きっ)” の例文
これらのことは伊沢と秀木とで話し、弥十郎は退屈しながら聞いていたのであるが、やがて、彼は自分の耳を疑うようにきっとなった。
屏風はたたまれた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きっと顔を上げて相手を見た。ストーン氏はその顔をしげしげと見ていたが、やがて、事務的な……しかし極めて丁寧な口調で問うた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
笑うと八重歯が少し見えて、滅法めっぽう可愛らしくなるくせに、真面目な顔をすると、きっとした凄味が抜身のように人に迫るたちの女でした。
白い眉をあげて祖父はきっと慎作を見たが、思い返したように舌打して向き直り、故意わざと慎作を無視する様な高い皺枯れ声を出した。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
きっとなりてばたばたと内に這入はいり、金包みを官左衛門に打ち附けんとして心附き、坐り直して叮寧ていねいに返す処いづれももっともの仕打なり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
帽子を目深まぶかに、外套がいとうの襟を立てて、くだんの紫の煙を吹きながら、目ばかり出したその清い目で、一場いちじょうの光景をきっみまもっていたことを。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
保子はそう云ってきっとなったが、唇をかすかに震わしたまま黙ってしまった。視線をちらと乱して、しまいにはそれを膝の上に落した。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それが眼に入るか入らぬにきっかしらげた源三は、白い横長い雲がかかっている雁坂の山をにらんで、つかつかと山手の方へ上りかけた。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
米友は屋根の上をきっと見る。生薬屋きぐすりやの屋根の上へ火縄銃をかつぎ上げたのは、米友も知っている田丸の町の藤吉という猟師であったから
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして寒風のふくみよしへ出て、きっと鉄の如く、立っていた。船は白波を噛んで進む! 正確に進んでいる! 帆綱はみな張りつめていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声の聞こえる部屋の隅へきっと葉之助は眼をやったが、笑い主の姿は見えぬ。しかし笑い声は間断ひっきりなしにヒ、ヒ、ヒ、ヒと聞こえて来る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
して今の大酒家といっても私より以上の者はず少ない、高の知れた酒客の葉武者はむしゃだ、そろ/\れば節酒も禁酒もきっと出来ましょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
すると、父は俄かにくちびるをきっと結んで、しばらく私の顔を見つめていたが、やがて厳粛な口調で、お前それは本当かという。
白髪鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女は例のごとく過去の権化ごんげと云うべきほどのきっとした口調くちょうで「犬ではありません。左りが熊、右が獅子ししでこれはダッドレーの紋章です」
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すわとばかりに正行まさつら正朝まさとも親房ちかふさの面々きっ御輿みこしまもって賊軍をにらんだ、その目は血走り憤怒ふんぬ歯噛はがみ、毛髪ことごとく逆立さかだって見える。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
さわやかにもたげた頭からは黄金のかみが肩までれて左の手を帯刀おはかせのつかに置いてきっとしたすがたで町を見下しています。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かの女は危く叫びそうになって、きっと心を引締めると、身体の中で全神経が酢を浴びたような気持がした。次に咽喉のどの辺から下頬があかくなった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
(突然立ち留り、娘をきっと見、早足に娘のそばに寄り、両手を娘の肩に置き、娘を自分の方へ向かせ、目と目を見合す。)
私は癪に障って、っと顔を見てやった。相手はきっと構えて、いつまでも私を睨んでいる。生意気な奴だと思った。その頃の学生は荒っぽかった。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
夫人の顔が、さすが蒼白そうはくに転ずるのを尻目しりめにかけながら、信一郎は、素早く部屋を出ようとした。が、それを見ると、夫人はきっとなって呼び止めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
やっと尺八を吹き終えた坊さんは、笛を袋へ納めると、眼に一杯涙をたたえながらきっと屋敷の方をにらみつけていました。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
早くうちへ帰って亭主の國藏という奴に、おれは業平橋に居る浪島文治郎と云うものだから、たれたのを残念と思うならいつでも仕返しに来いときっと申せよ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
馬前にいた河内介は咄嗟とっさに大将の身をかばい、則重を森の中へ避難させて、きっと戦場を見渡したが、狙撃そげきされた則重の驚きもさることながら、此の瞬間に
そこへ今、満身血まみれの、幹部候補生のバンドをした青年が迷い込んで来た。すると、隣の男はきっとなって
