時鳥ほとゝぎす)” の例文
下町したまちはうらない。江戸えどのむかしよりして、これを東京とうきやうひる時鳥ほとゝぎすともいひたい、その苗賣なへうりこゑは、近頃ちかごろくことがすくなくなつた。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かつをも裏長屋まで行渡つて、時鳥ほとゝぎすも珍らしくはなく、兩國橋を渡つて、大川の上手へ出ると、閑古鳥かんこどり行々子よしきりも鳴いてゐた時代です。
ちやう時鳥ほとゝぎすく頃で、庭には青葉が、こんもりと繁つてゐた。政宗はお産でもするやうに蟹のやうな顔をしかめてうん/\うなつてゐたが、暫くすると
しゝの出るのは五段目やとか、ありがた山の時鳥ほとゝぎすとか、いづれあやめとひきぞわづらふとか、坊主まる儲けとか、出まかせな駄洒落を、年中繰返して居る。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
その折彼が出家遁世しゅっけとんせいの念を起して詠んだのであるが、帝の御母后おんはゝきさきのもとにも馴染なじみの女房があったので、「なり果てむ身をまつ山の時鳥ほとゝぎすいまは限りとなき隠れなむ」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此花の頃は時鳥ほとゝぎすがあちこち啼いて、飛びちがひましたものでござりますが、只今では、虫や蜘蛛が鉱毒の為め居りませぬ故か、一と声も聞きませぬ。卯の花も咲きませぬ。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
油紙で張つた雨傘にかど時雨しぐれのはら/\と降りかゝる響。夕月をかすめて啼過る雁の聲。短夜の夢にふと聞く時鳥ほとゝぎすの聲。雨の夕方渡場の船を呼ぶ人の聲。夜網を投込む水音。荷船の舵の響。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
聲ばかり聞かされて、姿の見えぬ時鳥ほとゝぎすのやうな和尚さんは、何處に居るのか、さう思つて、キヨロ/\と、暗い中を見𢌞したが、茶箪笥、火桶、鑵子、それ等のものよりほかに何もなかつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一月餘ひとつきあまりも過ぎて其年の春も暮れ、青葉の影に時鳥ほとゝぎすの初聲聞く夏の初めとなりたれども、かゝる有樣のあらたまる色だに見えず、はては十幾年の間、朝夕樂みし弓馬の稽古さえおのづから怠り勝になりて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
見れば山々雨を含みて雲暗く水の響き凄じかゝる折名乘りもいで時鳥ほとゝぎす
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
きみいま駒形こまかたあたり時鳥ほとゝぎす
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
らばとつて、一寸ちよつとかへるを、うけたまはりまするでと、一々いち/\町内ちやうない差配さはいことわるのでは、木戸錢きどせんはらつて時鳥ほとゝぎするやうな殺風景さつぷうけいる。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
八五郎が大變を持込んで來たのは、梅雨つゆ前のよく晴れたある朝、かつを時鳥ほとゝぎすも、江戸にはもう珍らしくない頃です。
初手しよて毛布けつとくるんで、夜路よみち城趾しろあとへ、とおもつたが、——時鳥ほとゝぎすかぬけれども、うするのは、はなれたおうらたましひれたやうで
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
四月三十日、初鰹はつがつをにも、時鳥ほとゝぎすにも興味はなくとも、江戸の初夏の風物は此上もなくさはやかな晝下がりです。
さくら山吹やまぶき寺内じないはちすはなころらない。そこでかはづき、時鳥ほとゝぎす度胸どきようもない。暗夜やみよ可恐おそろしく、月夜つきよものすごい。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
江戸の町々がすつかり青葉につゞられて、時鳥ほとゝぎす初鰹はつがつをが江戸ツ子の詩情と味覺をそゝる頃のことです。
をとこは、をんなたましひ時鳥ほとゝぎすつたゆめて、しろ毛布けつとつゝんでらうと血眼ちまなこ追駆おつかまはさう……寐惚面ねぼけづらるやうだ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それは櫻には少し遲いがまだかつをにも時鳥ほとゝぎすにも早い晩春のある日のことでした。
『まだ/\、まだ/\、やまなか約束やくそくは、人間にんげんのやうに間違まちがはぬ。いま時鳥ほとゝぎす時節じせつい。』
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
時鳥ほとゝぎす矢信やぶみ、さゝがに緋縅ひをどしこそ、くれなゐいろにはづれ、たゞ暗夜やみわびしきに、烈日れつじつたちまごとく、まどはなふすまひらけるゆふべ紫陽花あぢさゐはな花片はなびら一枚ひとつづゝ、くもほしうつをりよ。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
また思出おもひだことがある。故人こじん谷活東たにくわつとうは、紅葉先生こうえふせんせい晩年ばんねん準門葉じゆんもんえふで、肺病はいびやうむねいたみつゝ、洒々落々しや/\らく/\とした江戸えどであつた。(かつぎゆく三味線箱さみせんばこ時鳥ほとゝぎす)となかちやうとともにいた。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)