落胆らくたん)” の例文
旧字:落膽
ただあらゆる浮浪人のようにどこかへ姿を隠してしまったのである。伝吉は勿論落胆らくたんした。一時は「神ほとけもかたきの上を守らせ給うか」
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は親友を落胆らくたんさせるに忍びず、もう少しよくなるまで、彼のピアニストとしての生涯が終わったことを、伏せておこうとした。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「フーム、そう申上げたら、殿にはさぞ御落胆らくたん遊ばすことであろうが、余儀ないことだ。——あんまり力を落すでないぞ、お楽」
せっかく骨を折って設計した地下戦車第一号が、ものの見事に、失敗の作となってしまったので、岡部一郎の落胆らくたんは、非常に大きかった。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かれらが失望しつぼう落胆らくたんすべき必然ひつぜん時期じきはもはや目のまえにせまっていると思うと、はらわたがえかえってちぎれる心持ちがする。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
僕はつねに失望する人をなぐさめんとするとき、あるいはみずから失望し落胆らくたんせんとするとき、みずから励まして、「マア十年待て」といっている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
いつもつまらない飴細工ばかり引き当てて、欲しいと思う橋弁慶なぞは、何時いつも取ったことがなく落胆らくたんしたものだった。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
生前に父親も親戚しんせき婿むこをとるようかなりお蘭を責めたものだが、こればかりはお蘭はうべなわなかった。四郎が伝え聞いたらどんなに落胆らくたんするであろう。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、何らのまどいも落胆らくたんも抱かなかった。期待を持たない対象には惑いの生じようも落胆のしようもないのである。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああ何という私の落胆らくたんであったろう。最初私は、叔父が本気にそんなことを言っているのではなかろうと考えていた。
と、主人しゅじん平常へいぜい自慢じまんをしていました。そのとりがいなくなってから主人しゅじんは、どんなに落胆らくたんをしたことでありましょう。
こまどりと酒 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼は落胆らくたんと悲哀との中で第二の手を探し始めた。綺麗で立派な手! 白い優雅な指! 併し彼の求める指、その指環の求めるような指は容易になかった。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
私は少し落胆らくたんしてとにかく笹川のところへ行って様子を聞いてみようと思って、郊外行きの電車に乗った。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
自他じたぶんあきらかにして二念にねんあることなく、理にも非にもただ徳川家の主公あるをしりて他を見ず、いかなる非運に際して辛苦しんくなむるもかつて落胆らくたんすることなく
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
つい最早もうすっかり無くなった時分にはとうとう姿を隠して家を逃げてしまった、残された老婆は非常に怨憤うら落胆らくたんして常に「口惜くやしい口惜くやしい」といっていた。
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
蘿月宗匠そうしょうはいくら年をとっても昔の気質かたぎは変らないので見て見ぬようにそっと立止るが、大概はぞっとしない女房ばかりなので、落胆らくたんしたようにそのまま歩調あゆみを早める。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
士官たちのなげき! けれども当のエム大尉はすこしも落胆らくたんしないのみか、にっこりとしておりました。
国際射的大競技 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ぼくはきみの苦しい立場は十分に同情する、けれど一こうしてくれたまえ。いま大統領の重位にあるきみが、元気のない顔を見せると、一同はよけいに落胆らくたんしてしまう。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
不思議に思いて、一の戸に行くなりとなまいらえするに、かれ笑って、ああおのし、まようて損したり、福岡の橋をわたらねばならずと云う。余ここにおいていよいよ落胆らくたんせり。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
友人はどんなに落胆らくたんするだろう。探偵は巧く取返して呉れるか知らん。とても難かしいだろう。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そのむすめは真夏のころ帰って来るあの船乗りの花よめとなるはずでしたが、その船乗りが秋にならなければ帰れないという手紙をよこしたので、落胆らくたんしてしまったのでした。
利休が死んだので、秀吉は呂宋の壺を求める道が絶えたと落胆らくたんしていたが、文禄三年の七月、思いがけなく、堺の納助左衛門が呂宋の壺の名品を五十個ばかり持ち帰って上覧に供した。秀吉は
