つか)” の例文
風が襲いかかり、三之助のつかまっている雨戸が、危なく吹き飛ばされそうになった。三之助は部屋へ戻りながら、もういちど云った。
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
独断なり故に狭隘けふあいなり。彼は数個の原則をつかみ此を以て人事の総てを論断せんとせり。彼は何物も此原則の外に逸する能はずとせり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
油断をしてゐるうちに、達二はいきなり山男に足をつかまれて倒されました。山男は達二を組み敷いて、刀を取り上げてしまひました。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
出すもので私たちは振り落されないようにしっかりつかまっていながら寝不足と霧雨とに悩まされてすっかり憂鬱になっていました。
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「ふん、なにがいい相談だ。あたしは三日前にここから身を投げるつもりのところを、お前のようなゲジゲジ虫に取っつかまって……。」
廿九日の牡丹餅 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何か知らん痛いものに脚の指を突掛つっかけて、危く大噐氏は顛倒しそうになって若僧につかまると、その途端に提灯はガクリとゆらめき動いて
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
忠作は上手に桝を明けて鼠をギュウとつかまえて、地面へ置くと、足をあげてそれを踏み殺してしまいました。女中はホッと息をついて
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「印度洋の方では、何とかいふ軍艦がたつた一隻でばれまはつてゐるんだつてね。それがちつともつかまらないと云ふから面白いねえ」
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
其処へ饒舌家おしやべりの叔母が小供達と共に泊りに来たのが、今朝も信吾は其叔母につかまつて出懸けかねた。吉野は昌作を伴れて出懸けた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
喧嘩がしたくて来たものは、卓子テーブルつかまつてお辞儀をするものだと知つてゐる馬左也氏は、直ぐ老教師の用事を見貫みぬいて苦い顔をした。
……ええ……そのヤングは軍艦が浦塩うらじおに着くと間もなく、このオブラーコの舞踏場へって来て、一番最初に妾をつかまえて踊り出したの。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
耳許みみもとしかとがめるような声がするとともに右の腕首をぐいとつかんだ者があった。務は浮かしていた体をしかたなしに下に落した。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
複雑な自然人生の中から何らか普遍的な要素をつかまえていて、そしてそれを表わすに最も簡単明快な方法を選んでいる事である。
「兎も角も、わけがありさうだ。お前は二人を逃さないやうに、この物干からよく見張つてくれ。俺は庭から廻つて一人づつつかまへて見る」
逢って見た青木は、思ったよりも書生流儀な心易い調子で、初対面の捨吉をつかまえて、いきなりその時代の事を言い出すような人であった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「面白がられちゃ困るけれど、話し序だ。四年の学年試験の時、先生の時間にカンニングをやって取っつかまってしまったんだよ。ハッハヽヽ」
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
とこわ/″\乗りますと、乗り付けませんで、殊に道中馬は危ないから、油汗が出てしっかりつかまっている。シャン/\/\と馬方が曳き出す。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それを明瞭はっきりそう感ずるのは阿賀妻だけかも知れない。いや、みんな——これとつかめないにもかかわらず、何かさばさばしないものを感じていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
隣の息子むすこが雌を連れて来て、刮々くゎくくゎく云わしたら、雄はひとりでに床の下から出て来て、難なくつかまった。今更の様だが女の力。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ちひさく、はなあかく、肩幅かたはゞひろく、せいたかく、手足てあし圖※づぬけておほきい、其手そのてつかまへられやうものなら呼吸こきふまりさうな。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
というて前にあるレクシン(経帙きょうちつの締木)を取り左の手に私の胸倉をつかまえて私の頭顱あたまをめがけてぶん擲ろうとしたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
西郷贔負さいごうびいきの二葉亭はこの伯父さんが官軍だというのが気にわないで、度々たびたび伯父さんをつかまえては大議論をしたそうだ。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「しっ、声を出すんじゃない。静かにしろ。おれにつかまったが百年目だ。これ、じたばたしたって駄目だよ、腕力ならおれの方がずっと強いんだ」
暗中の接吻 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
串戯じょうだんを云っちゃ困る……これから行って逢えるようなら、橋の上で巡査につかまる、そんな色消しは見せやしない。……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ね、今日わざわざ探偵長に国境まで娘を送らせたのも国探としてフランス黒表に載って仕舞ったあの娘が途中でつかまったりし無い保護をしたんですよ。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
われ何處どこくんだ。こうれ」勘次かんじつかまうとしたがおつぎはねぢつてさつさとく。勘次かんじあわてゝ草履ざうり爪先つまさきつまづきつゝおつぎのあといた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
