真蒼まっさお)” の例文
旧字:眞蒼
寝不足の疲れ切った真蒼まっさおなお顔で、眼には涙さえ浮べてそうおっしゃるのを聞いては、私もそれ以上なんとも言えなくなるのでした。
饗応夫人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
気が付いた時は、真蒼まっさおな何かのあかりで、がっくりとなって、人に抱えられてる、あの人の姿を一目見たんだがね、きものを脱がしてあった。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて間もなく、真蒼まっさおになった女房が番台からすそみだして飛び降りて来るなり、由蔵の駆けて入った釜場の扉口とぐち甲高かんだかい叫びを発した。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
絵に見たのは墨絵でしたが、夢の中では、兵馬は、真蒼まっさおな、限りも知られぬ竹藪の中に彷徨ほうこうしているところの自分を発見しました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分より詩的な兄はかつてき通る秋の空を眺めてああ生き甲斐がいのある天だと云ってうれしそうに真蒼まっさおな頭の上を眺めた事があった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真蒼まっさおな空に対照してこの白く輝く雲の峰はいかにも美しかった。なるほど南の端の大きい入道雲はだいたい大島の方角のように思われる。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
窓から首を出して見ると、一帯の松林のの間から、国府津こうづに特有な、あの凄味すごみを帯びた真蒼まっさおな海が、暮れ方の光を暗く照り返していた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
額に汗をみなぎらせ、真蒼まっさおな顔に息使いも荒く、西八条の邸に入ってきた行綱に、家来達も驚いて、早速、清盛の所に知らせた。
これはとばかりに、若者は真蒼まっさおになって主家しゅか駈込かけこんで来たが、この時すでに娘は、哀れにも息を引取ひきとっていたとの事である。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
やっと、っとしました。今いただきに立って、大きな赤松の枝の間から眼を放ったはるかのはずれに、はてしもない海が、真蒼まっさおな色を見せているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
たぶん、端艇ボートを探し廻ろうというのだろう。だが、端艇は一艘も本船に残っていない。これに気がつくと、水夫は、真蒼まっさおになってふるえ上った。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
ロスコーの若旦那は真蒼まっさおになって食卓にヘバリ付いてガタガタ震えて御座ったもので、丸で話がアベコベで御座いました。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
真蒼まっさおに塗った泥絵具の岩から白い手が生えたのだ。そして岩が短刀を振り上げて、今やまさに、我が三笠老探偵に危害を加えようとしているのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ところが、或る晩のこと子供たちと騒いでいる所へ、私の生徒の一人が真蒼まっさおにひきつったような顔をしてはいって来た。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
思いがけない道雄少年の言葉に、シムソンは顔を真蒼まっさおにして、のけるように驚くだろうと思いましたが、意外、彼はカラカラと笑い出しました。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
うす緑色の木の葉も見えれば、真蒼まっさお常盤木ときわぎの色も見えている……しかし人影は見えなくて静かな初夏の真昼である。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして、不意に半分手を差し出している米の傍から、した。米は、三、四けん後を追いかけたが急に真蒼まっさおな顔をして走り止まると大声で泣いた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
「まア!」と言って妻は真蒼まっさおになった。自分は狼狽あわてふたつの抽斗をき放って中を一々あらためたけれど無いものは無い。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
スパルミエント夫人も失神せんばかりになって、真蒼まっさおな顔色をしてぶるぶる震えながら夫の腕にすがりついていた。
彼の兄は彼に劣らぬ蛇嫌いで、ある時家の下の小川で魚をすくうとて蛇を抄い上げ、きゃっと叫んでざるほうり出し、真蒼まっさおになって逃げ帰ったことがある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
足下には紫矢飛白の乙子が、芝草に取縋とりすがった形で、真蒼まっさおな顔をしてうずくまっていた。三人の方を見るには見たが、地面から顔を上げる気力はなかった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
いずれも真蒼まっさおな顔をして三人四人と寄合いながら何やらひそひそ話合っていると、土地の顔役らしい男がいかにも事あり気に彼方此方かなたこなたと歩き廻っていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と云って聞いたが、細君は真蒼まっさおな顔をしてふるえているばかりで何も云わなかった。そこで息子が又聞いた。
平山婆 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
実際妹は鼻の所位ところぐらいまで水に沈みながら声を出そうとするのですから、その度ごとに水をむと見えて真蒼まっさおな苦しそうな顔をして私をにらみつけるように見えます。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
