凱歌がいか)” の例文
雪は若檀那わかだんな様に物を言う機会が生ずる度に、胸の中で凱歌がいかの声が起る程、無意味に、何の欲望もなく、秀麿を崇拝しているのである。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌がいかを挙げて豪奢ごうしゃおご、でなければ俗世間にねて愚弄ぐろうする乎、二つの路のドッチかより外なかった。
凱歌がいかをあげた馬車はその勢いに駈られつつ、代官坂の下りへかかって、まるで、無軌道をゆく機関車みたいに、無鉄砲に、駈け降りた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはルッソオによって刺激された、仏蘭西フランス革命の続きであって、資本主義文化の初頭に於ける自由主義の目ざましい凱歌がいかだった。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
私は、凱歌がいかのつもりでたった一言でも言ってやり、また自分の潔白を彼らに確かな上にも確かにしてやりたくてたまらなかった。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
けくずれるまちでは、花火はなびのごとく、たかがり、ぴかりぴかりとして、凱歌がいかげるごとく、ほこらしげにおどっていました。
戦争はぼくをおとなにした (新字新仮名) / 小川未明(著)
「生きながら凱歌がいかを奏する、とおっしゃるのですか? そりゃそうですとも。中には、生存中に目的を達するものがあります。その時は……」
六時間も七時間も辞書をめくった挙句あげくの果に、ようやくたったひとつの単語を突きとめて凱歌がいかをあげる程だったから
勉強記 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
というボードレールの詩句が、さながら凱歌がいかのような誇らしい調子で、この小論のうちに二度三度と繰り返されているのは理由のないことではない。
ガラッ八は段々を二つずつ飛上がって二階へ行きましたが、間もなく、凱歌がいかをあげて、逆落しに降りて来ました。
私は腹の中で凱歌がいかをあげた。ここでこの刑事をおこらして、遮二無二しゃにむに私を捕縛さしてしまえばいよいよ満点である。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そしてそれが彼等の凱歌がいかのように聞える——と云えば話になってしまいますが、とにかく非常に不快なのです。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
広子は妹の顔を見るなり、いつか完全に妹の意志の凱歌がいかを挙げていたことを発見した。この発見は彼女の義務心よりも彼女の自尊心にこたえるものだった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ざまア見やがれ丑松め!」あたかも凱歌がいかでも上げるように、男のような鋭い声で、こう彼女は叫んだが、そこで初めて造酒を眺め、気高い態度で一礼した。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三百頭余の馬匹が列をつくって、こうして通りますのは人目を驚かす程の盛観でした。紫の旗をかざして、凱歌がいかを揚げて帰る樺の得意は、どんなでしたろう。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母と二人、午飯ひるはんを済まして、一時も過ぎ、少しく待ちあぐんで、心疲れのして来た時、何とも云えぬ悲惨な叫声さけびごえ。どっと一度に、大勢の人の凱歌がいかを上げる声。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
こう言ってお銀様は、凱歌がいかをあげるような、あざ笑いをするような独断を試みたので、米友が狼狽ろうばいしました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして、金切声を張り上げて、ちょっとしたことに凱歌がいかを奏する——しかし、「もう一つの」は、折りも折り、新妻を迎える。空高く、村の婚礼を告げ知らす。
遂に「深夜の市長」がその夜の順礼に凱歌がいかをあげたのは、出発地とは途方もない見当外れの、T市の反対側に位するところの明治昼夜銀行目黒支店だったのである。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なぜ凱歌がいかを形の上にまで運び出さなければ気がすまないのだろうか。今の彼女にはそんな余裕がなかったのである。この勝負以上に大事なものがまだあったのである。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて百人の処女ののどから華々しい頌歌が起った。シオンの山の凱歌がいかを千年の後に反響さすような熱と喜びのこもった女声高音が内陣から堂内を震動さしてひびわたった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
豆腐のきらいな家までが争うて豆腐を買った、チビ公のふくらっぱは凱歌がいかのごとく鳴りひびいた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
早くわが池で、わが腕で、真佐子に似た撩乱の金魚を一ぴきでも創り出して、凱歌がいかを奏したい。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
新橋停車場に浪子の病を聞きける時、千々岩のくちびるに上りし微笑は、解かんと欲して解き得ざりし難問の忽然こつぜんとしてその端緒を示せるに対して、まず揚がれる心の凱歌がいかなりき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
字もうまくないし文章もつたない。だが、そこには恋のよろこびが凱歌がいかのようにうたってあった。それは恋の陶酔のなかで死んでゆく女の、歓喜と勝利の叫びといってもよかった。
葦は見ていた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれども、いよいよ最後には二つの形をとり、滝人の企てを凱歌がいかに導こうとしたのである。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
