背負しょ)” の例文
まず朝勃然むっくり起る、弁当を背負しょわせて学校へだしる、帰ッて来る、直ちに傍近の私塾へ通わせると言うのだから、あけしい間がない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
しかしそれにしても刃物は剣呑けんのんだから仲見世なかみせへ行っておもちゃの空気銃を買って来て背負しょってあるくがよかろう。愛嬌あいきょうがあっていい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いや、人間を背負しょって逃げる犬はないだろうが、よく馴らした犬なら、血の付いた刃物ぐらいはどこかへ持って行ってくれるよ」
花岡 だってそうじゃないか! そうやって、この世の苦しみは、みんな一人で背負しょっていますって、ツラあして、キザったらお前——
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
国家を一人で背負しょって立つような意気込みを見ると——兵馬はどうも、知らず知らず自分が大海おおうみへ泳ぎ出したような心持もするのです。
素裸すっぱだかになって、ものを背負しょって、どうとか……って、話をするのを、小児こどもの時、うとうと寝ながら聞いて、面白くってたまらない。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
桝組ますぐみ椽配たるきわりもおれがする日には我の勝手、どこからどこまで一寸たりとも人の指揮さしずは決して受けぬ、善いも悪いも一人で背負しょって立つ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『なんだと!』ハーキュリーズはひどく腹を立てて叫びました、『君は僕にいつまでも、この重いものを背負しょわしとくつもりか?』
まだ昼前のことで、大きな風呂敷包ふろしきづつみを背負しょった男、帳面をぶらさげて行く小僧なぞが、その辺の町中をったり来たりしていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところが二三日のち、よく主顧とくいにしていた、大仏前だいぶつまえ智積院ちしゃくいんという寺へ、用が出来たので、例の如く、私は書籍を背負しょって行った。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
と血だらけになった百姓が仰向いて見ますと、氈鹿かもしか膏無あぶらなしに山猫の皮を前掛にしまして、野地草やちぐさの笠を背負しょい、八百目の鉄砲を提げて
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
金ピカの塩瀬しおぜを色気よく高々と背負しょっているのだから、ウッカリした男の眼には十四五ぐらいにしか、うつらないでしょうよ。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「君、そこの離れにいる男は確かに肺病だよ。折角丈夫な身体を転地療養に来て、病気を背負しょっちゃ詰まらないぜ。早く何処かへ越し給え」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「宜し。じゃ、とにかく、今夜のうちに駐在所まで来て、本署まで一緒に行ってもらわねばならんな。この外套がいとう背負しょって。」
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
小野田はお島がやってみることになった、毛布の方の仕事を背負しょいこんで来ると、そう言ってその遣方を彼女に教えて行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「べらぼうめ、筮竹ぜいちくなんか背負しょってあるかなくっても、金と米ッ粒はおいらの足のふむところに付いて廻っているじゃねえか」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左様さよう豪勢ごうせいな(しかし不思議な)人気を背負しょっている金青年の心は一体誰の上にあったかというと、それは君江の上にあった。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし明るい戸口の外光ひかり背負しょって立っている男が、染八でもなく喜代三でもなく、武士だったので、乾児たちは一度に口をつぐんでしまった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、それだけ、ひとりで背負しょわねばならぬ栄三郎の苦しみは、身体があけばあくほど大きかったといわなければならない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
というのは、そこには、しまの着物に角帯を締めて、紺の前垂れをつけた一人の商人風の男が、一寸した風呂敷包を背負しょって立っていたのである。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ある者はいわに虎を彫っている。ある者は義経を背負しょっている。ある者は弁慶を背負っている。ある者は天狗を描いている。ある者は美人を描いている。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この世間の、ありとある幸不幸を、背負しょって生れて来た人間を、筆一本で自由自在に、生かしたり殺したりしようというのが、戯作者の仕事じゃねえか。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いざ背負しょおうと、後向うしろむきになって、手を出して待っているが、娘は中々なかなか被負おぶさらないので、彼は待遠まちどおくなったから
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
籠長持かごながもちめ込んである荷物を、政吉と父の兼松とが後先あとさきに担い、師匠は大きな風呂敷包みを背負しょいました。
「話のほかよ。奴等、背負しょえるったけ背負って帰れ、って云わっちゃもんだから、はあ、わが体さ四十五貫くくりつけて、営門を這って出た豪傑があります」
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
二人はそれに顔を近づけて眺めた。家の前の小径を朝畑に出る隣りの小母さんが目籠を背負しょって通りかかり