外の椽側えんがわに置いた手燭てしょくが暗い庭をななめに照らしているその木犀もくせいの樹のそば洗晒あらいざらしの浴衣ゆかたを着た一人の老婆が立っていたのだ、顔色は真蒼まっさおで頬はけ、眼は窪み
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
と、たちまちのうちにそれはまた真蒼まっさおに変って行った。そして何故か物も言わずに男の膝の上へ顔を伏せるのであった。庸介は女がふびんに思われてならなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
そのまま身動きもしないで真蒼まっさおになって、数秒間震えていた。それから眼の曇りが消えて、自分の前に、大鏡の中に、こちらをながめてる「女の友」の姿が見えた。
真蒼まっさおな顔の上に羞恥の色を現わし、しばらく躊躇していたが、思い切って道の左の墓の前へ行った。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
真蒼まっさおの空の光を美しいと見て立っている時、これから帰り着くべき故郷のが家でノ、最愛の妻が明るうないことを仕居って、其召使が誤って……あらぬ男を引入れ
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その顔色が真蒼まっさおにでもなっていたものか、相方あいかたも驚きながら、如何どうしたのかと訊ねられたが、その場では別に何もはなさず、風邪の気味か何だか少し寒気さむけがするといって
一つ枕 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
妹は真蒼まっさおになっていた。一色が来て、すさまじい剣幕で、葉子のことを怒っているというのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは、創口きずぐちを塞いでいる凝血の塊だったが、底を返して見て、検事は真蒼まっさおになってしまった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
掴まれた冬子はと見れば、不意の驚愕おどろき恐怖おそれとに失神したのであろう、真蒼まっさおな顔に眼をじて、殆ど息もない。よい漸次しだいに醒めたと見えて、お葉の顔も蒼くなって来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と一人のつれの者に云われ、一人は真蒼まっさおになり、ぶる/\とふるえ出し、碌々口もきけません様子。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まるで死人のような真蒼まっさおな顔色をして、呼吸いきをはずませて、私の目をさまさせはしないだろうかと、マントを着てしまうと、コッソリと私の寝台のはしをうかがうのでした。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
と聞いて、チョェン・ジョェは真蒼まっさおになって飲んで居る酒も一遍に醒めてしまったそうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
まるで死人のそれの如く真蒼まっさおに変じているのからして、何か事情のあるらしく考えられた。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
母親は真蒼まっさおになりながらも娘を慰めて、父親や学校と相談の上で寄宿舎に入れました。
内気な娘とお転婆娘 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
が、今はそんな心配どころかと顔を真蒼まっさおにしてきけば、五十吉のあとを追うて大阪へ下った椙は、やがて五十吉の子を生んだが、もうそのころは長町の貧乏長屋の家賃も払えなかった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
僕は坐布団がないから、為方なしにその煎餅布団の真中に胡坐あぐらをかく。紙巻烟草に火を附けて呑んでいる。裏の方の障子が開く。女が這入る。色の真蒼まっさおな、人の好さそうな年増である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
口先ばかりで腹の無い奴等め! 今この舟がひっくり返りでもしたら、奴等はどんなに真蒼まっさおな顔をするだろう。何といってもいったん有事の際に、実際に夫子の役に立ち得るのはおれなのだ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
宇治を見つめる花田の顔は真蒼まっさおで、その瞳はぎらぎら燃えるようだった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
先鋒はもう盛土路盤もりどろばんの根元まで達しているらしい。この氷の大宮殿は、一面に薄い粉雪のヴェールに蔽われているが、所々に露出した氷の大角柱をすかして、内部は真蒼まっさおに暗く静まりかえっている。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
相手は真蒼まっさおになって手にしていたスコップを置いてしまった。
「なんだい。……そんな真蒼まっさおな顔をして」
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
アメリア嬢は真蒼まっさおになりました。
警部が帰ると入れちがいに嫂が入って来ましたが、思いがけなくこの事件のことを聞いたものと見えて、真蒼まっさおな顔をしていました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まあ、顔が真蒼まっさお、と思うと、小雪さんはじっと沖を凝視みつめました、——其処に——貴方のおつむりと、真白な肩のあたりが視えましたよ。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
引き上げてみると、もう真蒼まっさおになって息が絶えている模様でしたから、薬をくれたり水をやったりして介抱すると幸いに息を吹き返しました。
たとい真蒼まっさおな顔をなさったところで、それが、どんな証拠になるものか。また、平気で笑っていたとて、それが無罪の証拠になるとは限らぬ。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)