てい)” の例文
さらずば道行く人に見せられぬ何等かの祕密を此屋敷にかくして置くていの男であらう、今は見上げる許り高い黒塗の板塀になつて居る。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
セキスピアもバナードショオも背後に撞着どうちゃく倒退とうたい三千里せしむるに足るていの痛快無比の喜悲劇の場面を、生地きじで行った珍最期であった。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どういう点で在来の史書があきたらぬかは、彼自身でも自ら欲するところを書上げてみてはじめて判然するていのものと思われた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
むろん今日の「理智」を満足せしめるていのものではない。正直なところ、僕にしてもこの和讃を馬鹿らしく思ったことがある。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
誰が何を饒舌つても、争つても忽ち消えてしまつて一沫のよどみも感ぜられないていにも長閑な春の午近い海辺であつた。
まぼろし (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
すなわち一度は忠実なる門下生となってその上において我等は百尺竿頭かんとうに一歩を進めるていの心掛けが肝要なことであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その二つの欲望が弱いならば、信仰はいらない。いい加減のところに落ちつくていのものである。この二つの欲望が弱くては信仰に到達し得ない。
念仏と生活 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
僕の尊敬する所は鹿島さんの「人となり」なり。鹿島さんの如く、熟してやぶれざるていの東京人は今日こんにち既に見るべからず。明日みやうにちさらまれなるべし。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
写生文家の人間に対する同情は叙述されたる人間と共に頑是がんぜなく煩悶はんもんし、無体に号泣し、直角に跳躍し、いっさんに狂奔きょうほんするていの同情ではない。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貧弱な肉体の情慾が醜く猛獣の性慾が壮観であるていの架空なパラドックスを弄してひそかに慰めるに過ぎなかつたのだ。
枯淡の風格を排す (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
いやしくも皮下多少の血あるていの者が※乎かいことして見て過ぐるあたわざる幾多悲惨の現象をいかにわれらの眼前に展開しつつあるやの実状に至っては
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
この思想——すなわち罪を憎んで人を憎まざるていの大岡さばきが、後世捕物小説の基本概念になったかも知れない。
江戸の昔を偲ぶ (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いわんや神の子イエスが我を愛し給い、わがイエスを信じまつる時、荒野に水湧き砂漠に花開くていの奇蹟が我らの人生に起こるのに格別不思議もない。
「君の言うことは一々もっともだが、僕の場合は少し違う。君が心配するほどのことはないよ」ていの考えでますます深みにおちいるのもわれわれはしばしば見る。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
航空機械の創造等に比すべく、吾人ごじん人類の信仰なり生活なりを、根底よりくつがえすていのものであった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
有名な吝嗇家りんしょくかであったが、しかししっぽをつかまれるような吝嗇家ではなかった。根本においては、自分のでき心や義務のためには容易に浪費者となるていの蓄財家だった。
却ってつきつめるていの探求を放擲するものであるということを、深く注目しなければならぬ。
読書法 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
まわりのものの変移流転へんいるてんすがたに眼をとめている——が、一度発するが早いか、石をち、山をき、人をくだかずんばまざるてい剛剣ごうけん——それが、喧嘩渡世の茨右近である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
必ずしも上流者流の間にのみ限らなければならぬていのものでなくなったことに基づくとはいいながら、なおそのほかに伝播力が藤原時代に比して大いに増加したということも
それ故善良なる習慣を作るまで、暫く十分の報酬を官吏に与えてそれに満足させ、同時に一方に規律ある軍隊、警察を置き、馬賊も白狼匪も全然閉息するていの力を備うべきである。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
うそにも「上総屋」という名まえの残っていたていの、そうした古い、すぎ去った情景のなかにだったからこそ、自由にわたしに動かすことが出来たのだろうか? こうした会話を
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
しかしてその無為にして化するていの性質は、散弾の飛ぶもほとんどいずこの家にる豆ぞと思いがおに過ぐるより、かの攻城砲は例よりもすみやかに持ちいだされざるを得ざりしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
不義、毒殺、たとえば父子、夫妻、最親至愛の間においても、その実否じっぷを正すべく、これを口にすべからざるていの条件をもって、咄嗟とっさらい発して、河野家の家庭を襲ったのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玩具と言えば単に好奇心を満足せしむるていのものに過ぎぬと思うは非常な誤りである。玩具には深き寓意と伝統の伴うものが多い。換言すれば人間生活と不離の関係を有するものである。
土俗玩具の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
人にれないように深甚な用意を払い、極度に怒りっぽく、何ものへ向っても直ちに角を逆立ててて突進し、これを粉砕せずんば止まざるていの充分な野牛だましいを植えつけ、育むのだ。
