燭台しょくだい)” の例文
旧字:燭臺
燭台しょくだいのほのかな光にユラユラと揺れて、縁側の奥に坐っていたのは、まがう方なき布引照子であった。死んだ筈の恋人の姿であった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
諸大名宿泊のおりの人数、旅籠賃はたごちんから、入り用の風呂ふろ何本、火鉢ひばち何個、燭台しょくだい何本というようなことまで、事こまかにしるしつけてある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
式は八畳の座敷で、燭台しょくだいの光のもとに厳粛に行われた。外には春雨が勢を増して、庭の木の葉をたたく音がしめやかに聞えて来た。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
やがて龍太郎は、おいのなかから取りのけておいた一体の仏像ぶつぞうを、部屋へやのすみへおいた。そして燭台しょくだいともしびをその上へ横倒しにのせかける。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……勤行はまだ始まっていなかった。一人の尼僧は聖像屏の傍に沿うて燭台しょくだいを入れて廻り、もう一人は枝つき燭架に灯を入れていた。
「岩田はまだ来ないね」池田伊兵衛のこう云うのが聞こえた、「おれより先に来ているはずなんだがね、——いい月だ、燭台しょくだいはいらないぜ」
合歓木の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
蝋燭ろうそくにホヤをはめた燭台しょくだい手燭てしょくもあったが、これは明るさが不充分なばかりでなく、何となく一時の間に合せの燈火だというような気がする。
石油ランプ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
突然彼は身震いをし、寒気さむけに襲わるるのを感じた。彼は司教の燭台しょくだいにともってる蝋燭ろうそくに照らされたテーブルにひじをかけて、ペンを取り上げた。
「百物語という触れ込みで、行灯の代りに燭台しょくだいを十だけ出して置いて、百目蝋燭ろうそくを一本ずつ消して行く、九つ目が大変で」
灯が、障子に近々と揺れると、右京の背後から、二人の腰元が、燭台しょくだいささげて、入ってきた。そのすその下を右京は、二、三尺膝行しっこうすると、平伏して
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
座敷の中にはまだその時分は電燈が来ていなかったものかそれとも風情ふぜいをそえるためにわざとそうしてありましたものか燭台しょくだいがともっていて
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
腰硝子こしがらすの障子を立てたきり、此座敷に雨戸はなかった。二つともした燭台しょくだいの百目蝋燭の火はまたたかぬが、白い障子越しに颯々さあさあと云う川瀬のおとが寒い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
父親や村の若い人たちは終いに浮かれ出して、愛らしい娘を取りいて、明るい燭台しょくだいの陰で、綺麗なその目やほおに吸いつくようにしてふざけていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
燭台しょくだいのような形にすわり、柔らかく息をしながら、しっかりくちを閉じ、眼の縁を薔薇色ばらいろにして、彼はじっと眼を据える。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
正面には高くふたつの燭台しょくだいの間に聖像がかけられ、そのわきの壇上にはばてれんらしい黒衣の老人が腰をかけて、一人の男と何か熱心に話していた。
しかし数ある仏具の中には簡素で健実なものがないわけではありません。真鍮しんちゅう製の燭台しょくだいだとか仏飯器ぶっぱんきなどには雄大な感じさえするものを見かけます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そういう時には、金色の燭台しょくだいの一点が燈明に鋭く輝いて、その光点から金色のが八方にさしているのを、唯一ゆいいつのすがりどころとじっとみつめていた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
箱の中から萌黄もえぎの絹の袋入りの一刀を取り出して、手さぐりで、その紐を払うと、女は燭台しょくだいをズッと近くへ寄せて
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
燭台しょくだいともし放しになっているのだ。その、灯を背負って赤い障子に貼られた忌中きちゅうの文字は、大きな達筆である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
時々光を、幅広くほとばしらして、かッと明るくなると、燭台しょくだい引掛ひっかけた羽織の袂が、すっと映る。そのかわり、じっと沈んで暗くなると、紺の縦縞が消々きえぎえになる。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄暗い高座も、貧しい燭台しょくだいの光も目に入りません。私はただ夢中で聴きとれていました。なお唄い続けます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
吉里は燭台しょくだい煌々こうこうたるかみまぶしそうにのぞいて、「何だか悲アしくなるよ」と、覚えず腮をえりに入れる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
燭台しょくだいが大小三本、何がそのご神体であるのか小さなほこらが一つ、古ぼけた小机が一個、それから、こればかりは比丘尼にふつりあいななまめかしい夜着が一組み
「どうしやがったのだなあ」「それだからおいらが蝋燭は舟で来る人なんぞに持せて来ては行けないと云ったのだ。差当り燭台しょくだいに立ててあるのしきゃないのだから」
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
残ったのは、虫の食った挟箱はさみばこや、手文庫、軸の曲った燭台しょくだい、古風な長提灯ながちょうちん、色のせたかみしもといったような、いかにもがらくたという感じのするものばかりであった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そこには、ぺちゃんこになった椅子の上に、ひん曲がった銅の燭台しょくだいにさしたろうそくがとぼっていた。
