初々ういうい)” の例文
白地の浴衣ゆかたに、この頃はやる麻の葉絞りの紅い帯は、十八の娘をいよいよ初々ういういしく見せた。林之助はもう一度お絹とくらべて考えた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
貞奴はその妹分の優しい、初々ういういしい大丸髷おおまるまげの若いお嫁さんの役で、可憐かれんな、本当にの貞奴の、廿代はたちだいを思わせる面差おもざしをしていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
奥さんの小言の飛沫とばしり年長うえのお嬢さんにまで飛んで行った。お嬢さんは初々ういういしい頬をあからめて、客や父親のところへ茶を運んで来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明りを受けたお蓮さまの顔は、真珠をあたためたようにかがやいて、眉の剃りあとの青いのも、絵筆で引いたように初々ういういしいのだった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そう言えば、かささぎは、弾機ばね仕掛けのような飛び方をして逃げて行く。七面鳥は生垣のなかに隠れ、初々ういういしい仔馬こうまかしわ木蔭こかげに身を寄せる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
花嫁の心もまず少しは落ちつきて、初々ういういしさ恥ずかしさの狭霧さぎり朦朧ぼいやりとせしあたりのようすもようよう目にわかたるるようになりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
折々、水道栓でぶつかる初々ういういしい娘があった。紙人形のように薄手で弱そうな子であった。露地で逢ってもし眼に過ぎるだけだった。
「あの娘は美しい。そうして大変初々ういういしい。父親とは似も似つかぬ。会って話したら楽しいだろう」こういう気持ちも働いていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
家庭以外の空気に触れたため、初々ういういしい羞恥はにかみが、手帛ハンケチに振りかけた香水ののように自然と抜けてしまったのではなかろうかと疑ぐった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その紐でめられた白粉おしろいっ気もない顔は、涙を誘う初々ういういしさと、邪念のない美しさを、末期まつごの苦悩も奪うよしはなかったのです。
その張りきった体格と、娘でありながら、まだ子供のような無邪気な初々ういういしさが、思わず七兵衛を見惚みとれさすものがあります。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
姉よ、あなたはいる、葡萄棚ぶどうだなの下のしたたる朝露のもとに。あんなに美しかったつかに嘗ての姿をとりもどすかのように、みんな初々ういういしく。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
与一との生活に、もっと私に青春があれば、きっと私は初々ういういしい女になったのだろうけれど、いつも、野良犬のらいぬのように食べる事にあせる私である。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
いまだ十六ぐらいの初々ういういしい美しい娘。羞かしそうに偽の三津五郎のそばへ寄って行って、顔をあからめながらモジモジと身体をくねらせている。
顎十郎捕物帳:22 小鰭の鮨 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
が、美奈子はそうしたはしたない感情を、グッと抑え付けることが出来た。彼女は平素いつも初々ういういしい温和おとなしい美奈子だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すると、さもうれしそうに莞爾にっこりしてその時だけは初々ういういしゅう年紀としも七ツ八ツ若やぐばかり、処女きむすめはじふくんで下を向いた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ十七八らしく、すべすべした肌のいろが、川魚のような光沢つやを放って、胸から腰のあたりのふくらみも、髪の花簪のように初々ういういしい小娘だった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
ええママヨとふてくされてかじりつくとたちまち狂犬の如くになったので、アラレもなくエゲツないやり口がむしろ家康の初々ういういしさを表していると見てもよい。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
彼等の眼のさきの、マッチ工場のトタン塀に添うて、並んでいるアカシヤは、初々ういういしい春の芽を吹きかけていた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ぽん太については、森鴎外の「百物語」に出ているが、あれはまだ二十前の初々ういういしい時のことであっただろう。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
初々ういういしい若竹の緑に、どこからか麦を打つ埃が飛んで来る。明るい日のかんかん照りつける日中の趣である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
お作は婚礼当時と変らぬ初々ういういしさと、男に甘えるような様子を見せて、そこらに散った布屑きれくずや糸屑を拾う。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
荒い黄羽二重の大名縞の筒袖に短いはかまをつけて、褐色の鞄を右肩から左脇に懸けて、赤い靴足袋を穿いた君の初々ういういしい姿は私の目に妙に懐しく映ったのであった。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ただ、その気味のわるいほどの初々ういういしさと、眼も当てられぬイジラシイ美しさに打たれただけであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まことに艶麗な句柄くがらである。近いうちに分家をするはずの二番息子むすこところへ、初々ういういしい花嫁さんが来た。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はじめに見た武家の御息子ごそくし様のような初々ういういしい丁寧な言葉づかいも、しだいにくなったともいった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それなればこそ子供を三人も生んだのであろう。そして初々ういういしい少女の花嫁はなよめは、夫の家に引き取られて旧家の主婦たるにふさわしいさまざまなしつけを受けたであろう。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
