剽軽ひょうきん)” の例文
旧字:剽輕
「いや、三右衛門でなくってちょうどいのだ、あれは剽軽ひょうきんだからな。……源助、実は年上のお前を見掛けて、ちと話があるがな。」
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両国を渡り浅草へはいり、お島が薬売りの藤兵衛の剽軽ひょうきんの口上を放心的態度で、聞きながらたたずんでいるのを見ると、貝十郎は頷いた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
測候所で案内してくれた助手のB君は剽軽ひょうきんで元気のいい男であった。「この晴雨計の使い方を知っているかね、一つ測って見給え」
異郷 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そればかりでなく西山は剽軽ひょうきんなようで油断のならないところがある。あの男はこうと思いこむと事情も顧みないで実行に移るたちだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
三吉は三升だるをブラ下げて、艪にしゃがみました。五十六七、すっかり月代さかやきが色付いて、鼻も眼も口もしなびた、剽軽ひょうきんな感じのする親爺です。
こんな事をかくと、何だか剽軽ひょうきん冗談じょうだんを云ってるようだがけっしてそんな浮いた了見りょうけんじゃない。本気に真面目まじめを話してるつもりである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
剽軽ひょうきんに頭をさげながら、与吉が、めいわくそうな、それでいて嬉しそうな顔を隠すように伏せていると、お藤が下からのぞきこんだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
呉用が大きくうなずいた突嗟とっさである。またも末座から剽軽ひょうきんな声で、「——ほいッ、御用とございますなら、あっしを忘れちゃいけませんぜ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子供の時から「大屋おおや横行話よこゆきばなし」というユーモラスな話を何度となく聞いている。例えば村の剽軽ひょうきんな連中が都に上ったときの笑い話がある。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
背骨が蒟蒻こんにゃくかなんかに化したかと思われるみたいに、ぐったりと鉄板の前に坐るのだったが、声は至って剽軽ひょうきんな朗らかさだった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
それはネパールに住んで居るチベット人でごく豊かなうち下僕しもべである。その名はペンバ・プンツォというごく剽軽ひょうきんな罪のない男なんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「へえ。」と剽軽ひょうきんに返事して、老人はそそくさ着物を着込んで、消えるように居なくなってしまいました。佐吉さんは急に大声出して笑い
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
日ごろの剽軽ひょうきんに似あわず、深刻めいた顔付の豆八は、紙片をくるくると丸めると、ランプの火に投じた。秘密の手紙は燃えた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「いよいよ、永年憧れていた恋人が、やって来たぞ」そういったのは、旗艦きかん陸奥むつ士官室ガン・ルームに、其の人ありと聞えた剽軽ひょうきん千手せんじゅ大尉であった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
つまらなくかれるのも嫌だから言ってしまおう、長者町の道庵という剽軽ひょうきんなお医者さんへ預けることにしてしまったんだ」
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ルオーの描いた基督キリストのように、真面目過ぎるが故に、かすかに剽軽ひょうきんにさえ見える葛岡の顔がしかめられかけて、それを張りささえるものがあって
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その次に剽軽ひょうきん者として、両者の失敗をつぶさに見て取っているにもかかわらず、しからば乃公だいこうがと、またまた現われ出て来たのは久吉翁である。
現代茶人批判 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
河内介はいろ/\馬鹿げた冗談じょうだん剽軽ひょうきんなことを云い出して、松雪院を可笑おかしさに物が食べられないほど笑わせたりした。
私はさも剽軽ひょうきんな調子で、こんな風に初めました。そして様々に問い試みたのですが、女中は何事も知らないのです。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
剽軽ひょうきんに抱き合ったり、健康を祝して飲んだり、握手をしたり、さては十二人ばかりが一緒になって手を繋ぎ合って舞踏をするまでになったのであった。
よく揶揄からかわれたり何かして来た気象の剽軽ひょうきんな青柳の弟に当る男だと思うと、あらたまったような気分にもなれなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ああ、この剽軽ひょうきん粗忽そこつ者をそんなにも貴方は憎いと云うのですか……私は井戸端に立ってあおい雲を見ていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
二人の間には又も新らしい談話気分がみなぎった。健策はフウフウと湯気を吹きながら、剽軽ひょうきんな調子で云った。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
でもこの人は剽軽ひょうきんではあったが親切者で、若い売子たちに対しては親爺おやじ気取りの注意をもってよく面倒を見ていた。そんな関係からみんなに可愛がられていた。
「汽車はまだ出ませんか、切符はどこで切るのですか」と剽軽ひょうきんな調子でたずねる。私が教えてやる前に、老婆は「あ、そうですか」と礼を云って立去ってしまった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
お母さんは余所よその娘さんを預かっていて疵物きずものにしては申訳がないと思ったから、一緒に山口さんへ出掛けた。山口さんはかかりつけの歯医者で、頗る剽軽ひょうきんな人だ。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
実枝がいる時は腰を踏ませたり、肩をたたかせたり、そして剽軽ひょうきんな実枝はつくづくと重吉の頭を見て
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
しかしこのような剽軽ひょうきん変化へんげは、二度と再び出るものではあるまいと当時考えていたから、このたび再び出現したというのをきいては、まことに今昔こんじゃくの感に堪えない。
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
顎十郎が、小杓子でかかり湯をつかっていると、唄がやんで、柘榴口ざくろぐちからまっ赤になって這いだして来たのは、加賀さまのお陸尺で、顔なじみの寅吉という剽軽ひょうきんなやつ。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
すると、突然、泉水の上に突き出た竿の先に、眼の高さでただ一つぶら下った剽軽ひょうきんな南瓜を見て
「すまなかったね昨夜、あんな剽軽ひょうきん者が飛び込んできてしまって、さ、今夜はやって上げますよ」
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
それも、お勢に云わせれば、昇が宜しく無いので、此方こちら真面目まじめにしているものを、とぼけた顔をし、剽軽ひょうきんな事を云い、軽く、気無しに、調子を浮かせてあやなしかける。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と赤い手拭てぬぐいを四角に畳んで禿頭に載せたじじいが剽軽ひょうきんな声を出したので皆一度に吹き出した。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
衛門 (剽軽ひょうきんに改まって)旦那様!……後の世の人達が、もしこの東国の地でたらふく瓜を食うことが出来るとしたら、それは外ならぬこの瓜生ノ衛門のお陰でござりますぞ!
