てん)” の例文
西欧の文化国なら罪はわれわれ自身にあることがつとに自覚されているのだが、わが国では罪を「赤鼻の獄史」に帰しててんとして恥じない。
国力のある限りな豪壮の美を押して国境へ出て行くのが常であったが——信長は、てんとして、そういう方式や虚飾にかまっていなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかのみならずその旧主人とともに社会に立ち、あるいはその上にくらいして世の尊敬を受くるも、てんとしてはばかる色なきはなにゆえなるや。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
最も奇とすべきは溝部で、或日偶然来て泊り込み、それなりに淹留えんりゅうした。夏日かじつあわせに袷羽織ばおりてんとして恥じず、また苦熱のたいをも見せない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それでその人倫のみだれて居ることはほとんどいうに忍びないほどの事もありますけれども、チベット人はてんとしてじない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
自己の生活に濫して酒肉を買ひ、はたに迷惑をかけてもてんとして恥ぢないやうな、生若い似非デカダン、道楽デカダンには私は何時も怖毛おぞけを振ふ。
文壇一夕話 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
あるいは猛激粗暴なる檄文げきぶんを投じ、あるいは詭激きげき無謀なる挙動をなし、てんとしてみずから怪しまず、かえって志士の本色となすがごときはなんぞや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
自分たちの境遇が変ると、昨日きのうまで軽蔑けいべつしていた人の真似まねをしててんとして気の付かない姉夫婦は、反省の足りない点においてむしろ子供みていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天下に名をしたいということだけで目がくらみ、自家の菲才浅学ひさいせんがくの如きをてんとして念頭におきたがらぬ。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
○己にはこの一人の難儀が骨身に応え、命を掻きむしるのだ。それに君は何千人かのそう云う人間の運命を、その嘲るような顔附をして見ていて、てんとして顧みないのだ。
今の世には歳の暮になると料理屋の二階で忘年会とかいうものを開いて酒を飲み芸者を揚げ狂歌乱舞顛倒淋漓てんとうりんり、野蛮人の状態をなしててんとしてじざるものが沢山あります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そうして、「神武のいにしえかえる。」と宣言した。「維新」と「復古」とは、まさに正反対の表言であるが、このような矛盾した宣言を、明治政府は、てんとしておこなったのである。
克畏こくいしんを読めば、あゝおおいなる上帝、ちゅうを人にくだす、といえるより、其のまさくらきに当ってや、てんとしてよろしくしかるべしとうも、中夜ちゅうや静かに思えばあに吾が天ならんや
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
部下がストライキを起しても、新聞で嘲られてもてんとして知らぬ顔で、あべこべにさかんに熱を吹いて、「俯仰天地にじぬ」とか、「断じて市会議員を買収したおぼえはない」とか云っていた。
元来のうは我が国民権の拡張せず、従って婦女が古来の陋習ろうしゅうに慣れ、卑々屈々ひひくつくつ男子の奴隷どれいたるをあまんじ、天賦てんぷ自由の権利あるを知らずおのれがために如何いかなる弊制悪法あるもてんとして意に介せず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
てんとして既往を忘れたふりのできる顕官けんかん連や、彼らの諂諛てんゆを見破るほどに聡明そうめいではありながらなお真実に耳を傾けることをきらう君主が、この男には不思議に思われた。いや、不思議ではない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
すなわち実業家と称する人の中には自分の商売を進むるにするどく、その成功のためにはほとんど人倫をみだすもてんとして恥じざるのみか、かえってこれを誇りとするがごとき人をしばしば見受ける。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
と言って、てんとしてその金包を再び自分の手に納めた上に
「いつかは」と、法の威厳を示すべく誓っていたところ、或る折、またまた、国法をみだして、てんとしてかえりみないような一事件があった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その泣き声は吾ながら悲壮のおんを帯びて天涯てんがい遊子ゆうしをして断腸の思あらしむるに足ると信ずる。御三はてんとしてかえりみない。この女はつんぼなのかも知れない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この輩が不文ふぶん野蛮と称して常に愍笑びんしょうする所の封建時代にありても、決して許されざりし不品行を今日に犯し、てんとしてずるを知らざるものなきにあらず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
破戒僧はかいそうの表裏 こういう大罪だいざいを犯しててんとしてじないところの人間がです、かえって虫を殺したりしらみを殺したりすることを大いに恐れてしないような事もあるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
精神病者は自らの動物と闘い破れた敗残者であるかも知れないが、一般人は、自らの動物と闘い争うことを忘れ、てんとして内省なく、動物の上に安住している人々である。
精神病覚え書 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
一日あるひ侯は急に榛軒を召した。榛軒は涎衣ぜんいを脱することを忘れて侯の前に進み出た。上下しやうか皆笑つた。榛軒わづかに悟つてしづかに涎衣を解いて懐にし、てんたる面目があつた。是が二つである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
アア堂々たる男子にして黄金のためにその心身を売りてんとして顧みざるの時に当り、女史の高徳義心一身を犠牲として兄に秘密を守らしめ、自らは道を変えつつもなお人のため国のために尽さんとは
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
てんとして、いっこう、何のおそるるふうもなく、かえって秀吉の方が、さきにてれまどうほど、澄まして、見つめ返してくるのであったから、秀吉が
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
互を軽蔑した文字をてんとして六号活字に並べ立てたりなどして、ことさらに自分らが社会から軽蔑されるような地盤を固めつつ澄まし返っている有様ありさまである。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
口語体の文においてもまたてんとしてこれを用いる。着意してあえて用いるのである。
空車 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
新聞だけが、それを行って、てんとして、恥じるところがないのである。
けだし慶応義塾の社員は中津の旧藩士族にいずる者多しといえども、従来少しもその藩政にくちばしを入れず、旧藩地に何等なんらの事変あるもてんとして呉越ごえつかんをなしたる者なれば、往々おうおうあやまっ薄情はくじょうそしりうくるも
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ありやなしやの薄いどじょうひげの先に、鼻汁がかかった。てんとして、虚無僧はそれを拭こうともしないのである。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもてんとして平然たるに至ってはちと一噱いっきゃくを催したくなる。彼は万物の霊を背中せなかかついで、おれの鼻はどこにあるか教えてくれ、教えてくれと騒ぎ立てている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
てんとして恥ずる者なし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
相手の知識を、てんとして無視し去ってしまう場合に、無智が絶対につよい。生半可なまはんかな有智は誇る無智へ向って、ほどこすにすべがないという恰好になってしまう。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
文明の今日こんにちなおこの弊竇へいとうおちいっててんとしてかえりみないのははなはだしき謬見びゅうけんである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、占領範囲のことごとくを、既成事実として認めさせ、一稼ひとかせぎの後は、てんとして、澄まし込んでいるはやさの如きは、がまが蚊を呑んでうそぶいているような横着さである。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、清盛は、いて、てんとして、父へも母へも、虚勢を示しながら、また少しひざをすすめた。そして、叔父の忠正から借りてきた金を、無造作に、さし出した。
「ものの役に立たぬ奴じゃ、てんとして、恥とも思わぬつらよな。祖先以来、事なき日にも、禄を与えておくのはなんのためと思う。そちはそれでも米を喰って生きている武士か」
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまつさえ、笠置のあとも、吉田大納言定房だけは、てんとして、新朝廷に仕えていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「くさすなくさすな。あれが人間の弱さじゃろ。——ひと事とせず、心得ておらねばならぬ。人もひとたび、心まで落ちぶれると、味気あじけない迂愚うぐ堕落だらくを、てんとして辿たどるものではある」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それのみか、てんとして
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)