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
……なア、目ッ吉、仮に、象を背負しょって歩きながら里春を殺るとしたら、どいつがいちばんがいいと思う
ところが僕の場合は、人に近づくということが非常に危険なのです。『死』を背負しょってるんですからね。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「六十八さ。もう駄目だよ。ついこの間まで六貫や七貫平気で背負しょえたんだがね。年にゃ勝てない。」
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今しがたやッと下してきた重荷を今夜また今一度背負しょわされはしないかということを案じられた。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
ちょうど途中の伊豆村というところで大きい風呂敷で包んだ荷箱を背負しょってくる娘さんに会った。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
どうかした日の晩方ばんがた、川から帰りがけに、背負しょってるかごがいつもの晩より重く、押してる車が思うように動かないのさ。お前さんは、車の梶棒かじぼうの間へひざをついて倒れる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あんな奴は、友達の借金でも背負しょわされて、少し実社会の味を覚える方が宜いんだ。そうすれば少しは人間らしくなるだろう。——今頃『万有還金』なんて夢みたいな事を
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
苦しみを一人で背負しょって、弟たちの生活を守りたいために、已むなく国法を破っているのです。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして、美作屋では、自分の生国しょうごくから取ったものだけに、気がしたのか、あらためて小豆屋あずきや善兵衛と名告って、扇子やびんつけの荷を背負しょいながら、日々吉良邸の内外をうかがった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
ですから、悩みというものが、もしも鉄のような、神経の持主だけに背負しょわれるものだとすれば、当然その反語として、いつか私は、それに似た者になってしまうかもしれません。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
香木の弓に孔雀の羽の矢を背負しょった、神様のような髪長彦かみながひこが、黒犬の背中に跨りながら、白とぶちと二匹の犬を小脇にかかえて、飛鳥あすか大臣様おおおみさま御館おやかたへ、空から舞い下って来た時には
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
社交とで東京を背負しょっている感のある、栄子夫人を連想しにくい古風さだった。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
何にしても書記官という後立てを、背中に背負しょっていれば論はないさ。綱雄などにはこういうところが見えぬから困る。とにもかくにも有名な木島炭山、二十万とは馬鹿馬鹿しい安価やすねだ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
これはしたり! 一行二日分の握飯は風呂敷に包んで若い方の剛力が背負しょって来たのだが、この男元来の無精者、雨が降ってもおおいもしなかったものと見え、グチャグチャに崩れた上に
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
彼は用意の背負しょいごをひきよせた。頑固がんこな火繩銃のつつ先が出ばっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
もみじの落葉をいて酒を暖めるというのが昔からの風流であるが、この落葉で風呂をかしたらどんなものであろうと思って、大きい背負しょかごに何杯も何杯も運んで行って燃したことがある。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
曲げてまがらぬ柳に受けるもややふるなれどどうも言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたるとらの子をぽつりぽつり背負しょって出て皆この真葛原下まくずはらしたいありくのら猫の児へ割歩わりぶ
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
私は見慣れた千草の風呂敷包を背負しょって、前には女房が背負うことに決っていた白金巾しろかなきんの包を片手に提げて、髪毛の薄い素頭を秋の夕日に照されながら、独り町から帰ってくる姿を哀れと見た。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
れた手つきでベタキシンのアンプールをやすりで切って、液を注射器に吸い上げると、まだ鏡の前に立ってお太鼓に背負しょい上げを入れさせている幸子の左の腕をとらえて、肩の辺までまくり上げた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と思うと、いきなりこんなばかげた中傷だらけの反古紙ほごっかみをわしに背負しょい込ませる。ふふん、なるほどな、筆のうえじゃ君は勇気があるて。ところで、これがもしこの滑稽な手紙だけなら、まだいいさ。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
「もしもの時にゃあ、奥様、又蔵が、背負しょいます」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
お前方、元気な、真木まき背負しょった男や
幾組となく背負しょってしまったらしいぜ
左近の怒り (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「これは甲斐かいの国から反物たんもの背負しょってわざわざ東京まで出て来る男なんです」と坂井の主人が紹介すると、男は宗助の方を向いて
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)