剃刀かみそり)” の例文
手足にも胸にもたくましく毛が生えているし、ひげもずいぶん濃い。一日でも剃刀かみそりを当てないと、両頬の上のほうまで黒くなるのであった。
四日のあやめ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
弟は剃刀かみそりを抜いてくれたら死なれるだろうから、抜いてくれと言った。それを抜いてやって死なせたのだ、殺したのだとは言われる。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
米「湯灌は大体たいてい家柄のうちではうちでするが、殊によるとお香剃こうぞりの時ふたを取ると剃刀かみそりを当てる時何うかすると顔を見ます事がござります」
懐中紙入を出すと、一ちょう剃刀かみそりのようなものを引き出して、それで身体のあちらこちらを一寸二寸ずつ、スーッスーッと切って廻る。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そして早くよくおなんなすって、またお襟でもあたらして下さいまし、そうまずくはありませんや、剃刀かみそりだけは御用に立ちます。」
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
床屋は西洋剃刀かみそりを取上げて、せつせと革砥かはとに当て出したが、急に何か気がいたやうに、剃刀を持つた儘ぐたりと椅子に尻を落した。
降り立ったのは体躯人にすぐれたる男、すこし長すぎるが、魅力のある浅黒い艶のある顔、剃刀かみそりをあてたばかりの頬が青く光っている。
『註文帳』は廓外の寮に住んでいる娼家の娘が剃刀かみそりたたりでその恋人を刺す話を述べたもので、お歯黒溝はぐろどぶに沿うた陰欝な路地裏の光景と
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まったくお葉は主人を殺すつもりで、其月が俳諧の点をしている油断を見すまして、うしろから不意に剃刀かみそりで斬り付けたんだそうです。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
剃刀かみそりが今朝まで鏡台にあった——とお神楽の親分に申上げたのは、ありゃ間違いですよ。この二三日、誰も使った者がありません。
主人に借りた剃刀かみそりで、髭を剃る。体を丹念に洗う。ついでに下着も洗う。ふたたび体を湯に沈める。誰かが耳のすぐ近くでささやいた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「斯うやってお客さまののどあたりを当っているところへグイッと地面が持ち上ったんで、剃刀かみそりが一寸も入って即死したと言うんです」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼女は家の方に居た時分、妙に家の人達から警戒されて、刃物という刃物ははさみから剃刀かみそりまで隠されたと気づいたことがよくある。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小平さんは、タオルをのけると、太い筆のやうなものでせつけんの泡を松吉の顔にぬり、剃刀かみそりで、額ぎはからそりはじめました。
(新字旧仮名) / 新美南吉(著)
それと同時に、その老僧の右の手に、研ぎ澄まされた剃刀かみそりがほの白く光っているのを見た。が、彼にはそれを防ごうという気もなかった。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
長江の鼻毛をった剃刀かみそりで鼻毛を剃られたら危険である、ということで、われわれは長江の行きつけの床屋を調べたりしたことがあった。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
剃刀かみそりが冷やりと顔に触れたとたん、どきッと戦慄せんりつを感じたが、やがてさくさくと皮膚ひふの上を走って行くこころよい感触に、思わず体が堅くなり
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
佐久間玄蕃允は、その朝、湯あみもし、剃刀かみそりもあて、青髯あおひげのあと涼やかに、髪まで結いあらためて、もみ紅梅の小袖に、大紋の広袖を着
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼は細くて切れ長で、眼尻が耳まで届いていると、そうもいいたいほどである。その眼の光の鋭いことは! まさしく剃刀かみそりの刃であった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
伊庭の使ひつけの安全剃刀かみそりなのであらうが、毒食はば皿までの心理で、じよりじよりと、富岡は、心にひやりとする刃を頬にあててゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
なるほど、男はこまいばって、全身が剃刀かみそりのごと、殺気がみなぎっちょる。肺病とかいうこッちゃが、命短しで、世をすねたかな?
