茱萸ぐみ)” の例文
庭の茱萸ぐみも、つくばいもその頃のなじみである。また清一郎、小三郎などという異腹の兄たちがいたことも記憶のどこかに残っている。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これに呼応するかのように大手の木曽勢は、日宮林の六千余騎、松長の柳原、茱萸ぐみの木林の一万余騎も、どっとばかりに鬨の声をあげる。
井戸端の茱萸ぐみの実が、ほんのりあかく色づいている。もう二週間もしたら、たべられるようになるかも知れない。去年は、おかしかった。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
重陽の節に山に登り、菊の花または茱萸ぐみの実をんで詩をつくることは、唐詩を学んだ日本の文人が、江戸時代から好んでなした所である。
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
……そこで、たもとから紙包みのを出して懐中ふところへ入れて、おさえて、こう抱寄せるようにして、そして襟を掻合かきあわせてくれたのが、その茱萸ぐみなんだ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次に遠く西に離れて、茱萸ぐみの木の蔭にやゝ新しい墓石があつて、これも臺石に長島氏と彫つてある。墓表には男女二人の戒名が列記してある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
近くの・名も判らない・低い木に、燕の倍ぐらゐある眞黒な鳥がとまつて、茱萸ぐみのやうな紫色の果を啄んでゐる。私を見ても逃げようとしない。
夏になるとその子をおぶって、野川のふちにある茱萸ぐみの実などを摘んで食べていたりした自分の姿もおもい出せるのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いま花の眼についたは、罌粟けし、菖蒲、孔雀草、百日草、鳳仙花、其他、梅から柿梨茱萸ぐみのたぐひまで植ゑ込んである。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「真弓殿の唇は、よく熟れた茱萸ぐみのようで、唇の紅さが、そのまま小菊の上へ写りそうでならない。一寸ちょっと拝見——」
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
月日はたちまちのうちに経過して、下枝の茱萸ぐみの実が赤く色づき、垣根の野菊が色美しく咲いて、九月ともなった。
そして向かふの茱萸ぐみの根方に、ころがつてゐる手毬を見つけると、急いでいつて、こつそり懐中ふところの中へ拾ひこんだ。みんなに見られたくなかつたのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
長い冬の荒れた海がしづまつて、水平線が遥かな澄んだ奥の方に休んでゐるのだ。そして雲雀が空に歌ひ、砂丘の茱萸ぐみ藪へ落下した。それが即ち初夏だつた。
で、小松や満天星どうだん茱萸ぐみや、はぜ野茨のいばらなどで、丘のように盛り上がっている、藪の蔭に身をかくしながら
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから女主人は余に向いて蕨餅を食うかと尋ねるから、余は蕨餅は食わぬが茱萸ぐみはないかと尋ねた。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
茱萸ぐみの枝が落ちていた。けさ遊びにきた村の子がすてたのであろう。大きな鳥の羽根をひろう。鳥の落してゆく羽根は天からふった宝ものみたいに子供心に嬉しかった。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
彼は茱萸ぐみの枝にきものすそを引っかけながらすぐ傍へ往った。女はきれいな顔をまたこっちに向けた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
与平治よへいじ茶屋附近虫取撫子なでしこの盛りを過ぎて開花するところより、一里茶屋に至るまで、焦砂せうさにほはすに花を以てし、夜来の宿熱をやすに刀の如きすゝきを以てす、すゞめおどろく茱萸ぐみ
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
そうして一本のやや大きな灌木かんぼくの下に立ち止まると、手をばしてその枝から赤い実をぎとっては頬張ほおばっていた。それは何の実だといたら、「茱萸ぐみだ」と彼等は返事をした。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
茱萸ぐみや連翹の木蔭から雉子や山鳥やかけすの類が頓狂な声を立てゝ飛び立つたり
春の手紙 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
信州でも北半分は、唐辛子とうがらしとか皀莢さいかちさやとか、茱萸ぐみとか茄子なすの木とかの、かわった植物を門口にき、南の方へ行くとわら人形を作りまたは御幣ごへいを立てて、コトの神を村境まで送り出す。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
漢土にもつたえがある。汝南じょなん恒景こうけいというものの家に、或る日、一仙人がのぞいてうには、この秋、災厄あり、それを遁れんと思えば、紅絹もみふくろ茱萸ぐみを入れてひじにかけ高き山に登れと。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
軟らかいふくらみへ針を立てると、ポッチリと茱萸ぐみのような血が湧いて来ます。お銀様はそのチクリとした痛みと共に湧いて出る血を、さもいい心持のように眺めてから仕事にかかります。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