羽ばたきの音も物凄ものすごく一斉に飛び立ってかの舟を襲い、羽で湖面をあおって大浪を起したちまち舟を顛覆てんぷくさせて見事に報讐ほうしゅうし、大烏群は全湖面を震撼しんかんさせるほどの騒然たる凱歌がいかを挙げた。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
柾木は、心の内で凱歌がいかを奏しながら、猫背になって命ぜられた方角へ、車を走らせた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
記に「将門撃つて三千人を殺す」とあるのは大袈裟おほげさ過ぎるやうだが、敵将維幾を生捕いけどりにし、官の印鑰いんやくを奪ひ、財宝を多く奪ひ、営舎をき、凱歌がいかげて、二十九日に豊田郡の鎌輪かまわ
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
悩みとの中におけるこのよろこび! この凱歌がいか! いやしくも神から与えられるのでなしにこの不思議な事実がどこにあり得ましょう! われわれをしてキリストによって示された真理と
その窓より歓迎する顔さえ見ゆるは、凱歌がいかを唱えて凱旋する幾万の兵士の喜びを合わするとも、なお及ぶべくもあらざるべきに、見よこの満足の日に彼の顔の曇れるを、彼が足の躊躇ちゅうちょせるを
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
あゝ、凱歌がいかをあげているものはただ清盛きよもりだけだ! あなたがたは知っていよう。おりにつないだ二頭のけものの間に食物を投じればどうなるかということを! それとあなたがたとどこが違うのか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
二人が、とうてい自分のどうすることも出来ない世界へ行って、相愛の凱歌がいかをあげているのを感じた。そして彼女は、一生二人の凱歌を耳にして、生きて行かなければならぬような気がした。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
伯林ベルリン城下に雷霆らいてい凱歌がいかを揚げたる新独逸ヨングドイチエを導きて、敗れたる国の文明果して劣れるか、勝たる国の文明果して優れるかと叫べるニイチエの大警告に恥ぢざる底の発達を今日に残し得たる彼の偉業は
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「さようなら」を凱歌がいかのごとく思って、そこを引きあげた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
おれたちのむね凱歌がいかげるにはくるぎる
汽船の凱歌がいかは帆船にとっては輓歌ばんかであった。
黒船前後 (新字新仮名) / 服部之総(著)
かれは凱歌がいかをあげた。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
勝負木の下では、勝ちつづみと一しょに、あいずのあかい旗が振られている。院の紅組が勝ったのである。上皇をめぐる凱歌がいかが高い。
おおぜいに一人ひとりですから、とおへだててゆきげるのでは、いつも太郎たろう雪球ゆきだまおおくあたりました。そして四にん子供こども凱歌がいかをあげてむらかえりました。
雪の国と太郎 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ガラツ八は段々を二つづつ飛上がつて二階へ行きましたが、間もなく、凱歌がいかをあげて、逆落さかおとしに降りて來ました。
使 (憂鬱ゆううつに)ところが憎み切れないのです。もし憎み切れるとすれば、もっと仕合せになっているでしょう。(突然また凱歌がいかを挙げるように)しかし今は大丈夫です。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、それはまだ成功とはいえなかったけれど、白木の奮戦ふんせんまもられながら、これをくりかえしていくうちに、私はつい凱歌がいかをあげたのであった。「海を越えて」の音盤!
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二人の声はまるで凱歌がいかのように、霧をゆすり谷にひびいて高々と空までのぼっていった。
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかしてそは全く遠島えんとうに流され手錠てじょうの刑を受けたる卑しむべき町絵師の功績たらずや。浮世絵は隠然として政府の迫害に屈服せざりし平民の意気を示しその凱歌がいかを奏するものならずや。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところきらわず、恋の句点を打ちまわり、ほんのちょっとしたことに、金切声を張りあげて凱歌がいかを奏する——しかし相手は、折も祈、新妻を迎える。そして空高く、村の婚礼を告げ知らす。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「ええ、わたしはこの通り臆病おくびょうな小娘ですのよ」——すなほに伏目ふしめを作りながら、千恵は思ふぞんぶんHさんに凱歌がいかを奏させてあげたのです。それがせめてものお礼ごころなのでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
かれらは凱歌がいかをあげた、そうしてげたをひきずりひきずりがらがら引きあげた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
かくして、怪人二十面相は、またしても完全に凱歌がいかを奏しました。たとえこの事件に、最初から関係していなかったとはいえ、明智は、ふたたび二十面相のために、おくれをとったのです。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今のはたしかに鼠ではない。せんだってなどは主人の寝室にまで闖入ちんにゅうして高からぬ主人の鼻の頭をんで凱歌がいかを奏して引き上げたくらいの鼠にしてはあまり臆病すぎる。決して鼠ではない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)