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と、いうような言葉がまじるのを聴くと、広海屋は、きっと、鋭い目つきをして、眉根をぐっと引き寄せた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「いや、これが要点に入る前置きなのです。前置きなしには話せない。だしぬけに要点を話したら、きっとあなたが吃驚びっくりなさって、私を信用して下さらないと思います」
凍るアラベスク (新字新仮名) / 妹尾アキ夫(著)
ある時義兄が其素行そこうについて少し云々したら、泥足でぬれ縁に腰かけて居た彼女はきっと向き直り、あべこべに義兄にってかゝり、老人と正直者をまかせて置きながら
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
眼をあげて虚空を見れば、無辺際に築き上げた氷の山岳が、きっとして強い日ざしにさえかえっている。そこに何等の雲影もなく、万象は光明を象徴せる如く感ぜられる。
そして自分でも長い桜の煙管パイプを握ってきっと身を構えた。チチコフはサッと布のよう顔色を変えた。彼は何か言おうとしたが、唇がブルブル顫えるだけで声は出なかった。
忠太郎 初めて逢う母親がゆたかに暮していればいいが、さもねえ時はと賭博場ばくちばで目と出た時に貯めた金よ。俺あ行くぜ。半次、堅気になった姿を、いつか一度きっと見に行くぜ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
古城の塔の如くに聳えた岩壁の尖頂は、胸から上を抜き出したままきっとして動かない。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
震わせて「エ、憎い、憎い、アノ女は取り殺しても足らぬ奴だ、道さん見てお出で成さい、アノ女が猶も貴方や叔父さんに附き纒うなら、私はきっと殺して禍いの根を留めますから」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
今一目逢いたかった……次から次と果てしなく思いは溢れてくる。しかし母にそういうことを言えば、今度は僕が母を殺す様なことになるかも知れない。僕はきっと心を取り直した。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
清源の陳褒別業に隠居し夜窓に臨んで坐す、窓外は広野だ、たちまち人馬の声あり、きっと見ると一婦人虎にり窓下よりみちを過ぎて屋西室の外にく。壁隔て室内に一婢ありて臥す。
もし正夢で御病気ならば、御看病申上げて、其後はきっと帰る。金打きんちょう致して誓い申す
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
赤羽主任はきっとなって、共に天井の血の穴を見上げたが、刑事の叫びを聞くより
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
四方をきっと見てあれば、魔王岳まおうがたけ絶頂ぜっちょう
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
きっと相手をにらんだのだった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
権兵衛はきっとなった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
園田氏はさすがに手は下しませんが、床の上へ崩折れた美しい娘の上から、きっと睨み据えて、思わずモザイックの床を踏み鳴らします。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
胸傍むなわきの小さなあざ、この青いこけ、そのお米の乳のあたりへはさみが響きそうだったからである。辻町は一礼し、墓に向って、きっといった。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ギョッとしたらしい相手の影は、咄嗟とっさなことに逃げ道を失って、樹幹をタテに身を隠しながら、きっと、一方の手は刀のつかに行っている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
結婚して以来、初めての、きっとした云い方だった。杉乃は怒りの眼で彼を見、膝の上で両手を握りしめた、彼は静かに立ってそこを出た。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きっとそうよ。あの人は何かにり着かれているに相違ないわ。(太吉の手をる。)ァちゃん。お前、なにか見なかったかい。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
マア君達は元気がいからやっれ、大抵たいてい方角が付くと僕もきっるから、ダガ今の処では何分自分で遣ろうと思わないと云う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その顔は、電燈の逆光線を受けて、髪毛や着物と一続きの影絵になっていて、あたかも大きな紫色の花が、きっと空を仰いでいるように見える。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それを怪しいと見たのはおたがいのことで、ここまで乗りつけて来た小舟の船夫せんどうはまた、櫓を押すことを休めて、橋上をきっと見上げました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と窩人のおさの、杉右衛門はきっと眼をいからせ、彼の前にずらりと並んでいる五百に余る窩人の群を隅から隅まで睨み廻したが
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「やあ、御帰り」と宗近君が煙草をくわえながら云う。藤尾は一言いちごん挨拶あいさつすら返す事をいさぎよしとせぬ。高い背を高くらして、きっと部屋のなかを見廻した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その眼と彼の口辺にたゞようニタニタ笑いとが、全く調和を缺いているように感ぜられたのであった。が、そう云われると、さすがに彼女はきっとなった。