女人にょにん)” の例文
それとも次第しだいにうすれ去る記憶を空想で補って行くうちにこれとは全然異なった一人の別な貴い女人にょにんを作り上げていたであろうか
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
女はうなじに懸けたるきんくさりを解いて男に与えて「ただつか垣間かいま見んとの願なり。女人にょにんの頼み引き受けぬ君はつれなし」と云う。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は得度とくどしがたき悪魔として女人にょにんを憎んでいるらしく、いかなる貴人あてびとの奥方や姫君に対しても、彼は膝をまじえて語るのを好まなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
併し、女人にょにん堂を過ぎて平地になった時には、そこに平凡な田舎村が現出せられた。駕籠のおろされた宿坊しゅくぼうは、避暑地の下宿屋のようであった。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「そう思うのはその方の心が狭いからの事じゃ。弥陀みだ女人にょにんも、予の前には、皆われらの悲しさを忘れさせる傀儡くぐつの類いにほかならぬ。——」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その一転瞬の間に、尾崎の断崖を背景にして、モヤモヤした砲煙の間から浮きあがってきた、清らかな、世にも美しい女人にょにんの顔をありありと見た。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
というのは、突然に——全く突然に、どこからとび出したのか、一人の若い女人にょにんが、部屋の隅に現われた。彼女の手にはピストルが握られていた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いといませぬ。さまざま人は申しまする。この私を、古い平家の女人にょにんや平安の女性にょしょうに比して、鎌倉の世がて生んだ鎌倉型の女子じゃなぞとも」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三枝先生と言ってチヤホヤもてなしてくれるから庄吉は有頂天になって、それからというもの酔余すいよ女人にょにん夢遊訪問はアパートのマダムの部屋となった。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ああ、O'Grieオーグリー煩悩ぼんのうはたけり、信仰は脅かす。精進潔斎しょうじんけっさいのその日に、女人にょにんを得ようとしたのは、返す返すも悲しいめぐり合わせでした。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
きれいな方である上に、錦繍きんしゅうに包まれておいでになったから、この世界の女人にょにんとも見えないほどお美しかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ことわざに女は三界さんがいに家なしと申しまして、この世に女の立てた家はございません、本来、女人にょにんというものは、物を使いつぶすように出来ている身でございまして、物を守って
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたしがただの一度、眼をあげて一人の女人にょにんを見て、その後何年かのあいだ、最もみじめな苦悩をつづけて、わたしの一生の幸福が永遠に破壊されたことを考えてみてください。
其真下に涅槃仏ねはんぶつのような姿に横っているのが麻呂子山だ。其頂がやっと、講堂の屋の棟に、乗りかかっているようにしか見えない。こんな事を、女人にょにんの身で知って居るわけはなかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
あの男の重ねた罪業ざいごうが目に見えるような気になり、この世の女人にょにんのために、——多勢の親と夫のために、——私は思わず、見覚えの小屋の道具箱から、手馴れた鑿を取り、着物のままで
彼女も、そうした社会の女人にょにんゆえ、早熟だった。彼女は遊びとしては、若手の人気ある俳優たちと交際まじわっていた。そして彼女がもっとも好んだものは弄花ろうか——四季の花合せの争いであった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
もしや女人にょにんの肌のをまぎらわせるためではないかと疑いながら承わっておりますると案の定、それからのちの石月様の心遣いに、女ならでは行き届きかねる節々が見えまする……これが二つ……
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あい。あちらにも残りのお地蔵さまがやはり六体ござります。合わせて十二体ござりましたゆえ、十二地蔵とも、また女人にょにん地蔵とも申しまして、一真寺においでのころから評判のお地蔵さまでござりました」
大蛇だいじゃを見るとも女人にょにんを見るべからず」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
高速度女人にょにん虐殺の工場となす
御坊ごぼう。いかに狂えばとて、女人にょにんをとらえてなんの狼藉……」と、千枝太郎は叱るように言った。「静まられい、ここ放されい」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それらの人々は何ごとにも容易にくことを知らない。一人の女人にょにんや一つの想念イデエや一本の石竹せきちくや一きれのパンをいやが上にも得ようとしている。
十本の針 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二人が分けても物足りなく感じたのは、浮世に住んで居る人間の一種で、総べての禍のみなもととされている女人にょにんと云う生物いきものを見たことのない事であった。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
廉子はじめ後宮の女人にょにんたちもすべて、諸家の“あずめ”となって分散されていたのである。また新朝廷の、久我こがノ右大臣へも事のよしを報じてもどった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「月並ですか、月並と云うと——さようちと説明しにくいのですが……」「そんな曖昧あいまいなものなら月並だって好さそうなものじゃありませんか」と細君は女人にょにん一流の論理法で詰め寄せる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今夜はこわい晩である。夢に現われた不動尊は、いまだに米友にはその心が読めない。今ここに現われた現実の人は、言葉こそ優しい女人にょにんであれ、その面貌かおかたちは言わん方なき奇怪なものである。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女人にょにんは、とっとと出てお行きなされ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
御行水ごぎょうずいも遊ばされず、且つ女人にょにんの肌に触れられての御誦経ごずきょうでござれば、諸々もろもろの仏神も不浄をんで、このあたりへはげんぜられぬげに見え申した。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さぎのように風に吹かれてたたずんでいる二人の女性にょしょうがあった。雲母坂きららざかの登り口なのである。ここから先は女人にょにんの足を一歩もゆるさない浄地の結界けっかいとされているのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八歳の龍女当下とうげに成仏のためしをひいて、たとい罪業のふかい女人にょにんにもあれ、その厚い信仰にめでて、一度は対面して親しく教化をあたえて貰いたいと、しきりに繰り返して頼んだ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
安庠漸々あんじょうにぜんぜん向菩提樹ぼだいじゅにむかう。』女人にょにんを見、乳糜にかれた、端厳微妙たんごんみみょうの世尊の御姿が、のあたりにおがまれるようではないか?