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
またこの剽軽ひょうきんな年よりの作さんが、何を云うことやら、あたしはよくも尋ねないで、ただお礼をいって、当分ないしょにしといて頂戴とたのんで、少しばかり心附をやりました。
千代次の驚き (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「あの先生はあれでなかなか剽軽ひょうきんな先生だよ。漢学はしていても、通人なのだからね」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
北川は四十男の狡猾ずるさで彼女に対した。彼は剽軽ひょうきんな態度で他の社員には無関心に彼女とふざけ、悪口を取り交わした。内心では代償なしならいつでも喜んで彼女を抱擁するのだった。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
丈夫なことといったら、わたしは馬もはだしさ。わたしのくなった親父おやじは、剽軽ひょうきんな人だったが、——天国に安らわせたまえ——うちの家系のことで、こんなことを言っていたっけ。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
煙草たばこけむり。話声。彼真新しい欅の根株の火鉢を頻に撫でて色々に評価する手合てあいもある。米の値段の話から、六十近いちいさい真黒な剽軽ひょうきんな爺さんが、若かった頃米がやすかったことを話して
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
剽軽ひょうきんな子だよ。いまに落語家はなしかにでもなるんじゃないか。」と母は云っていた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
「それはまた、どうしたわけかな?」と僧は剽軽ひょうきんな驚き方をして問い返した。
明治の中頃までは踊の師匠や町内の若衆、八笑人そのままの剽軽ひょうきんな連中が、目かずらやボテ鬘で思い思いの道化姿、花の場所はもちろん、市中到るところ百鬼夜行の図はいまどき見られぬ珍風景。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
やがて、あなたは、剽軽ひょうきんに、「こんなにしていて、見つけられたら大変やわ、これ上げましょ」と、ぼくのてのひらに、よくれた杏の実をひとつせると、二人で船室のほうへけてゆきました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
二弦にげんの手軽なバラライカで、その音もゆかしい爪弾つまびきを聴きに集まる、胸や首筋くびすじの白い娘たちにめくばせをしたり、口笛を吹いたりする、あの二十歳はたち前後のおしゃれで剽軽ひょうきんな若者たちの装飾かざりでもあり
旅人の歌調は太く、余り剽軽ひょうきんに物をいえなかったところがあった。讃酒歌さけをほむるうたでも、「猿にかも似る」といっても、人を笑わせないところがある。旅人の歌調は、ふるえが少いが、家持の歌調よりも太い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
真底って噂し合えば、まして天変地異をおもしろずくで談話はなし種子たねにするようの剽軽ひょうきんな若い人は分別もなく、後腹のまぬを幸い、どこの火の見が壊れたりかしこの二階が吹き飛ばされたりと
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
眼の凹んだ・口の突出た・黒い顔は、ごくたまに笑うとひどく滑稽な愛嬌あいきょうに富んだものに見える。こんな剽軽ひょうきんな顔付の男に悪企わるだくみなど出来そうもないという印象を与える。目上の者に見せるのはこの顔だ。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
八五郎の剽軽ひょうきんな調子にさそわれるように、身扮みなりった、色の浅黒い、キリリとした若いのが、少し卑屈な態度で、恐る恐る入って来ました。
だがこいつは常時いつもなのである。真実の親子でありながら、お友達のような調子なのである。とても二人ながら剽軽ひょうきんなのである。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
江戸小咄こばなしなどの類にも、かなり通じていましたから、剽軽ひょうきんな事をまじめな顔をして言って、家の者たちを笑わせるのには事を欠きませんでした。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)