外では雨風の音が烈しく、隙間風に燭台しょくだいの灯がちらちらと揺れる。一同は思い思いの姿勢で、熱心に聞きとれている。読終ると、てんでに色々な註文や批評を持出す。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
燭台しょくだいは高きに置け、とバイブルに在るから、高いところがいい。その本箱の上へどうだろう。」
(新字新仮名) / 太宰治(著)
去年の夏に新たに建てられし離家はなれの八畳には、燭台しょくだいの光ほのかにさして、大いなる寝台ねだい一つ据えられたり。その雪白なるシーツの上に、目を閉じて、浪子は横たわりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そこには下男たちが重そうな銀の燭台しょくだいに火のともっているろうそくを持って、立っていました。
挙げてさしまねかるることもあらば返すにこまなきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台しょくだい遠退とおのけて顔を見られぬが一の手と逆茂木さかもぎ製造のほどもなくさらさらときぬの音
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
また白昼、障子の骨もしくは行灯あんどん、ランプ、燭台しょくだい等の内外を熟視するときは、細かなる塵毛の群がり立つを見る。その形、毛ようの繊維の立つがごとし。これみな同種類なり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
午後、彼は気に入ったものを幾つか択り出した、長いテーブルが二つ、椅子を四つ、一そろいの香炉こうろ燭台しょくだい、一桿のかつぎ斤量きんりょう、彼は又あらゆる藁灰を欲しいというのであった。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
燭台しょくだいふるいのや、南洋なんよう土人どじんったような織物おりものや、またオランダあたりからきたつぼや、支那人しなじん腰掛こしかけていたような椅子いすや、ストーブのさびたのなどまでかれてありました。
お父さんの見た人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私が眼をました時はもう夕方とみえて、天井には電気が、……さすがに電気はないとみえて、これも故国くにの習慣なのかも知れません、部屋の隅には金の燭台しょくだいに大きな西洋蝋燭ろうそく
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
燭台しょくだいの青い灯に浮いた鏡の中の黒衣の人間の顔が瞬間消えて見えなくなりました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そのうちに燭台しょくだいの花を飾ッて酒宴が始まると、客の求めで娘は筑紫琴つくしごとを調べたがどうして、なかなか糸竹の道にもすぐれたもので、その爪音つまおとの面白さ,自分は無論よくは分らなかッたが
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
クリストフは燭台しょくだいの底に蝋燭の燃えつきるのを、呆然ぼうぜんとしてながめていた。彼は寝ることができなかった。何にも考えてはいなかった。その虚無の境地が一刻ごとに深くなってゆくのを感じた。
高いマロニエの枝の上に白く咲く花も盛りの時で、あだかも隠れた「春」の舞踏に向って燭台しょくだいをさし延べたかのように見えていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると、かれは、だまって、前にある一本の燭台しょくだいをひきよせ、右手の指を、いきなり、蝋燭ろうそくの炎の中につきさしました。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
席は広間に設けられた、かけつらねた燭台しょくだいはまばゆいほど明るく、大和絵やまとえを描いた屏風びょうぶ丹青たんせいも浮くばかり美しかった。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
八畳と六畳を打ち抜いて、燭台しょくだいが四つ、平次の前にはお染とお今。その横には和七と仙之助。親類方はその後ろへ、奉公人はその横に並びました。
目をひらくと、すぐまえに、りっぱなテーブルがあり、その上に、美しいほりもののある燭台しょくだいがおかれ、五本のロウソクが、明るくもえていました。
灰色の巨人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして閣下の寝間の暖炉の上から二つの銀の燭台しょくだいを取ってきて、それにすっかり火をともして食卓の上に置いた。
つやの無い、くすぶった燭台しょくだいの用意はしてあったが、わざと消したくらいで、蝋燭ろうそくにも及ぶまい、とかただけも持出さず——所帯構わぬのが、衣紋竹えもんだけの替りにして
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
飾り付けと云っては一隅の三角だなに、西洋の骨董品こっとうひんらしい、きたならしく蝋涙ろうるいのこびり着いた燭台しょくだいと、その他二三の蚤市のみいちからでも買って来たらしいガラクタと
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
桜の園のご主人さまのな! (うっかり小テーブルにぶつかり、枝付燭台しょくだいをひっくり返しそうになる)なんでも代は払ってやるぞ! (ピーシチクとともに退場)
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「ウム」と左手へ引っ提げた重喜しげよし。「その燭台しょくだいを廊下へ出して、女どももが血祭りを見物せい!」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
露にれた、老緑ろうりょくの広葉を茂らせている八角全盛やつでが、所々に白い茎を、枝のある燭台しょくだいのようにき出して、白い花を咲かせている上に、薄曇の空から日光が少し漏れて
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのころの田舎いなかの饗宴の照明と言えば、大きなろうそくを燃やした昔ながらの燭台しょくだいであった。
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)