葉子は庸三によって新聞の記事を何とかできるだけ有利に糊塗ことしなければならなかったが、庸三もこうして彼女につかまった以上逃げをうつ手はなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いわゆる文明社界に住む人の特色は何だとまとめて云って御覧なさい。私にはこう見える。いわゆる文明社会に住む人は誰をつかまえてもたいてい同じである。
文壇の趨勢 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はずつと後まで、其の意味をつかむ事が出来なかつた。其の学校は、ホテル・ド・ルウロオプの中にあつた。
子供の保護 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
何んだろうとのぞいて見るとお勝さんが、疑いを掛けたその裏長屋の泥棒猫をつかまえて、コン畜生、々々といって力任せに鼻面はなづらを板のこすり附けております。
つかまえて聞くと、今朝殆ど私と入違いりちがいに尋ねて来たのだそうで、何でもお神さんの身寄だとかで、車で手荷物なぞも持って来たから、地方の人らしいと云う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
命の綱にしっかりとつかまえて見ていた、そうして立ちすくむ足を踏みめて、空を仰ぐと、頭上には隆々たる大岩壁が、甲鉄のように、凝固した波を空にげ上げ
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
子供等は時々彼等をつかまえて玩弄おもちゃにする。彼等はお愛想あいそよく、耳を立て鼻を動かし小さな手の輪組の中におとなしく立っているが、少しでも、隙があれば逃げ出そうとする。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
危うく梯子につかまって——まだ上り切るまでには三四段残っている——怖る怖る下を見ると黒く見えるのは人のようだ。その黒いものはだんだん梯子を上って来るように見えた。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
声の起った所へ、戻りかけた面々も足をかえして、真っ黒に寄りたかった。そこの岩陰へ、見つけた者が先へ躍って、ししでも手捕りにするように、一人の男をつかまえて組伏せていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とっつかまえて、しょびいて帰ろうって云うんだからな。おいらは褒美ほうびを貰うだろうさ、だがその代り庄三郎さんは、掟通り首を切られなけりゃあならねえ。どうもこいつがよくねえなあ
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何だか、池の水の中に泳いでいる美しい金魚か何ぞのように、あまり遠くへ逃げもせず、すぐに手につかまりそうで、さて容易につかまらないというような心地のするのがその女であった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「あ、つかまえた、田村のおばさま、きょうは放しませんよ、きょうで三日もいらっしっているんじゃない? あたい、ちゃんと時間まで知っているんだもの。きのうも五時だったわ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし、大工達がそれを側面にくつつけるまでは、用心深くつかんでゐるのだ。
「あいつらの一人がやったのさ」と亭主はポッポッと湯気を立てながら「何しろとおり一ぱいぶちまけちゃったんだ。阿呆め、自分で拾い集めないで行ったら、ふんつかまえてやるところだった」
評家久しく彼を目するに高踏派の盟主を以てす。すなはち格調定かならぬドゥ・ミュッセエ、ラマルティイヌの後にで、始て詩神の雲髪をつかみて、これに峻厳しゆんげんなる詩法の金櫛きんしつを加へたるが故也。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
俺は、こんなけちな奴だから、大したことは望まねえし、又、出来もしねえとあきらめている。そこで、ちょっくら、有りすぎる所から、小判をつかみ出しちゃあ、無さすぎる方へ撒いて歩くのよ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
平七は飽くまでも、自分の引き出した話のいとぐちつかまへて放さなかつた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
と怒鳴りながら駈けて来て、ギユツと、襟頸えりくびつかんで
子供に化けた狐 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「なぜ不必要かというとですね、かれらはすでに自分の首に縄を巻きつけている。私どもはただその縄の端をつかまえればいいんです」
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
油断ゆだんをしているうちに、達二たつじはいきなり山男に足をつかまいてたおされました。山男は達二を組みいて、刀をり上げてしまいました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
もう打っちゃっては置けないので、庄太がつかまえて詮議すると、いや、もう、意気地のない奴で、小さくなって恐縮している。
半七捕物帳:54 唐人飴 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
警護の侍たちや参詣の群衆は直ぐに縁の下へ追いかけましたが、それにつかまったのは運悪く、がんりきでなくて米友でありました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
水産学校の卒業生をつかまえて御指導になるような塩梅あんばい式にですね……お願い出来たら、それこそ本格にピッタリと来るだろう。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女は、何かこうシッカリとつかまる物でもなければ、自分の弱い体躯からだまで今に何処へか持って行かれて了うような眼付をした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)