草臥くたび)” の例文
風呂に入って汗を流し座敷に帰って足を延べた時は生き返ったようであるが、同時に草臥くたびれが出てしもうて最早筆を採る勇気はない。
徒歩旅行を読む (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「ああ、草臥くたびれた。」と老人は溜息が洩れた。娘は寝椅子の布が破れたのを、「家具屋さんかしら?」と言った。老人は黙っていた。
老人と孤独な娘 (新字新仮名) / 小山清(著)
日本間の方ではお師匠さんが待ち草臥くたびれているのか、三味線をき始めた。社長は無言のまゝ、それを指の先で合せていたが、忽ち
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私は、あるいは敵意を含む身振か、嘲弄するような言葉かを発見することが出来るかと思って、草臥くたびれて了うまで彼等の後をつけた。
男は二十四五の、草臥くたびれたやうな顔、女は六十ばかりの皺くちやなばあさんで、談話はなしの模様でみると、親子といふやうな調子があつた。
まあこういった調子で、何一つ不自由のない生活ではあるが、十年もつづいたら、こういう生活も、何となく草臥くたびれるものらしい。
パーティ物語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その日も晝頃から始まつて、申刻なゝつ前にはかなり草臥くたびれましたが、近頃油の乘つて來た新助は、なか/\止さうと言ふことを言ひません。
「本読みは退屈な程長くつづく。」ゴーリキイは聴き草臥くたびれる。それにもかかわらず、彼にはその挑戦的な鋭い言葉が気に入った。
……ぴたぴたとるうちに、草臥くたびれるから、稽古けいこの時になまけるのに、催促をされない稽古棒を持出して、息杖いきづえにつくのだそうで。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すっかり草臥くたびれが出たのであろう、小さいあぐらを組んで、両手を膝の間に突っこんだまま、よだれをながして心地よげに居眠りしていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一年あまりも心の暗い旅をつづけて、諸国の町々や、港や、海岸や、それから知らない山道などを草臥くたびれるほど歩き廻った足だ。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
遍路のはいている護謨底ごむそこ足袋たびめると「どうしまして、これは草鞋わらじよりか倍も草臥くたびれる。ただ草鞋では金がってかないましねえから」
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
啓吉は草臥くたびれてしまって、入口の石段に傘をすぼめて腰をかけた。雨がにわかにひどくなった。自動車の旗がべろんと濡れさがっている。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
少し草臥くたびれ加減の私の二円五十銭のネクタイは、たとえ硝子ガラスでも燦然さんぜんたる光のせいで、たちまち五円ぐらいの値打にり上ってしまった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「そうですか。でもお草臥くたびれでしょうネ。大杉も御近所同士で家の角へ夜警に毎晩出ておりますワ。町内のお附合いですもの、」
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
虱は草臥くたびれはてた人のやうに、のろのろ動いてゐたが、やがて武士は自分の腕がかゆくなるのを覚えた。虱が血を吸ひ始めたことが解つた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
鞭を持っていたのは、慣れない為事しごと草臥くたびれた跡で、一鞍ひとくら乗って、それから身分相応の気晴らしをしようと思ったからである。
「駅々で水をかえてくださらなきゃだめ。水が列車でゆれどおしだから、あたい、ふらふらになっちゃって、とても草臥くたびれてしまうのよ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ながい、そしていそぎの旅をして来たとみえ、ほこりと汗にまみれた、ひどく草臥くたびれた恰好であったが、門番に向って、こう案内を申しいれた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大ていの奴だったら途中で草臥くたびれて引き返しちまうだろう。だからなかなか本筋の、叩き鍛えた芸人ってできないわけなのだ。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「うんこないだもちょっと散歩の帰りに寄ったよ。草臥くたびれた時、休むにはちょうど都合の好い所にある宅だからね、あすこは」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「講座」は閉口あやまる。利益ためには成るのだろうが、七六しちむツかしくて、聞くのに草臥くたびれる。其処へ行くと、「ニュース」は素敵だ。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
マドリガルやエピグラムのきらめきに、昼のを遊び暮して、草臥くたびれた跡で、それとは様子の変つた、彼の青年との交際を楽む事にしてゐる。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
大正池のほとりに出て草臥くたびれを休めていると池の中から絶えずガラガラガラ何かの機械の歯車の轢音れきおんらしいものが聞こえて来る。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところで私が弁士の如くさんざん重たい口から説明してしまってああ草臥くたびれたと思った時分に友人がいうのに、いくら君が説明してくれても
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