初々ういういしき大嶋田結ひ綿のやうに絞りばなしふさふさとかけて、鼈甲べつかうのさし込、ふさつきの花かんざしひらめかし、何時よりは極彩色ごくざいしきのただ京人形を見るやうに思はれて
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
けれど、変りやすい花車きゃしゃな顔、生き生きした小さな鼻、初々ういういしいやさしい微笑をもっていた。
しかしある女性においては、赤子のほかに見出されないような初々ういういしさを染めだす。おぬいさんのそれはもとより後者だった。高低のある積雪の面に照り映えた夕照のように。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
馬車ががらがらと村を通ってゆくと、だれでも家の窓にかけよる。そして、どっちを見ても、田舎の人たちの生き生きした顔や、初々ういういしい乙女たちがくすくす笑っているのが見える。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
さらにこの二人の死の覚悟を見ておのが恋を犠牲にするおみつも、最初はただ初々ういういしい無邪気な田舎娘として描かれ、その恋もまたきわめて率直な、あからさまな嫉妬によって現わされる。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しかし、また考えると、高潔でよく引き締った半僧生活は、十数年前、すでに、僕は思想と実験との上で通り抜けて来たのだ。そんな初々ういういしいことで、現在の僕が満足出来ないのは分りきっている。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
いや、少なくともあの純情という紺絣を取り戻し、抱きしめ、初々ういういしく身に着けている、何とも晴れ晴れしい心地がした。勇気百倍。凜々としたものが、はち切れそうに身体全体へ満ち満ちてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
部屋へはいって來たのは非常に若い男で、年のころは十九ぐらい、あるいはもう少し下かも知れない——と思われるほど、その美しい、鼻っ柱の強そうに空うそぶいた顏には、初々ういういしさが溢れていた。
年老いたるあわれな初々ういういしい心よ!
そうは思いきわめながらも、林之助がまつげのちりともいうべきは、かのお里の初々ういういしいおとなしやかな顔かたちであった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それというのも日ごろから、そのお美しさと初々ういういしさとに、感心もし敬ってもいる、お小夜様だったからでございます。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いや、花も恥じらわしげな菊路の、触れなばこぼれ散りそうな初々ういういしい風情が、ついにおろか者十郎次の情欲をぐッと捕えてしまったに違いないのです。
初々ういういしいお静の女房振りに比べて、出戻りで理智的で、しっかり者らしいお品は、美しさに変りはなくとも、二つ三つ老けて見えるのも是非のないことでした。
き卵みたいな可憐な少女の顔も見えたり、初々ういういしげな人妻らしい、ほつれ髪の顔もあったりするのであった。
あの御隠居さんの居る商家の奥座敷で初々ういういしい手付をしながらよく菓子などを包んで捨吉にくれた大勝の大将の娘が、最早見違えるほどの姉さんらしい人だ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はじめて落着く場所にかえったような安らかさと、これから始ろうとする試煉しれんにうちとうとする初々ういういしさが、せた妻の身振りのなかにぱっと呼吸いきづいていた。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
初々ういういしいほど細い声を掛けると、茶の間の悪く暗い戸棚の前で、その何かしら——内臓病者補壮の食はまだ考えない、むぐむぐ頬張っていた士族はげ胡麻塩ごましお
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
正目まさめに見るのはこれがはじめてだが、話に聞いていた悪性女の感じはどこにもない。少女といってもいいような初々ういういしい稚顔おさながおをしている。手足の形も未熟である。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
旧臘きゅうろう京都を立つ前に、藩の御用飛脚から受け取った妻の消息の文面が、頭のうちに、消しても消しても浮んでくる。それに続いて妻の、初々ういういしい笑顔が浮んでくる。
乱世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
人に遠慮して、わざと横を向いているかおには初々ういういしい恥かしさがありました。一糸も乱れずに結い上げた片はずしのまげには、人の心に食い入るような油がありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
金一封を出して戻ってもらいたい位だ。だが、きんは、眼の前にだらしなく酔っている男に一銭の金も出すのは厭であった。初々ういういしい男に出してやる方がまだましである。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
女学生みたいに初々ういういしい美鳥の姿は、世にも微笑ましいコントラストを作っているのであった。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
明治初年の日本は実にこの初々ういういしい解脱の時代で、着ぶくれていた着物を一枚ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって行く明治初年の日本の意気は実にすさまじいもので
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)