四月の十五日頃から、私達は花ざかりの世界をほしいままに楽むことが出来る。それまでこらえていたような梅が一時に開く。梅に続いて直ぐ桜、桜からすももあんず茱萸ぐみなどの花が白く私達の周囲に咲き乱れる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こまごまと茱萸ぐみ鈴花すずばな砂利に散りあはれなるかなや照りのはげしさ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
行きずりの道のべにして茱萸ぐみははつかにあかあけきはまらなむ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
松が古葉を黄色い茱萸ぐみの花の上へ落している。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
時も時とて、茱萸ぐみにさへ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
茱萸ぐみの實食べたふるさとの
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
藪に茱萸ぐみの木
別後 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
茱萸ぐみあかき
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
いやしくも父兄が信頼して、子弟の教育をゆだねる学校の分として、おんな小児こどもや、茱萸ぐみぐらいの事で、臨時休業は沙汰さたの限りだ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茱萸ぐみばやしに、今井四郎兼平のひきいる六千余騎は、わしを渡って日宮ひのみや林に陣を構え、大将義仲は、一万余騎を引き連れ、埴生はにゅうに陣を敷いた。
近くの・名も判らない・低い木に、つばめの倍ぐらいある真黒な鳥がとまって、茱萸ぐみのような紫色の果をついばんでいる。私を見ても逃げようとしない。
千代之助の心を犇と捕えたのは、尼法師の紅い唇——茱萸ぐみのように丸くて、茱萸のように艶やかな唇だったのです。
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
五五あら玉の月日はやくゆきて、五六下枝したえ茱萸ぐみ色づき、垣根の五七野ら菊にほひやかに、九月ながつきにもなりぬ。
上の方のがけぎわの雑木に茱萸ぐみが成っていて、はぎすすきい茂っていた。潮の音も遠くはなかった。松の枝葉をれる蒼穹そうきゅうも、都に見られない清さをたたえていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
気になるのは唇が貝の蓋のように薄く、茱萸ぐみのように赤いこと、焚火に照らされておりながら、その顔色が蒼味を持って白く、気味悪いほどだということである。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
茱萸ぐみ。これは茱萸としては先づ見ごとな木である。苗代茱萸でも秋茱萸でもない所謂西洋茱萸であるが、根もとから幾本かに分れて枝の茂つてゐる大きな木である。
たべものの木 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
そう思いながら、ふと眼をあげると、坂道の左に、熟れた実をびっしり付けた、茱萸ぐみの木があるのをみつけた。宇乃は足を停めて、まあきれいな、と眼をみはった。
奈良井ならゐの茶屋に息ひて茱萸ぐみはなきかと問へば茱萸といふものは知り侍らず。珊瑚実ならば背戸にありといふ、山中の珊瑚さてもいぶかしと裏に廻れば矢張り茱萸なり。
かけはしの記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
松の下の茱萸ぐみの藪陰にねて空を見てゐる私は、虚しく、いつも切なかつた。
石の思ひ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
こまごまと茱萸ぐみ鈴花すずばな砂利に散りあはれなるかなや照りのはげしさ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かじけたる花し散るなと茱萸ぐみ折りて 不玉ふぎょく
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さねぐみし茱萸ぐみは、端山はやま
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
うちの女房かみさんが、たすきをはずしながら、土間にある下駄を穿いて、こちらへ——と前庭を一まわり、地境じざかい茱萸ぐみの樹の赤くぽつぽつ色づいた下を。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二階などからはわたしの庭とも眺められるその松原にはまた無數の茱萸ぐみの木が繁つてゐる。それこそ丈低い林をなしてゐる所がある。苗代ぐみもあれば秋茱萸もある。
家のめぐり (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
女中の説明によれば、それは野猪の脂を、鉄鍋てつなべに溶かして、その熱でり焼きにしたのだという。また掛け汁は、茱萸ぐみとやまももの実を煮詰めて、絞ったものだ、ということであった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
○苗代茱萸ぐみを食いし事 同じ信州の旅行の時に道傍の家に苗代茱萸が真赤になっておるのを見て、余はほしくて堪らなくなった。駄菓子屋などをのぞいて見ても茱萸を売っている処はない。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
松の下の茱萸ぐみ藪陰やぶかげにねて空を見ている私は、むなしく、いつも切なかった。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)