最も名残の惜しまれる黄昏たそがれ一時ひとときを選んで、半日の行楽にやや草臥くたびれた足をきずりながら、この神苑の花の下をさまよう。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
従兄カズンユースタスだって、当然、子供達同様草臥くたびれていた。というのは、この楽しかった午前中に、彼はいろいろと離技はなれわざを演じて見せたのだから。
幸「止しねえよ、詰らねえ事を云って、まア湯へ這入って寝ようと云うのだが、腹が北山になって草臥くたびれたから酔ったよ」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ある時、これも内攻に草臥くたびれた痴川が孤独からの野獣の狂躁で脱出してきて、麻油を誘ひ伊豆を誘ひ小笠原を誘ひ、とある山底の湯宿へ遁走した。
小さな部屋 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
……すこし草臥くたびれたので、私はとある小さな林の中にはいって、一本の松の木の根に腰をかけながら、足を休めていた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
別格を以て重く用いても好いといって、懇望せられたので、諸家をまわ草臥くたびれた五百は、この家に仕えることにめた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「さあさ、ちょっと休んで行きましょうね。歩くのはこれで、何でもないようで草臥くたびれるからねえ。お前も大変だったろう? 御苦労だったねえ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
が、都まではよほど遠いと見え、日の暮れかかる頃に、ようやく都の町はずれに着きました。もう足が草臥くたびれて、一足ひとあしも歩けないほどに疲れていました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すっかり草臥くたびれてしまって、『どうじゃ一銭』を云うさえ億劫だし、手をのべたくても、手套てぶくろなしの手は我慢にも衣嚢かくしから出せないほどかじかんでいた。
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「お母さん、あなたはひどく草臥くたびれているのです。すこしお休みなさい。とにかく、マック・アン・テイルという人は世の中にいくらもいるでしょう」
漁師 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
時計は十二時まで打つて草臥くたびれてゐると見えて、不性らしく一時を打つた。それ以上は打つ事が出来ないのである。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
一日じゅう、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。なんと言うげんの悪い日だろう。わたしゃもう草臥くたびれてしまった
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこあいちやんがふには、『ねずちやん、おまへこのいけ出口でぐちつてゝ?わたし全然すつかりおよ草臥くたびれてしまつてよ、ねずちやん!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
己はつまり影と相撲を取っていたので、己のよくという慾は何の味をも知らずに夢のうち草臥くたびれてしまったのだ。
いつも彼は、彼自身が告白したとほり、怠け者や悪戯つ児の手をその定規で打ち草臥くたびれてしまふ有様だつた。
年寄は草臥くたびれるし、子供は飽きるし、今ごろはもうあいつ、少々厄介もの扱ひにされて、ベソをかいてるぜ。
五月晴れ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
たゞぢやあるいてもよかつたが、みなみことまたあるかせちやまねえから同志どうし土浦つちうらまで汽船じようきけたんだが、みなみ草臥くたびれたもんだからさきたんだがな
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
女房は走れるだけ走って、草臥くたびれ切って草原のはずれの草の上に倒れた。余り駈けたので、体中の脈がぴんぴん打っている。そして耳には異様な囁きが聞える。
女房は走れるだけ走って、草臥くたびれ切って草原のはずれの草の上に倒れた。余り駆けたので、体中の脈がぴんぴん打っている。そして耳には異様な囁きが聞える。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
二人で丁度一番高い岩山のいたゞきまで登つた。老人は数分間は余り草臥くたびれて物を云ふことが出来なかつた。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
お話が間が抜けていて、ちょっと草臥くたびれる人である。太宰先生が御一緒なので、彼女はとても上機嫌。
腰が痛み、身体からだ草臥くたびれるにつけても、「あの野郎せえいれば、俺もこれ、じっかり楽なんだが……」
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
すご/\と山本のあとについて其日は吉田町から東山一帶を散歩して草臥くたびれて上長者町の宿に歸る。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
往つたり返つたりしたのに草臥くたびれたらしく、主人は老人に暇を取らせた。家政の報告などは聞きたくないと云ふことを知らせるには、只目をねむつて頭をつたのである。
でも此様こんはずでは無かツたがと、躍起やつきとなツて、とこまでツてる、我慢がまんで行ツて見る。仍且やツぱり駄目だめだ。てん調子てうしが出て來ない。揚句あげく草臥くたびれて了ツて、悲観ひくわん嘆息ためいきだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)