもかげに立つ。鶴見が藤村をはじめてたずねたのは、『落梅集らくばいしゅう』が出る少し前であったかと思う。そう思うと同時に、種々雑多な記憶がむらがってよみがえってくる。
死者がよみがえりまた生きながらえることを信じないで、伝統を信じることができるであろうか。蘇りまた生きながらえるのは業績であって、作者ではないといわれるかも知れない。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
このとき、あるうみて、あらしのためにさらわれた記憶きおくよみがえったのでありました。
幸福に暮らした二人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
またこのような幼い歌のよみがえって来たのは、欧洲では、やはりここだけだったと思った。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
稀に飲まされた酒なので、好い加減に酔って来そうだと思われるのに一向私は白々としているのみで、頭の中にはあの壮烈な騒ぎの記憶が次々と花々しくよみがえっているばかりだった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
父を捨て、母を捨て、東京に疲れて帰ってきた私にも、昔のたどたどしい恋文や、ひさし髪の大きかった写真を古ぼけた箪笥たんすの底にひっくり返してみると懐しい昔の夢が段々よみがえって来る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
思うに、この頃は、やっとぼくの頬にも、少年らしい頬の色と快活さがよみがえっていたのではあるまいか。何といっても、遠くへ離れると、そう家の事もくよくよしないし忘れがちになれた。
脈も呼吸もよくなり……よみがえったように、しかし結局は寿命はないのだけれど。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
そして今も彼はその記憶を心の底によみがえらせながら、眼の下の町を眺めていた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
今火をともしたりと見ゆる小「ランプ」かまどの上にかすかなり。四方よもの壁にゑがきたる粗末なる耶蘇ヤソ一代記の彩色画は、すすに包まれておぼろげなり。藁火焚わらびたきなどして介抱しぬれど、少女はよみがえらず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)