見やるごとにサモイレンコが思わず唸り出さずにはおられぬていのものだった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
孔子の所謂る其の心に順ひて其ののりを越えざるていのものならざるべからず。
美的生活を論ず (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
けれどもだんだん私に迫って来て、あなた死んでは詰らんじゃないかとかなんとかいろいろな事をいい出したけれども、私はすべて鋭き正法を守るていの論法をもって厳格に打ち破ってしまった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
殿の御推挙なさる人物なら——やがては、日本を背負って立つていの——
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
と涙を流し手を合せ鰭伏々々ひれふし/\歎くてい忠義の心ていあらはれしかば可睡齋も感心なし善哉々々よきかな/\汝が志操こゝろざし感心致したりちからの及ぶだけは救ひ遣はさんと云しかば三五郎はハツとばかりに平伏なし有難なみだむせやがいとま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
興味に遊んでいる方を楽しまないていの意地の悪さがある。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
将軍に睡壺だこを撃砕するていの感激を起さしめたのである。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さらずば道行く人に見せられぬ何等かの秘密を此屋敷に蔵して置くていの男であらう、今は見上げる許り高い黒塗の板塀になつて居る。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
生馬いきうまの眼を抜き、生猿いきざるの皮をぎ、生きたライオンの歯を抜くていの神変不可思議の術を如何なる修養によって会得して来たか。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かつての自分のほこりであった・白刃はくじんまえまじわるも目まじろがざるていの勇が、何とみじめにちっぽけなことかと思うのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
安寧秩序をみだし良良なる風俗をそこなていの人騒がせは許しがたい悪徳であるなぞと途方もないことが書いてあつたよ。
西東 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
いはんや私は尋常の文人である。後代の批判にして誤らず、普遍ふへんの美にして存するとするも、書を名山に蔵するていの事は、私の為すべき限りではない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼の精神が朦朧もうろうとして不得要領ていに一貫しているごとく、彼の眼も曖々然あいあいぜん昧々然まいまいぜんとしてとこしえに眼窩がんかの奥にただようている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
預言者は神の言を以て表面的なる人の心を審判さばく。我々は喜怒色に現わさざるていの聖人君子ではない。併し悲しむならば神の悲を悲しみ、怒るならば神の怒を怒るべきである。
帝大聖書研究会終講の辞 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
らいのごとくさわつ数千の反対者を眼前がんぜんならべて、平然とかまえて、いかに罵詈讒謗ばりざんぼうあびせても、どこのそらを風が吹くていの顔付きで落着き払って議事を進行せしめたその態度と
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
だが、昔から偉大なる発見なり発明なりは、それが公表される瞬間まで、全世界の常識が不可能と考え、怪談お伽噺と嗤うていの事柄であったことをも一考して見なければなるまい。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は今日のロイド・ジョージはもって六尺の孤を託すべきていの人物であると言ったが、彼を育てた叔父おじのリチャード・ロイドその人がまた、実にもって六尺の孤を託すべき底の人物であった。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
じいさんばァさんで七輪の火をおこしていたていのしがない店の所産だった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
獅子一百獣震駭しんがいするていの猛威を振わん事を説いたためだ。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
あたかも欧州戦前のバルカンの如く、日露戦前の竜岩浦りゅうがんぽの如く、如何なる名外交家といえどしりえ瞠若どうじゃくたらしむるていの難解問題となっているのであるが
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
趣味以上にでるためには必然その道に殉ずるていの馬鹿も演じとかくの批判も受けなければならないのが阿呆らしくもあり怖ろしくもある様子にみえた。
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
『或る他の一記事』といふのは、此場合に於て決して木に竹をつぐていの突飛なる記事ではないと自分は信ずる。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
到底人間社会において目撃し得ざるていの伎倆であるから、これを全能的伎倆と云ってもつかえないだろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実にそれは、何か吐き気を催す様な、あるいは、いきなり笑い出しい様な、余りにも度はずれな、珍妙で、おかしくて、しかも、ゾーッと腹の底から震えが来るていの、戦慄すべき諧謔であった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
要するに教育者が注意すべきは、ける社会に立ち万国ばんこくに共通し得べく厳正にして自国自己及び自己の思想に恥じず、実際の人生に接して進み、世界人類に貢献するていの人物を造る事にるなり。
教育の最大目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)