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これまでは虚心きょしん平気へいきで、健全けんぜんろんじていたが、一ちょう生活せいかつ逆流ぎゃくりゅうるるや、ただちくじけて落胆らくたんしずんでしまった……意気地いくじい……人間にんげん意気地いくじいものです、貴方あなたとてもやはりそうでしょう
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
わたしは一日や半日ではまた落胆らくたんしませんでした。
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
失望したばかりならよいが、己はひどく落胆らくたんした。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この帝都の惨状を、振りかえっては、あまりにも無力だった帝都の空の護りへの落胆らくたんを、その飛行隊の機影に向ってげつけたのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
水色の目をした、鼻の高い、なんとか云う貧相ひんそうな女優である。僕はT君と同じボックスにタキシイドの胸を並べながら、落胆らくたんしないわけには行かなかった。
カルメン (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小泉氏は落胆らくたんのあまり、しばらくは口をきく力もないように、だまりこんでいましたが、やがて、顔をあげますと、思いあまったようにいうのでした。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
失望落胆らくたんに沈んでいる時にも、もしこれがソクラテスじいさんであったら、この一刹那いっせつな如何いかに処するであろう、と振返って、しずか焦立いらだつ精神をしずめてみると
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ひとり玄徳の落胆らくたんを励ますばかりでなく、敗滅の底にある将士に対して、ここが大事と思うからであった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蘿月宗匠らげつそうしやうはいくら年をとつてもむかし気質かたぎかはらないので見て見ぬやうにそつ立止たちどまるが、大概たいがいはぞつとしない女房ばかりなので、落胆らくたんしたやうにのまゝ歩調あゆみを早める。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
こう看護婦かんごふがいったとき、わか婦人ふじん顔色かおいろは、落胆らくたん失望しつぼうのために、わりました。彼女かのじょは、どうしていいかわからなかったからです。しばらくだまってかんがえていました。
世の中のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
氏のめに苦戦し氏のめに戦死したるに、首領にして降参こうさんとあれば、たとい同意の者あるも、不同意の者はあたかも見捨てられたる姿にして、その落胆らくたん失望しつぼうはいうまでもなく
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
とモコウが落胆らくたんした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
博士に会いたくてげつきそうな焦燥しょうそうを感じていた某大国の特使閣下も、この噂に突き当られ、落胆らくたんのあまり今にもぶったおれそうなあおい顔色でもって
「このあめなかを、いつまではらっぱにいられるものですか。」と、おかあさんは、おかしそうにおっしゃいましたが、あまりこう一が落胆らくたんするので、あとでかわいそうになって
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
自分の落胆らくたん失望しつぼうが、どれほど忠節ちゅうせつな人々のむね反映はんえいするかをよく知っている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
王子 (落胆らくたんしたように)わたしの姿は見えないはずなのですがね。
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かれは落胆らくたんのあまり、場所がらをもわきまえないで、舞台にぶっ倒れて、おいおいと泣きだした。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、いくらあたりをたずねても、かれのすがたが見えないので、落胆らくたんしているところへ、がけ細道ほそみちをかきわけて、菊村宮内きくむらくないが、水から助けあげたふたりの少年をつれてあがってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで竹見は、手短てみじかに、ハルクのことをはなして、丸本にもハルクを見かけなかったかとたずねたが、丸本もやはり知らないとこたえた。竹見は、いよいよ落胆らくたんした。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
当初より官兵衛様は亡きものとしても、松千代様はご無事を得るものとしておられている御本丸様(官兵衛の父宗円をさす)のご落胆らくたんは拝察するもお傷わしいが……今は嘆いている場合ではない。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
博士は、密使の顔を見て、率直に落胆らくたんの色を現した。
刑場けいじょうはもう近い! 落胆らくたんするな、気をくじくな!」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泣かんばかりの落胆らくたんである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)