蒼味あおみ)” の例文
のうち一間のほうには、お十夜孫兵衛、宿酔ふつかよいでもしたのか、蒼味あおみのある顔を枕につけ、もう午頃ひるごろだというに昏々こんこん熟睡じゅくすいしている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
振り向いて西の空を仰ぐと阿蘇の分派の一峰の右に新月がこの窪地一帯の村落を我物顔わがものがおに澄んで蒼味あおみがかった水のような光を放っている。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
よほどふかいものとえまして、たたえたみずあいながしたように蒼味あおみび、水面すいめんには対岸たいがん鬱蒼うっそうたる森林しんりんかげが、くろぐろとうつってました。
岬の東端の海中には、御前岩、俗に沖の御前ごぜんと云われている岩があって、蒼味あおみだった潮の上にその頭をあらわしていた。
真紅な帆の帆前船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
林檎のように顔色の良かった看護婦も、にわかに青森産あおもりさんのそれのように蒼味あおみを加えて、アタフタと室外へ出ていった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あるいはこれもまた時鳥のように、冥土めいどの鳥ということかも知れぬ。豊後ぶんごの竹田附近にはヒトダマという鳥がある。嘴大にして赤く、羽の端には蒼味あおみがある。
一人は年齢ねんぱい二十二三の男、顔色は蒼味あおみ七分に土気三分、どうもよろしくないが、ひいでまゆ儼然きっとした眼付で、ズーと押徹おしとおった鼻筋、ただおしいかな口元がと尋常でないばかり。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
水槽の蒼味あおみがかった水は、ガラス板の向こう側で、ひどく動揺していた。底には大小さまざまの海藻が無数の蛇のように鎌首をもたげて、あわただしくゆれ動いていた。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
皮膚の汚点しみや何かを隠すために、こってり塗りたてた顔が、凄艶せいえんなような蒼味あおみを帯びてみえた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ことに霜に打たれて蒼味あおみを失った杉の木立こだち茶褐色ちゃかっしょくが、薄黒い空の中に、こずえを並べてそびえているのを振り返って見た時は、寒さが背中へかじり付いたような心持がしました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わしはそのまま目をらしたが、その一段の婦人おんなの姿が月を浴びて、薄い煙に包まれながら向う岸のしぶきれて黒い、なめらかな大きな石へ蒼味あおみを帯びて透通すきとおって映るように見えた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒼味あおみを帯びた薄明うすあかり幾個いくつともなく汚点しみのようにって、大きな星は薄くなる、小さいのは全く消えて了う。ほ、月の出汐でしおだ。これがうちであったら、さぞなア、好かろうになアと……
明月の光は少し蒼味あおみを帯びて、その辺を隈なく照らしているが、流は特に一いろに光って見えている。それは瀬の波から反射してくるのでなく、豊富な急流の面からくる反射であった。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
これを聞くと、たるのような胆ッ玉の対馬守、さっと蒼味あおみ走った額になって
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
旅行券の手入れ すると長官はびっくりして少し蒼味あおみがかかった顔をして
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
男の顔は蒼味あおみを帯びて、調子は妙にもつれかかっていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
しかし、そのおおきさは矢張やはり五すんばかり蒼味あおみがかったちゃっぽい唐服からふくて、そしてきれいな羽根はねやしてるのでした。
目堰笠めせきがさの裡の玄蕃の顔、思わずサッと蒼味あおみざして、耳から垂れたびんの毛がぶるると少しふるえた容子ようす——
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うろこのざらめく蒼味あおみがかった手を、ト板のふち突張つッぱって、水から半分ぬい、と出た。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ドアの敷居に姿を現した彼女は、風呂から上りたてと見えて、蒼味あおみした常の頬に、心持の好いほど、薄赤い血を引き寄せて、肌理きめの細かい皮膚に手触てざわりいどむような柔らかさを見せていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
左様さよういろで一ばんよくわかる。最初さいしょうまれたての竜神りゅうじんみなちゃッぽいいろをしてる。そのぎはくろ、その黒味くろみ次第しだいうすれて消炭色けしずみいろになり、そして蒼味あおみくわわってる。
枕に響いた点滴したたりの音も、今さらこの胸からか、と悚然ぞっとするまで、その血が、ほたほたと落ちて、しおが引くばかりに、見る間に、びしゃびしゃと肉がしぼむ、と手と足に蒼味あおみして、腰、肩
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兄の顔は常磐木ときわぎの影で見るせいかやや蒼味あおみを帯びていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて貴僧あなた風車かざぐるまのように舞う、その癖、場所は変らないので、あれあれと云う内に火が真丸まんまるになる、と見ている内、白くなって、それに蒼味あおみがさして、ぼうとして、じっすわる、そのいやな光ったら。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
褐色かばいろに薄く蒼味あおみして、はじめ志した方へかすかながら見えて来た。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縮緬ちりめん扱帯しごき蒼味あおみのかかったは、月の影のさしたよう。
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀色に蒼味あおみがかって光ったって騒ぎです。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)