波瀾はらん)” の例文
これがもし達者な作家であったなら、その間に、たとえば五カ年とか、七カ年とかにわたる波瀾はらん万丈の物語を展開したかもしれない。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
こういうことのあったのは永禄元年のことであるが、この夜買った紅巾こうきんたたりで、土屋庄三郎の身の上には幾多の波瀾はらん重畳ちょうじょうした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただ杜甫の経歴の変化多く波瀾はらん多きに反して、曙覧の事蹟ははなはだ平和にはなはだ狭隘きょうあいに、時は逢いがたき維新の前後にありながら
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
私の郷里で暮らしたその二カ月間が、私の運命にとって、いかに波瀾はらんに富んだものかは、前に書いた通りですから繰り返しません。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
波瀾はらんとかエピソードとかいったものがあったけれど、それもやっぱりもう済んでしまって、今では思い出が残っているのだ……。
遠くの騒ぎ唄、富貴ふうき羨望せんぼう、生存の快楽、境遇の絶望、機会と運命、誘惑、殺人。波瀾はらんの上にも脚色の波瀾を極めて、遂に演劇の一幕ひとまくが終る。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これほどの出来事も過ぎ去った後になって見れば、維新途上の一小波瀾はらんであったと考えるものもあるほど、押し寄せる世界の波は大きかった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たちまち雲竜双巴ふたつどもえ、相応じ対動して、血は流れ肉は飛び、波瀾はらん万丈、おそろしい現世の地獄、つるぎの渦を捲き起こさずにはおかないという。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
結婚申し込む先に身元調べるに違いないよって、どないしたかて知れる、そんなことして平地に波瀾はらん起すより当分内証で会うてる方ええやないか
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、吉次の計画は、極めて簡単な一投石で、その目的の波瀾はらんを、中央に捲起まきおこすことができるものとして——平泉のやかたから黙約を得ていたのだった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平和の状態に戻る前には必然に多少の波瀾はらんが常にあるもので、あたかも山岳から平野におりてゆくようなものである。
びとを帰したお政は、いささか気もおちついたものの、おちついた思慮しりょが働くと、さらに別種べっしゅ波瀾はらんが胸にわく。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
この二人は奇妙なつながりであつた。富岡は、こゝ数年の波瀾はらん縦横な戦ひのなかで、何処かに自分の人間らしさを失つて来てゐるやうな気がしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
鈴木女教員の代わりの教員が来、吉川訓導の代わりの師範学校出の先生が来て、丘の中腹の学校は元どおりの、内に波瀾はらんはらんだ表面の平和を続けていった。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
実生活の波瀾はらんに乏しい、孤独な道を踏んで来た私のうちに、思いもかけず、多数の個性を発見した時、私は眼を見張って驚かずにはいられなかったではないか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
送別式に何かの波瀾はらんを予想し、興味本位でそれを期待していた生徒たちも決して少くはなかった。彼らは、見送りのために校庭に集合しながら、くちぐちに言った。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
動揺期にある社会は守旧破壊の双方の主張の風を受けてますます波瀾はらんをあげているが、多数の人々はその双方の思想を識別して向背を決するだけの文化を有していない。
「人間万事塞翁さいおうの馬。元気を出して、再挙をはかるさ。人生七十年、いろいろさまざまの事がある。人情は飜覆ほんぷくして洞庭湖の波瀾はらんに似たり。」と洒落しゃれた事を言って立ち去る。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
多年情海の波瀾はらんしのいで来た、海に千年山に千年ともいうべき、その女主人と差し向いに坐っていると、何だか、あまりに子供じみた馬鹿らしいことをいい出すのが気恥かしいようで
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
永遠に塗りつぶされた唯一色の暗夜を独り行くようなはげしい屈託くったくを感じたのである。全て波瀾はらん曲折も無限の薄明にとざされて見え、止み難い退屈を驚かす何物も予想することが出来なかった。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
米国産業資本に強靭きょうじん波瀾はらんをまきおこしたために、米国資本を背景とした商工都市大阪は、ウォール街を恐怖がおそうと同時に、赤鼻女の野暮なアメリカの衣裳をつけて財界の迷路に立った。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
めば砂の山を歩いて松の木立を見る。砂の浜に下りて海の波瀾はらんを見る。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
經濟界けいざいかい波瀾はらんあたへることになるのであるが、これ如何いかにしてふせるかとふと、政府せいふ財政ざいせい整理緊縮せいりきんしゆくこれ持續ぢぞくし、國民こくみん消費節約せうひせつやく程度ていどこれ持續ぢぞくしてくよりほかみちはないのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
人生を脱離して超越していると考えながらも、やがて人生の波瀾はらんの中に巻き込まれているのが普通の状態である。人生を脱離したごとく考えているのがやがて人生の渦中に立っているわけである。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
これらの武家の興亡はそれだけでも歴史に波瀾はらんに富んだ見せかけを与えているが、もっと根本的な重大事は、武家といわれる身分のものが、政治権力を朝権の外にうち立てたということであって
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