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
私は彼等から仲間はずれにされないように、苦しげに煙草をふかし、まだひげえていないほおにこわごわ剃刀かみそりをあてたりした。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
すると主人が剃刀かみそりを持ったまま出て来てニヤッとして教えてくれた。つまらないものを見にくるもんだ——という表情だった。
浅間山麓 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
ピストルの手入ていれをしてみたくなったり……大風の音をきいているうちに、短刀をふところにして歩いてみたくなったり……よく切れる剃刀かみそりを見ると
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
仏のまへに新薦あらこもをしきて幽霊いうれいらする所とし、入り口の戸をもすこしあけおき、とぎたてたる剃刀かみそり二てうを用意よういし今や/\と幽霊いうれい待居まちゐたり。
剃刀かみそりをとぐ砥石といし平坦へいたんにするために合わせ砥石を載せてこすり合わせて後に引きはがすときれいな樹枝状のしまが現われる。
物理学圏外の物理的現象 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
黒羅紗くろらしゃの立派なジャンパーを腰のところで締め、綺麗きれい剃刀かみそりのあたったあごを光らせながら、清二は忙しげに正三の部屋の入口に立ちはだかった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それは細君の手にしている剃刀かみそりであった。細君の右の下唇には血があった。章一はいきなりその手をじあげてくるりと細君の体を前向にした。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大久保おほくぼが、奈美子なみこうつくしいかみを、剃刀かみそりはさみでぢよき/\根元ねもとからまつたつてしまつたことは、大分だいぶたつてからつた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼はこういう四肢をもって殆ど音もさせずに歩く。そしてその足指の陰には熊の剛毛をさえも引き裂くべき、剃刀かみそりのような鈎爪かぎづめがかくされている。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
上腮と下腮に生えている一枚歯は、やっとこのように力強く、剃刀かみそりのように鋭い。この歯に噛まれたらどんな太い天狗素テングスでも、一噛みでぽきんだ。
海豚と河豚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
練吉の頬はきれいに剃刀かみそりがあてられ、もみ上げから下の青味を帯びつるつるした皮膚にはこまかい汗がにじみ出てゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
まがひアストラカンの冬帽をかむつて、三日ばかり剃刀かみそりを知らないほほのままの礼助、しかも何処どことなく旅先のあわただしい疲労を浮べてゐる目つきの礼助は
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
この西洋剃刀かみそりのような鋭い言葉をきいたときは、無関係なわたしでさえひやりとしました。ところが、どうでしょう。
或る探訪記者の話 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
そして剃刀かみそり仮髪かつらとさえあれば人間の顔貌がんぼうは変えられると云うことを考え合せると、私はその二人が同じ人間であると疑わざるを得なかったのです。
然しこの理髪師はニキビであろうが、何んであろうが、上から下へ一気に剃刀かみそりを使って、それをそり落してしまった。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
暗欝あんうつな空が低く垂れていて家の中はどことなく薄暗かった。父親の嘉三郎かさぶろうは鏡と剃刀かみそりとをもって縁側えんがわへ出て行った。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
雪の結晶を切るといっても今のところ別に名案もないので、一つ安全剃刀かみそりの刃で切って見ようということになった。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
真剣しんけんだ。復讐魔ふくしゅうまと化しさっている喬之助の一語一語が、剃刀かみそりのように冷たさをもって、戸を貫いて壁辰の胸をす。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
女が剃刀かみそりを信玄袋の中から出してゐるのを目にして、⦅何うするのそんなものを持つて行つて?⦆といふやうな顔をすると、女はそれを言ひ解くやうに
浴室 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
頬には一週間も剃刀かみそりを当ぬかと思うばかりに贅毛むだけの延たれどは死人にく有る例しにて死したるのち急に延たるものなる可く余は開剖室かいぼうしつなどにて同じたぐい
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それから、お前、帆立貝の猿股さるまた穿いた象の脚、剃刀かみそり入れ、元禄袖、模範煙突えんとつ羽根箒はねぼうき、これは棕櫚しゅろの木、失敬。
痩せてはいるが、幾分威張って歩きたがる男で、黒い髪と碧い眼を持ち、髭には叮嚀ていねい剃刀かみそりがあてられている。
まあ、百々ももちゃんはえらいんですよ。私がつれて避難して来る時に、若し、南軍に掴まったら、どうするかってきくとね、おッ母さんと一緒に剃刀かみそりでのどを
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ムッソリニと握手する。一夕いっせき独逸ドイツ廃帝と快諾して思い出ばなしを聞く。ナポレオンの死の床も見たいし、ツタカメン王の使用した安全剃刀かみそりもぜひ拝観しよう。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
まづ冷酷れいこくに批評すると、本来剃刀かみそりるべきひげを、薙刀なぎなたで剃つて見せたと云ふ御手柄おてがらに感服するだけである。
西洋画のやうな日本画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
或人が剃刀かみそりの疵に袂草たもとぐさを着けて血を止めたるは好けれども、其袂草の毒に感じて大患に罹りたることあり。畢竟無学の罪なり。呉々も心得置く可きことなり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「そうだ、あいつはここに一週間もいたくせに、とうとうオルガに負けて逃げちゃった。」と山口は剃刀かみそりに溜った石鹸の泡を拭きながら、鏡に向っていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
見ると一人は手に剃刀かみそりとちり紙を持っている。彼女は順吉に命じて軽業かるわざのような恰好をさせて、もの慣れた顔つきで器用に剃刀をあつかって毛をりおとした。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
簡単にあとかきます。会社を二月休んだ原因は、或る事から、酔の上、職人九人を相手にして、喧嘩けんかをし、ぼくは、十月二十九日、腕を剃刀かみそりでわられたのです。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)