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「ばか、蜂の話じゃないぞ、ひとりの女人にょにんの運命について、わしは釈尊のおつたえをいっているのだ」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その女人にょにんを奪って行ったというのは——真偽しんぎはしばらく問わないにもしろ、女人自身のいう所に過ぎない。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして沢庵と城太郎とが低声こごえになって話しているのを黙って聞いていると、城太郎は、弥陀みだの前で懺悔する女人にょにんのように、睫毛まつげに涙さえ見せて、聞かれない先まで
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いえいえ、一度は私も、お別れするにえかねて、みねの一の鳥居あたりまで、お後をしたって行きましたが、女人にょにん入峰にゅうぶは禁制とのことに、泣く泣く戻って参りました」
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、魔王の浅間あさましさには、その乳糜をけんじたものが、女人にょにんじゃと云う事を忘れて居った。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
深夜ではあるし、女人にょにんはいない筈の寺院だけに、その泣き声は、妙に若い学僧たちを懐疑させた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし謀叛人になった聖者は、天竺震旦てんじくしんたん本朝を問わず、ただの一人もあった事は聞かぬ。これは聞かぬのも不思議はない。女人にょにんに愛楽を生ずるのは、五根ごこんの欲を放つだけの事じゃ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、いってこの聖域へ女人にょにんを連れて上るなどということは思いもよらない望みである。叡山えいざん高嶺たかねはおろかなこと、この雲母きらら坂から先は一歩でも女人の踏み入ることは許されない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、とにかく保吉は三十年後の今日こんにちさえ、しみじみ塵労じんろうに疲れた時にはこの永久に帰って来ないヴェネチアの少女を思い出している、ちょうど何年も顔をみない初恋の女人にょにんでも思い出すように。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「やはり、女人にょにんをここへ入れたのは、わしらの誤りだった。御仏の旨にちがっていた」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
埃及エジプト煙草たばこも吸わなければならぬ。音楽会の椅子いすにも坐らなければならぬ。友だちの顔も見なければならぬ。友だち以外の女人にょにんの顔も、——とにかく一週に一度ずつは必ず東京へかなければならぬ。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
婉曲えんきょく女人にょにんの案内は、むしろ始末にならぬいばらの枝にまといつかれている如しだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほとんど女人にょにん嬌羞きょうしゅうに近いの悪さの見えるのは不思議である。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おろかしや、平ノ忠盛も、ひとりの女人にょにんに制せられて、二十年の間、われとわが心をわずらい通してしもうた。ばかじゃったよ、おれは。——平太、おまえのばかを、おれはしかれん。あははは。
従って、年々、彼への監視や拘束こうそくは、ゆるやかになってもいた。給仕の女人にょにんとして、女性をおくことも黙認されている。——近頃、ひそやかに奥にかしずいているかめまえは、彼の二度目の愛人だった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠林寺の祐海ゆうかいとやらが、柳沢家に伝手つてを求めているとか、大奥の縁引へ奔走しているとか、その結果を見た上でとか何とか、まるで女人にょにんるような陋劣ろうれつな策に大事をたのんでいるのじゃないか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上様かみさまのお使いとして、ただいまこの源氏閣げんじかくの上に着城ちゃくじょういたしそろところ、あやしき女人にょにん居合いあわせ、あなたの火を見て、乗りまいりたるクロというわしをうばい、屋上おくじょうよりらんぶりにてそろ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
からめ手門のほりの外へ。中に女人にょにんも二人ほど連れております」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどもうるわしい女人にょにんの年ばえが、それだけでも分った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)