下界げかいるとまなこくらむばかりで、かぎりなき大洋たいやうめんには、波瀾はらん激浪げきらう立騷たちさわぎ、數萬すまん白龍はくりよう一時いちじをどるがやうで、ヒユー、ヒユーときぬくがごとかぜこゑともに、千切ちぎつたやう白雲はくうん眼前がんぜんかすめて
それは昂奮こうふんしたお延の心持がやや平静に復した時の事であった。今切り抜けて来た波瀾はらんの結果はすでに彼女の気分に働らきかけていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遠くのさわうた富貴ふうき羨望せんばう、生存の快楽、境遇きやうぐうの絶望、機会と運命、誘惑、殺人。波瀾はらんの上にも脚色きやくしよく波瀾はらんきはめて、つひに演劇の一幕ひとまくが終る。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
二剣、その所をべつにしたが最後、波瀾はらん激潮げきちょうを生み、腥風せいふうは血雨を降らすとの言い伝えが、まさにしんをなしたのである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いかんせん、水戸はこの熱意をもって尊王佐幕の一大矛盾につき当たった。あの波瀾はらんの多い御隠居の生涯しょうがいがそれだ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここと都との通信機関は、早馬の往復だけが、唯一無二ゆいいつむにのものである。だから時局の波瀾はらんをみると、海道から府内は、昼夜、ひっきりなしに六飛脚びきゃくだ。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本来ならば余りにも波瀾はらんに乏し過ぎる、平和な親子三人の暮しなのであるが、今迄それに絶えずさまざまな変化を与えていたものは、二人の妹なのであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その古い色を見ると、木村の父のふとぱらな鋭い性格と、波瀾はらんの多い生涯しょうがい極印ごくいんがすわっているように見えた。木村はそれを葉子の用にと残して行ったのだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これは以前にも申しましたが、どうやら紀州殿のやり口は、平地に波瀾はらんを起こされるようで。どうでもとめなければなりません。光殿からご忠告なさるがよろしい。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしながら、波瀾はらん表面ひょうめんに見せないだけ、お政が内心の苦痛くつう容易よういなわけのものでなかった。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ほとんど無限ともいうべき大きな時代の浪の中での一波瀾はらんであったとすれば、単にそれだけを切りはなして描いただけでは、彼のほんとうの生活を描いたことにならないであろう。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
經濟界けいざいかい急激きふげき波瀾はらんあたへることはないことを確信かくしんしてる。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
しからざればいらざる風濤ふうとうの描写をいて、主人公の身辺に起る波瀾はらん成行をもう少し上手に手際てぎわよく叙したらば好かろうと思う。
俄然、平常へいぜい、直胤の一派を支持している者と、ひそかに、それへ反感を抱いている者との感情が、環の一投石に依って、露骨な波瀾はらんをよび起したのであった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうして、この晩の研究会は、いつもにない波瀾はらんを見せたとはいえ、一二のすぐれた塾生の協力によって、ともかくも友愛塾らしい結論を生み出すことに成功して、最後の幕をとじた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
乙女時代から好んで波瀾はらん重畳の生き方をした妹であるだけに、る時は水害で死に損なったり、或る時は地位も名誉も捨ててかかった恋の相手に死なれてしまったり、全く彼女一人だけが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
現在別にわるいところがないのなら、無論近い将来にもさして病難があるとは思われません。現在は唯今ただいまも申上げたように波瀾はらんのあった後むしろ無事で、いくらか沈滞というような形もあります。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そう思うと葉子は無理にも平地に波瀾はらんが起こしてみたかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
江戸駒込こまごめの別邸で波瀾はらんの多い生涯しょうがいを終わった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
沙翁さおうは指輪を種に幾多の波瀾はらんを描いた。若い男と若い女を目に見えぬ空裏くうりつなぐものは恋である。恋をそのまま手にとらすものは指輪である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「——おあんじなされますな、たとえ、いかなる波瀾はらんを生みましょうとも、かれらのことでござります」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫の方もいずれまた一と波瀾はらん持ち上ること分ってましたが、さしあたり前より都合ようなったくらいですよって、私はますますのぼせてしもて、情熱の奴隷となってしもたのんですが、その最中に
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
少しでも労力を節減し得て優勢なるものが地平線上に現われてここに一つの波瀾はらんを誘うと、ちょうど一種の低気圧と同じ現象が開化の中に起って
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし彼の心が、再びこの山村の平和に退屈しても、なお、これ以上の波瀾はらんを欲するかしら? それは杢之進にも分らない。ただ当座は、一刻も早く陶器山すえものやまの静まるのを念じたに違いない。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大なり小なり次の波瀾はらんが呼び起されずに片がつこうとは、いかに自分の手際に重きをおくお延にも信ぜられなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)